ケイトは無言で弓を振り上げヘイワードを繰り返しうちのめした。
「わ、や、やめろ!」
「うちのジュリアンばねらっといてなんばいいよっとか!」
その様子をジュリアンは上空から見て頭を抱えていた。
「ケイトは地方出身だから、逆上すると地が出てしまうのね。」
「地方ってどこの方言だあれは。」
その時ジュリアンは突然の重力の喪失を感じた。オネスティが高度を下げたのである。
「ちょっとまて、なんで降りるんだ?」
オネスティはジュリアンの抗議も受け入れず、洞窟の冷たい地面に降りたった。ついでに背に乗っている余計な荷物も邪魔だと言わんばかりに振り落とした。うっかり後ろ足で踏みつけてしまったようだが、それは無視した。
無言で前方を睨みつける女性騎士の視線の先には、もう一人の女性騎士の姿があった。
ハルバードを構えた豊かな銀髪も美しいその騎士はシバルリィである。彼女も切れ長の眼をややつり上げて宙からの来訪者を睨みつけており、両者の視線が絡み合い火花を発しているかのようにジュリアンには見えた。
先に口を開いたのはシバルリィであった。その声はジュリアンの知る彼女のものよりも重く迫力があった。
「来たわね・・・帝国の女騎士。」
「あなたとは、いつか決着をつける日がくると思っていたわ。」
オネスティはランスを中段に構える。チャージをかけるつもりだ。突進力においてランスは比類ないものがあるが、接近戦での器用さはハルバードに及ばない。勝負はシバルリィがオネスティの最初の一撃をしのげるかどうかにかかっていると思われた。しのがれたらオネスティの負けである。
それにしても、この二人の相性が悪かったとはジュリアンも知らなかった。なにが彼女たちをこうまで駆り立てるのだろうか。
「ハッ!」
やはり先手をとったのはオネスティであった。ペガサスナイトである彼女のチャージは空中から仕掛けるもので普通の騎士のものとはやや異なる。文字通り空を駆けるようにオネスティは突進した。
二人の武器のぶつかりあいが耳障りな金属音を奏でた。
シバルリィは必殺の一撃を受け止めた。
「オネスティの負けか!?」
ジュリアンの危惧は、だがしかしはずれた。オネスティは最初から受け止められる事を前提にしていたのだ。彼女は開いている左手をシバルリィに伸ばした。
「きゃ!」
なんとオネスティはシバルリィの美麗な銀髪に掴みかかったのである。
「なにするのよ!」
そうと知れればシバルリィも負けてはいなかった。ハルバードを放り出し両手で掴みかかった。
オネスティもランスを捨て、二人の騎士の闘いは単なるとっくみあいに移行した。
「きぃ!あんたは最初に会った時から気に食わなかったのよ!お高くすましちゃってさ、お嬢様気取りで!」
「それはこっちのセリフよ!ちょっと空飛べるからって人見下すような眼で見て!あたしだってあんたなんかだいっきらいよ!」
名門出身の二人の名高い女騎士も、こうなっては子供の喧嘩となんら変わりはなかった。
ジュリアンには判ったような気がした。この二人はあまりに似たもの同士であるが故にお互いに近親憎悪を抱いているのだ。
「悪夢だ・・・」
ジュリアン軍とシンビオス軍の同士討ちを演出したヤシャは、ぽつりと一言つぶやいた。
数々の闘いをくぐり抜けてきた両軍であるから、さぞや高度な戦術戦が見られるに違いないという期待が、彼にはあったのである。それがどうであろう。蓋を開けてみればひどい泥試合が始まっただけであった。
「残念だったな。かくいう俺もちょっとショックだったりしてるんだが。」
「はう!貴様ジュリアン!いつのまに・・・ええい、ダンタレスはどうしたのだ!?」
「あいつなら好きな女の意外な狂態を目の当たりにして固まってるぜ。」
「むう、役に立たん。」
ジュリアンは愛用のブレードを構える手にぎりりと力を込めた。このヤシャさえ倒せば闘いも終わる。
ヤシャも背に担いでいた忍刀をすらりと抜いた。刀身から流れるようにほとばしるくろがねの輝きが、それを業物であることを示していた。隙もない。
「あいや、またれい!」
いままさに決戦はじまれりというときに割り込む声があった。
あきらかにはるか東の国のものと知れる装束に眼帯。
