|
普段なら進んでこんな事に関わったりなどしない。 私はお金にしか頼る事のできないつまらない人間なのだから。 ただ、最後に呟いた香里の一言が今の私を突き動かしていた。 「医者である意味、か・・・フフ、面白い事を言ってくれる」 目的の場所はすぐに見つかった。 辺境の街にしては大きい病院だったことと、栞の家からそんなに離れていないことが幸いだった。 私は自動ドアをくぐると、真っ先に受付の看護婦に尋ねる。 「ここの院長にお会いしたいのだが」 「失礼ですが、アポはお取りでしょうか」 「いや、そんなものはないがね」 「でしたら、お引き取り下さい。院長は多忙のため、アポのない方とはお会いできません」 形式通りの答えを返す看護婦。 だが、そんな事は百も承知の上だ。 「ブラックジャックが訪ねてきたと言えばわかるさ」 「・・・少々、お待ち下さい」 私の一言に慌てて看護婦が奥の方へ姿を消す。 この様子だと会えるのは時間の問題だろう。 悪名というのも妙なところで役立つものだ。 それから、ややしばらくして看護婦が戻ってきた。 「院長がお会いになるそうです。そこのエレベーターから4階に向かって下さい」 「それはどうも」 私はエレベーターに乗り、4階へと向かう。 院長室と書かれたドアを開けると、そこにいたのは意外にもまだ40代半ばの比較的若い男だった。 「受付から話は聞いているよ。まさか、こんな辺境の街にある病院にあのブラックジャックが来るとは思っても見なかったよ。不思議な事もあるものだ」 口調こそ丁寧だが、明らかに人を見下したような男の態度に私は見て見ぬ振りをする。 「単なる偶然ですよ。車が途中でガス欠になりましてね」 「おっと、自己紹介がまだだったな。私がここの院長を務めている梶北 修だ」 梶北 修と名乗った男は鷹を思わせるような鋭い目つきでこちらを睨んでくる。 「それで、今日は一体何の用なのかな。できるなら手短に願いたいものだ。君のようなモグリの医者にはわからないかもしれないが、これでも忙しい身でね」 「なに、時間は取らせませんよ。あなたは美坂 栞という患者をご存知のはずだ。そうですね」 「ああ、あの患者のことか。確かに知っているよ。それがどうかしたかね」 「なんでも、この大病院でも治せないような重病にかかっているとか。私も医者の端くれとしてそれがどんな病気なのか気になりましてね」 「だから、それがどうかしたのかね」 「できれば彼女のカルテを見せてもらいたいと、そう思いましてね。いかに治せない病気とはいえ、カルテぐらい作ってあるでしょう」 「馬鹿な、家族の承諾もなしに他人にカルテを見せる医者がどこにいるというのだ。ふん、モグリの医者というのは、そんなことも知らないと見える」 嘲笑する男。 だが、この手の事にはもううんざりするほど慣れている。 「そんなことはどうだっていいのですよ。問題なのはその病気を治せるか治せないかだ。あなた方には無理でも、私には治すことが出来るかもしれない。患者の家族だって病気を治せるのなら、文句はないはずでしょう」 「くどいな。何と言われようとダメなものはダメだ。お引き取り願おうか」 予想してたとはいえ、院長の態度はあまりにも冷たいものだった。 これ以上話しても無駄だと感じた私は奥の手を使う事にした。 「いえ、何としてでもカルテは見せてもらいますよ。そう、例えどんな卑怯な手を使ってでもね」 「どういう意味だ」 「あなたのことだ。ここはさぞかし評判のいい病院なのでしょうなぁ。そんな病院に私のようなモグリの医者が訪れた事をマスコミがかぎつけたらどうなりますかね」 「貴様、私を脅すというのか」 「どうとらえようがそれはあなたの勝手だ。私はただ、カルテを見せてもらえればそれでいい」 「くっ・・・」 プライドの高い人間であるからこそ、付け入るスキはいくらでもあるものだ。 しばらくして、院長は諦めと悔しさの入り混じった顔でこちらを睨みつけた。 「わかった、少々待ちたまえ。今、看護婦にカルテを持ってこさせる」 数分後、カルテを持った看護婦がやってきた。 私はカルテを受け取ると、それに目を通す。 そこに書かれていたのは思っていた以上に絶望的な病名だった。 「心臓中隔欠損僧帽弁大動脈弁石灰化―――」 「そうだ。世界でもまだ成功例が一件しかないとされる極めて難しい病気だよ」 確かに、ほとんどの医者がお手上げ状態になるのも無理はない。 だがしかし、 「これが治療だとっ! あなたは、同じ医者として恥ずかしくはないのかっ!」 カルテに書かれていたのは、あまりにもずさんな治療の経過だった。 これでは治るものも治らないに決まっている。 「仕方がないだろう。助からないとわかっている患者にいちいち真剣に取り組んでどうする。いっそのこと苦しまないように殺してやるのが、せめてもの優しさではないのかね」 堂々と言い放つ院長。 こんな人間が医者をやっているのかと思うと、悔しさで胸が一杯になってくる。 私はもう1秒たりともこの場所にいたくはなかった。 「これで満足だろう。さっさと帰りたまえ」 「言われなくても帰りますよ。それからこのカルテは私が貰っておきます。もう、ここには必要のないものでしょうから」 「勝手にするがいい。その代わり、2度とここには来ないでくれ」 一人で何か言っている院長を無視して、私はカルテを抱えたまま病院を後にした。 「随分遅かったのね。もう帰ってこないのかと思ったわ」 家に戻った私を迎えてくれたのは栞ではなく姉の香里だった。 「なに、ちょっと用事があってね。それよりも栞はいるかな」 「あの子ならまだ帰ってないわよ。それがどうかしたの」 「いや、やっぱりいい。