あいかわらずなボクら

 

† ambush

 

土曜日の昼下がり。

センターにあるモール街の人込みというものは凄まじいものである。

このモール街というのは、食料品に衣服に雑貨といった具合に色々と種類豊富に店がそろっており普段から若者やらになかなか人気の通りなのだが、土曜日ともなると、家族連れや老夫妻なども混ざっていて、たいそうな込み具合となる。

人込みの中、その群の透間をとおすように足早に歩き過ぎていく長身の青年がいた。

そして、その歩き過ぎてゆく歩みの後をついて来ては、逐一その前を行く青年の歩みを停めるようにあちらへこちらへと一旦停止を繰り返しつつ進む、これまた長身の青年が、やはり何度目かの一旦停止をしかけていた。

前を行く青年はピタッと歩をとめた。

「おい・・・、いいかげんにしろ」

凍てつく視線を後ろで停まりかけて何処ぞへと行こうとしている連れに送る。

その視線を引きつる笑顔で受け止め、流石に、そろそろ僚友の機嫌の限界を悟ったポプランは、それでもまだ余裕をみせるように茶色の買い物袋を抱えたまま大仰な身振りで答えた。

「なんだよ、おれは生きとし生ける者の使命を果たしてるだけだぜ。その辺をもう少し理解願いたいねぇ。ちょっと寄り道するだけじゃないか。だいたい飯くらいでそ〜んなにカリカリすんなって。」

コーネフはポプランによりいっそう冷えた視線を送り、無言の重圧を加えた。

カリカリするなとは、よく言ったものだ。

彼のせいで、遅れに遅れた恒例の昼食の買い出しの帰りであり、とにかく腹の減っているコーネフとしてはさっさと官舎に帰って昼をすましたいのである。

その時間を、先ほどからさらに延ばそうと熱心に励んでいる僚友を横目に睨んで、怒りを通り越して呆れ果てたように腕の中にある買い物の紙袋を持ち直した。

どうせ、ポプランが居ようが居まいが、昼食は食べられるのだ。そんな簡単なことに気付かず律儀に彼の一旦停止に付き合っていた自分にも少し呆れるが、あそこまで熱心に女に声をかける、そのポプランの信条とやらには、正直呆れるというよりは、感心さえしてしまう。

だがそれももう限界だ。

「おれは先帰る。お前はその使命とやらで飯でも食ってろ。じゃあな。」

ひらっと手を振ってあっさり云って捨てると、コーネフは見切りをつけて後ろも振り返らずさっと歩き出した。

「っあ、ちょっ・・・待てって!」

見切られたと分かると、これまた捨てられる犬のような目をしてわざとらしくすがって来るのだ。

何やら後ろから、『コーネフ〜、コーネフさん〜、コーネフ様〜、待ってぇ〜!!』と連呼しながら追いすがってくる声が聞こえる。

馬鹿みたいに大きな声で(バカだからか?)恥ずかしげもなくよくやる。こっちがやめて欲しいくらいだ。もう呆れ果てて返す言葉も見つからない。

『イワンさまぁ〜、アタシを捨てないでぇ〜』に至っては、一気に脱力感が増した。

 

 

「お前には良識というもんが無いのか」

なるべく他人のフリを決めこみたいコーネフは、半径1メートル以内にポプランが近づかないように、かなりのスピードで歩いていく。

「あ、失礼なことを云うね。お前。おれは良識の塊。世界の良識。と呼ばれてやまない人なんだぜ」

「良識が恥ずかしさのあまり逃げ出したんじゃないか?」

なんとまぁ、けったいな顔が出来るものだな。ポプランのその表情に思わず感心しつつもコーネフは続ける。

「お前の良識は犬だな」

あ、これでは犬に失礼だったな。コーネフは本気でそんなことを考えながら道を左に曲がった。

二人は(正しくは一人、なのだが)ブツブツと何かをいいながら、センターのモール街を横にそれ、近道である路地裏から、裏通りへと出た。

 

昼を少し廻った、暑苦しい夏の一日でさらに一番暑い時間だ。

この時間になると表通りはともかく、すがに裏通りは暑さで人々は屋内へと避難しているのか、通りには人影はあまり見られない。

相も変わらず騒がしい二人は官舎へと家路をたどっていた。と、不意に人影の無いはずの通りを挟んだ向かいに、赤毛の少し広がり気味のパーマがかった髪をした女が、真っ直ぐに二人の方を向いて微笑んで何かを云いたそうにしているのが見えた。年でいえばだいたい22、3といったところだろうか、やけに目のパッチリとした印象を受ける女だ。

「・・・ねえ、そこのあなた」

琅琅とした声が裏通りに響いた。ポプランはといえば、案の定「待ってました」とばかりに紙袋をコーネフに押しつけて、道路を横切りながらウキウキと女のもとまで行こうとしている。

もう何も言うまい、そう思い、諦めとともにためらうことなく一歩を踏み出した。

先に部屋に帰ろうと歩き出したコーネフはまたもや視界の中を動く物影に視線をスライドさせた。

こちらに向かって音を立てずに黒いランドカーが走り寄る。

無音で近寄ってくる車に、ポプランはどうやら赤毛の女に気を取られていて気付いて無い様子ではあるが、まさかいきなりつっこんで来たりはしないだろう。コーネフはそう思い、気にせずにまた歩き出そうとした。