「柳生ジュウベエか!」
「いかにも。ジュリアン殿、こやつも最後の闘いとなれば同じ東の者とのとの果たし合いを望むでござろう。拙者にまかせてはくれまいか。」
ジュウベエの申し出をジュリアンは呑んだ。意外にもヤシャもこれを承知した。
二人は同じ刀なる武器を手に離れて向かい合った。とにかくヤシャにしろジュウベエにしろ、一の太刀の踏み込みの速さが尋常ではない。離れているようでもこの闘いは接近戦なのだ。
「はじまったわね・・・」
いつのまにかにジュリアンの横にはマスキュリンとグレイスが観客を気取って陣取っていた。
「おまえら、戦わないのか?」
「だってこんな闘いは不本意ですし。痛いのも嫌だし。」
なんとなく本音は後者であるような気がした。
「ねえ知ってる?ヤシャってばハガネとムラサメを使って三身一体を再現しようとしたんだけど逃げられたのよ。」
「ああ、それでやつらがいないのか。」
「外野!やかましいぞ!」
冷静さをいまいち欠くヤシャにジュウベエはにやりと笑った。勝負あったとでも考えているのだろうか。
しかしヤシャも集中力を取り戻し、隙を見せない。
やがて二人が向かい合って五分ほどもたったが、両者ともぴくりとも動かなかった。
あまりの緊張感に三人は静けささえ感じたが、実際には後方では未だヤシャいうところの泥試合は続いていた。いや、あえて忘れていたかったのかもしれない。そうかといわれれば、彼らも否定はしなかっただろう。
そして更に五分が経過し・・・ふとジュウベエの刀の切っ先が下がった。
いよいよ動くのかと思われたその時、ジュウベエは予想もしなかった行動に出た。
刀を鞘に収めたのである。
「じゅ、ジュウベエ貴様何故闘いを放棄する!」
「拙者、女を斬る刃はもたんでござるよ。」
一瞬、ジュリアン達はジュウベエがなにを言っているのか理解出来なかった。
「なあああああにいいいいいいいいいいい!!!!!!!????????」
「ちょ、ちょっと待てい!誰が女だ!」
ヤシャの反論にもジュウベエは悠然としたものだった。
「拙者を欺くことはできんでござる。たとい仮面にその素顔を隠そうとも。」
「へえ、ヤシャって女だったのね。」
「俺は・・・ぜんぜん気がつかなかった。」
「女として扱われるのが嫌であんな無骨な仮面をかぶっていたのね。」
ヤシャは焦ってジュウベエに詰めよった。
「馬鹿もの!信じているではないか!おまえらも信じるな!」
完全に納得している様子のジュリアン達にもいきりたって唾を散らした。
「ならば証拠を見せい!」
「おう、みせてやるわ!」
ヤシャはジュウベエの前で忍装束を思いきりはだけさせた。見ようによってはまた他のいらぬ誤解を与えそうな光景ではある。
「すきあり!弧月ゥ!」
ヤシャの身体から真っ赤な血の噴水が沸き上がった。
ヤシャがジュウベエの策に気づいた時にはもう、手遅れであった。
「は、謀ったな貴様・・・」
卑怯だ!と叫んだのは実のところヤシャではなく、観客を決め込んでいた三人であった。が、当のジュウベエはその非難の声と視線にも平然としたものだった。
「くっくっく。この手は顔を隠すものには非常に有効でござるよ。」
「ジュウベエさん、質問でーす。」
マスキュリンがわざわざ挙手した。
「なにかな?」
「確かジュウベエさんはレインブラッドを仇として追っていると思ったんですけど、あいつらも仮面をかぶってませんか?」
ジュウベエは血に汚れた刀を拭い鞘に収めながら答えた。
「実はやつらにも同じ事をしたのでござるが・・・あやつら、洒落の効かんやつでのう!かっかっか。」
むしろほこらしげに高笑いをあげた。いまいちはかりしれない神経だが、侍だからこんなものなのかもしれない。
「ぐう・・・ローディに憧れ里の長さえ倒して勝ち取った我らの自由が・・・このようなことで終わるとは・・・死んでも死にきれぬ。」
ヤシャは血の混じった反吐を巻き散らしつつ、やがて力尽きた。
壮絶なる両軍の闘いはこうして一応の決着をみた。どちらが勝ったのかは、彼らにも判らない。
この後シンビオスは救出され温泉で静養することになるのだが、誰に聞いてもこの闘いの顛末は黙して語ろうとはしなかったそうである。