聞かなかった事にしてくれ」 それだけで察するところがあったのか、香里は急に眼差しを鋭くする。 「まさか、あの子の病気を治そうなんて言うんじゃないでしょうね。モグリの医者ごときになにができるっていうのかしら」 「おいおい、誤解してもらっては困るな。誰もそんなこと一言も言ってないだろう。それに・・・」 そこで私はあえて間を置く。 「それに、なんなの」 「仮に私が治す気になったとしても、手術料として3000万頂くことになるが」 多分、今の香里には私が悪魔のように見えていることだろう。 「なっ、3000万・・・ですって」 「何にせよ、私が治すなどとあまりくだらないことは考えない事です」 それだけを言うと、私は香里の横を通りすぎた。 その日の晩のこと、私は栞の部屋の前に来ていた。 ドアを軽くノックすると、中から返事が返ってくる。 「黒男さん、ですか?」 「どうしてわかったんだい」 「いえ、何となくそんな気がしましたから」 「入ってもいいかな。少し話したい事があるんだ」 「・・・・・・」 沈黙。 私にはそれが拒絶のように思えた。 だが、根気強く待ち続けていると、しばらくして、ためらいがちにドアが開かれた。 「入ってください」 そこはあまり生活感のない部屋だった。 ベッドの上に腰掛けた栞は、いつもの表情で私をじっと見つめている。 先に口を開いたのは私ではなく栞だった。 「それでお話っていうのは、何ですか。この間の続き・・・じゃ、ないですよね」 「ああ。今から私の出す質問に正直に答えて欲しい」 「何だか緊張しますね」 「そうでもないさ。『はい』か『いいえ』で答えてくれればそれでいい」 「わかりました」 そう言うと、栞は両手を小さく握って前の方に出した。 なにかのおまじないなのだろう。 そして私は帰り道の間、ずっと考えていた言葉を口にした。 「娘さんの病気の事ですが、もし治すことができるとしたらどうしますかね」 翌日、私は朝食の時に話を切り出した。 なぜか香里の姿が見えなかったが、多分どこかに出かけたのだろう。 「そ、その話は本当ですか」 あれだけ穏やかだった栞の母親が途端にすがるような目つきで私を見る。 「ええ、こう見えても私は医者でしてね」 「お願いします。どうか、どうか娘の病気を治してやって下さい」 「いいでしょう。ただし、手術代として3000万、払ってもらいましょうか。私も慈善事業家ではないんでね」 「・・・・・・」 「娘さんの命が助かると思えば、安いものだと思いますが」 「ですが、そんなお金、とても私たちには・・・」 「なら、手術はできませんな」 私が振り返ったその瞬間、 「そのお金、あたしが払うわ」 何時の間にかそこには香里の姿があった。 「お姉ちゃん・・・」 思いがけず、香里の口から出た言葉に、栞は目を見開いたまま動けない。 「小切手でも、構わないわよね」 差し出した右手には1枚の封筒があった。 「もちろん構わないさ。払ってもらえるのならね」 封筒の中を確認すると確かに3000万の小切手が入っていた。 「だが、どういう風の吹きまわしかね」 「どうせ何もしなければ0だもの。好きにするといいわ。でもね、これだけは覚えておいて」 私はこの言葉が聞きたかったのかもしれない。 「もし栞に何かあったら、あたしはあなたのことを絶対に許さないから」 「それで結構。さて、手術だが早速明日にでも・・・」 行いたいと思うのだが、と言おうとしたところで突然、栞に遮られる。 「あの、黒男さん。お願いがあります」 「何かな?」 「手術の日なんですけど、1週間後にしてもらえませんか」 あまりに突拍子のない栞の願いに私は思わず笑ってしまった。 「馬鹿なことを言っちゃあいけない。君の病気は今すぐにでも手術が必要なのだよ」 「1週間、1週間だけでいいんです。お願いします」 「だが、」 その1週間の間に死ぬかもしれないのだぞと言いかけて私は口をつぐむ。 栞の表情は真剣そのものだった。 おそらく、私が断ったとしても聞き入れようとはしないだろう。 そこまで栞をかきたてるものが何であるのかは知らないが、私はこの提案を受けざるを得なかった。 なぜなら、病気というものは患者と医者が一体となって初めて完治するものだからだ。 いかに医者の腕がよかろうとも、患者の意志がなくては意味がない。 「・・・いいだろう。手術は1週間後の2月1日にとりおこなう」 「ありがとうございます」 栞は嬉しそうに瞳を輝かせた。 「ただし」 もちろん、私にも譲れない線がある。 「この1週間の間、少しでも倒れるような素振りを見せたら即、手術に踏み切らせてもらう」 「もちろんそれはわかってます」 だったら、今すぐにでも手術をさせてもらいたいものだが。 「それから私の患者になった以上は、私の言うことは絶対に聞いてもらう。いいね」 「はい。わかりました」 「私からは以上だ。何か言いたいことは他にあるかね」 「いえ、特にはないです。あ、でも」 まだ、何かあるのだろうか。 「黒男さんは、優しい人なんですね」 何を言い出すのかと思えば・・・ 「勘違いしないでもらいたい。私は医者として、より治る確率が高い方法をとったまでだ」 「それでも、嬉しかったです」 屈託なく笑う栞を見て、なぜか私はそれ以上口にすることができなかった。
〜つづくのかも〜
次回予告 リミットはたったの1時間。 「残念ながら、それはまずあり得ないと思ってもらおう」 「これをあの子に渡して欲しいの」 「そんなこと言う人、嫌いですよ」 「今のセリフ、ドラマみたいでちょっとかっこよくなかったですか?」 「先生っ、血圧がどんどん低下しています!」 天才と呼ばれた男のメスが怪しく光る――――― |