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3月20日

 今日はとうとう軍に被験体Sを送り出した。
 いまだ完全な超人兵士は完成をみていない。
 抵抗は拭えなかったがやむをえなかった。研究は続行されなければならないのだ。
 Sを見送った後、軍の悪口を叩きながら壁を蹴りつけるのを忘れなかった。

「それ、楽しいかい?」

 私を見て彼女も壁を蹴りつけた。

「うん、なかなか爽快でいい。」

 つくづく子供っぽい人だ。

「Sを手放して惜しいと思ってませんか。」

「少しは惜しいと思っているよ。でもまあ、Sは我々の期待に応えてくれるだろう。軍が望む程度の戦果はSでも充分上げられるはずだ。」

 今日は生存訓練に出ていたRとMも戻ってきていた。Sとは入れ違いになった。さほど苦労したようにも見えないあたりは、さすがに優秀である。
 彼女の思惑の方もうまくいっているようだ。Mが笑顔を見せている。以前では考えられなかったことだ。
 試合でも以前よりもいいデータが採れている。
 ライバルが向上心をあおるという効果は確かにあらわれた。しかし気になることはある。

「以前あった0、03秒の差が0、08秒に開いているね。」

「ええ、これはMよりもRのほうがより成長したということのようです。」

「うん、それは認めよう。」

「博士はRとMを完成型としてお考えですか。」

「いや。片方だよ。どちらだと思う。」

「Rでしょう。Rの方が優秀です。」

「そうかな。」

「現に0、08の差があります。おそらくこの差は広がりこそすれ縮むことは無いでしょう。」

「その差には意味がない。」

「は?」

「超人兵士とは単純に高度な戦闘能力を有した者のことではないよ。重要なのは的確な状況判断と、それを実践することだ。」

「その点においてMの方が優れているということですか。」

「そうでもないね。今はだが。しかし素質はMが上だろう。」

 そう言う彼女はなにやら楽しげに見えた。

3月22日

 大変なことが起きた。
 私は集中管理室にいた。ここからならばいながらにして各所に設置されたカメラによって研究所の内部を見ることが出来る。
 まず異状があったのは被験体を収容する居住ブロックである。
 本来ならばこの時間は被験体が訓練に出ているために無人であるはずだった。
 しかしモニターはベッドに転がっている被験体を映していた。
 珍しいことだ。
 部屋番号はPだから、この部屋の主もPである。ならば、今寝転がっているのもPに違いない。ここからマイクで怒鳴りつけようとしたが、その寸前に違和感を感じた。
 違和感がなにを意味しているのかしばらく考え、一つの結論を得た。
 被験体Pの胸部がまったく動いていない。つまり呼吸をしていないということだ。

「死んでいるのか!」

 ありえない話だった。私は目を疑った。
 だが間違いはないようだ。よく見れば腹ばいになったPの服部から出た血がシーツを滲ませている。
 何物かに殺害されたのだ。
 Pとて被験体の一つである。そうむざむざ殺されるはずはないのだ。
 ならば答は一つだった。
 別の被験体のいずれかに殺されたのだ。
 しかし、なんのためにだ。殺すことにどういう意味があるというのだ。
 だがそれを考察する時間は与えられなかった。
 同じような死体があちこちに見つかり始めたからである。
 さきほどまでは死体など無かったはずの空間に死体が横たわっている。
 それはつまり、殺人鬼がいまなお研究所を行動中であることを意味していた。
 死体は被験体のものばかりではなかった。私の懇意にする研究者のものもある。
 私ははっとした。彼女はどうしているのだろうか。