だが、ゆるめると思われたランドカーのスピードは落ちるどころか、むしろその車体をさらに加速させて路上をまるでポプラン目掛けているが如く勢いよく滑ってきた。

?!おかしい―――

思うや否や、風を受けたようにコーネフは足を踏み出した。

 

 

コーネフが自分の名前を呼ぶ。

振り返ったポプランの目に、明るい髪の揺らめきが舞込む。

あれ、お前どうしたの?? 珍しいな、お前も興味があるのか・・・―――

そんな問いかけを消し去るように、耳鳴りがするほどの音が鼓膜を支配した。

時間にすれば僅かの、一瞬の出来事。

しかしポプランにはその動きはまるでスローモーションのコマ割りを見ているかのごとく、もどかしいほどに、ゆっくりと動いて見えた。

ひどく緩やかに、風のようにコーネフが近づいてくる。抱えていた紙袋を半ば投げ出しつつ。

何故か、彼の空みがかった虹彩がやけに明瞭にはっきりと見て取れた。

するりと袖からのびたコーネフの腕は、そのまま勢いに任せてポプランの身体を後方へと圧し飛ばす。

ガラスの瓶が割れる音。

ポプランは反対車線の道路にその勢いのまま叩き付けられた。軽く頭をうって思わず呻く。まったく何が起こっているのか解らないまま路上を2度3度ほど転がった。

鈍い、何度きいても馴れることはないだろう脳裏に瀞くこだまする不快な音が、いつまでも耳に残っていた。

 

 

頭痛に少しふらつきながら片膝をついて起きあがったポプランは、走り去る黒いランドカーを見送るしか術がなかった。

何かが胸騒ぎを訴える。

路上を見てみると、散らかったパンやらパックやら、割れたガラス瓶の欠片たち・・・。

そして、コーネフは・・・コーネフは・・・・・・

「・・・コーネ・・フ・・・?」

目の前にひろがる信じられない、信じたくない光景は・・・

ポプランはものを云うことも出来ず、僅かに瞳孔を震わせた。

路の上には倒れたままの姿でコーネフが横たわっていた。

写真で切り取られたようにその空間だけが時をとめている。

力の入らない己の足に無理やりにも云う事を聞かせて、くずれるようにコーネフの傍らまでやって来た。

白磁の肌に鮮血が伝い落ちる。こめかみから流れてくる紅が、ぽたっぽたっぽたっと、規則正しいリズムを刻みながら路を染めていく。もし、この流れる血がなければ、恰もただ眠っているだけであるかに見えた。

まるでスクリーンを通して観ている、そんな感覚だった。

躊躇いがちに手を伸ばしてみる、が触れる直前で手を戻した。

ポプランは必死に冷静になろうと、自分の顔を数度手で叩いて気を戻した。

取り敢えず、路の端にコーネフの身体を連れてくる。返事は期待できそうにもないが、声をかけてみる。何度も呼びかけてみてはいたが、予想していた通りとも云うべきかまったく反応がない。

かなり危ない状態かもしれない。医療関係者ではないにしても、それくらいはすぐに見て取れる。

下手に触るとやばい―――

顔を上げて廻りを見まわしてみるが、人影はやはり見られない。先ほどまでそこにいたと思われた赤毛の女も何処にいったのか、姿を消している。

取り敢えず、ポプランは上着のポケットのPersonalNetworkに手を伸ばすと救急の医療センターと連絡をとろうとした。しかし、何度電源をONにいれても、P・Nは一向に作動する気配を見せようとはしない。どうやら、先ほどの衝撃でどこかの回路がいかれてしまったらしかった。

「くっそっ!使えねーぜっ!!」

その場にP・Nを怒りと伴に叩きつけると、頭をかき、一瞬考えこむように顔を伏せたが、再び顔を上げると、コーネフの額にそっとかるく手をあてて囁いた。

「ここで大人しく待ってろよ、すぐ戻る!」

云い終えるか終えないかで、すでにポプランはコーネフの傍を離れBoxを探しに走り出していた。

 

 

そんなこと云われなくても、もう指先も動かせ・・ない・・よ・・・―――

微かに開けた視界の隅で軽やかに走り去っていく男の姿が見えた。褐色の髪がゆれている。廻りの景色はぼやけていて、それ以外にはほかに何も眼に映されるものはない。

そのまま天を仰ぐと、瞳いっぱいに眩しさを感じて目を閉じた。

ああ、おれはいったい何をしているんだ・・・―――

そう思うと、何かとても馬鹿馬鹿しい気分になった。

いったい何の為に、こんなに体中が痛いのか・・・。否、もう痛いのか痛くないのかさえよく判らなくなっている。体の感覚が麻痺していて、まるで宙を浮いて彷徨っているような感じだ。自分は何をしたのか、何故ここにいるのか、ここが何処なのか、さっき耳元で囁いていたのが誰なのか・・・

朧気な記憶が廻る。

だが、そんなことはどうでもいいような気がしてきて・・・

世界が閉じてゆく。―――

僅かな最後の意識を繋ぎとめる糸は、激しいエンジンの発射音と強引に己の身体を引き上げる冷たい手とによって絡めとられた。

 

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