| 3月20日
今日はとうとう軍に被験体Sを送り出した。
「それ、楽しいかい?」 私を見て彼女も壁を蹴りつけた。 「うん、なかなか爽快でいい。」 つくづく子供っぽい人だ。 「Sを手放して惜しいと思ってませんか。」 「少しは惜しいと思っているよ。でもまあ、Sは我々の期待に応えてくれるだろう。軍が望む程度の戦果はSでも充分上げられるはずだ。」 今日は生存訓練に出ていたRとMも戻ってきていた。Sとは入れ違いになった。さほど苦労したようにも見えないあたりは、さすがに優秀である。
「以前あった0、03秒の差が0、08秒に開いているね。」 「ええ、これはMよりもRのほうがより成長したということのようです。」 「うん、それは認めよう。」 「博士はRとMを完成型としてお考えですか。」 「いや。片方だよ。どちらだと思う。」 「Rでしょう。Rの方が優秀です。」 「そうかな。」 「現に0、08の差があります。おそらくこの差は広がりこそすれ縮むことは無いでしょう。」 「その差には意味がない。」 「は?」 「超人兵士とは単純に高度な戦闘能力を有した者のことではないよ。重要なのは的確な状況判断と、それを実践することだ。」 「その点においてMの方が優れているということですか。」 「そうでもないね。今はだが。しかし素質はMが上だろう。」 そう言う彼女はなにやら楽しげに見えた。 3月22日 大変なことが起きた。
「死んでいるのか!」 ありえない話だった。私は目を疑った。
「ああ、ここにいたね。やはりここがいい。近くで観戦するのは危険だ。」 「博士!その傷は!?」 彼女は腹部に傷を負っていた。かなり出血している。 「ああ、Rにやられたんだ。痛いね、さすがに。」 「R?今殺人を繰り返しているのはRなのですか。」 「そうだ。あの調子だとこの研究所を全滅させるのも時間の問題だろうね。やっぱりRは強い。」 「しかし、なぜ。」 「こないだ、人の心を操ることについて話しただろう。」 「あの脳内物質の話ですか。」 「そう、それだ。うまくコントロールが出来ないから実用化にはほど遠いんだが、人間の闘争本能を剥き出しにすることぐらいは出来るようになった。」 「・・・それじゃ、Rは。」 「そう、私が暴走させた。必要があってね。」 「なんのためにです。」 「これで超人兵士が生まれるんだよ。うまくいけばだがね。」 そういう彼女はかなりつらそうに見えた。
「ではRが超人兵士なのですか。」 「違うよ。言ったよね。思考力を失っては意味がないんだって。今のRはまさにそれだ。」 「では・・・」 「ああ、みたまえ。あそこのモニターだ。今、Mが立ちはだかった。」 確かにモニターの中でMとRが向かい合っている。
「駄目だそれでは。敵はRだぞ。生半可が通じる相手じゃないだろう。君が勝つには・・・。」 「博士、もう喋ってはいけません。」 「そうもいかない。自分の研究だから見届けなければ。」 「・・・なぜこんなことを。」 「こんなこと?計画どうりなんだよこれは。MがRに勝つことこそが、超人兵士への最後のプロセスだ。恋する少年を殺すために必要な冷めた心、最強の敵に対する冷静な判断力と技術。どちらも超人兵士に必須の条件だよ。」 「そのために、RとMの仲を取り持つようなことをしたんですね。」 「そうだよ。うまくいった・・・あとはMが勝ってくれればいいんだが、どうも旗色が悪い。まだためらっているんだな。」 モニターのMはRの持つ剣による細かな切り傷と汗でまみれている。
「見事なプランです、博士。」 「ふふ、そうだろう。」 死に瀕したこの瞬間でも、彼女は子供のように無邪気に笑っていた。
「Rを暴走させた時にすぐそばにいるのは当然私だから、最初に襲われたのは私だ。一応今生きていられるのは好運だったよ。もう少し運が残っていれば決着まで生きていられそうなんだ。ああ、頑張ってくれM、君の好きなRを殺して私の研究の完成を見せてくれ。」 見るといつのまにかにMも剣を携えている。
「あれはだれだ?」 モニターのMに近寄る人影がある。
「あなたに、たたかう、ばしょを、あたえる。」 読心術で今度はその言葉を読み取ることができた。
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