「ああ、ここにいたね。やはりここがいい。近くで観戦するのは危険だ。」

「博士!その傷は!?」

 彼女は腹部に傷を負っていた。かなり出血している。

「ああ、Rにやられたんだ。痛いね、さすがに。」

「R?今殺人を繰り返しているのはRなのですか。」

「そうだ。あの調子だとこの研究所を全滅させるのも時間の問題だろうね。やっぱりRは強い。」

「しかし、なぜ。」

「こないだ、人の心を操ることについて話しただろう。」

「あの脳内物質の話ですか。」

「そう、それだ。うまくコントロールが出来ないから実用化にはほど遠いんだが、人間の闘争本能を剥き出しにすることぐらいは出来るようになった。」

「・・・それじゃ、Rは。」

「そう、私が暴走させた。必要があってね。」

「なんのためにです。」

「これで超人兵士が生まれるんだよ。うまくいけばだがね。」

 そういう彼女はかなりつらそうに見えた。
 とりあえずこの集中管理室を封鎖し、Rの進入を封じた。

「ではRが超人兵士なのですか。」

「違うよ。言ったよね。思考力を失っては意味がないんだって。今のRはまさにそれだ。」

「では・・・」

「ああ、みたまえ。あそこのモニターだ。今、Mが立ちはだかった。」

 確かにモニターの中でMとRが向かい合っている。
 Mは信じられないものを見るような表情をしていた。
 いや、実際に信じられないのだろう。
 Rのほうは躊躇しない。音もなくMに近づいていく。
 すぐにMは防戦一方になった。

「駄目だそれでは。敵はRだぞ。生半可が通じる相手じゃないだろう。君が勝つには・・・。」

「博士、もう喋ってはいけません。」

「そうもいかない。自分の研究だから見届けなければ。」

「・・・なぜこんなことを。」

「こんなこと?計画どうりなんだよこれは。MがRに勝つことこそが、超人兵士への最後のプロセスだ。恋する少年を殺すために必要な冷めた心、最強の敵に対する冷静な判断力と技術。どちらも超人兵士に必須の条件だよ。」

「そのために、RとMの仲を取り持つようなことをしたんですね。」

「そうだよ。うまくいった・・・あとはMが勝ってくれればいいんだが、どうも旗色が悪い。まだためらっているんだな。」

 モニターのMはRの持つ剣による細かな切り傷と汗でまみれている。
 彼女の方もいよいよ力尽きようとしている。顔が真っ青だ。

「見事なプランです、博士。」

「ふふ、そうだろう。」

 死に瀕したこの瞬間でも、彼女は子供のように無邪気に笑っていた。
 RとMの闘いはいまだRの優勢だった。Mはよくしのいでいると言える。

「Rを暴走させた時にすぐそばにいるのは当然私だから、最初に襲われたのは私だ。一応今生きていられるのは好運だったよ。もう少し運が残っていれば決着まで生きていられそうなんだ。ああ、頑張ってくれM、君の好きなRを殺して私の研究の完成を見せてくれ。」 

 見るといつのまにかにMも剣を携えている。
 Rのものとは違う見た事の無いものだ。
 この研究所にあるものではない。
 決着はあっさりとついた。
 Mの剣とRの剣は撃ち合うことが無かった。
 互いが触れた瞬間にRの剣が両断されたのだ。
 おそるべきMの剣の切れ味だった。
 剣を失ったRはもはやMの敵ではなかった。
 無慈悲に無表情に、Mは剣を振るった。
 Rは言い残す言葉もなく、絶命したようだ。
 彼女の研究は完成したのだ。

「あれはだれだ?」

 モニターのMに近寄る人影がある。
 緑色の軍服らしきものに身をつつみ、右手に鞘のようなものを持っている。
 そうか、この人物がMに剣を渡したのだ。
 あれは・・・そうだ、日本のアヤメだ。
 アヤメがいる。
 Mに向かって何か言っているようだ。

  「あなたに、たたかう、ばしょを、あたえる。」

 読心術で今度はその言葉を読み取ることができた。
 どうやら、アヤメは最高の研究結果を連れていってしまうつもりらしい。
 だが、もうそれはどうでもいい。
 彼女はもうすでにこときれた。
 研究も完成した。
 私にとって彼女こそ全てであった。
 今となっては生きている必要もない。
 この手記を書き上げて、自決することにする。

藤枝かえでの手記へと続く


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