「信じられるか?このおれに向かって『誰だ?』って云ったんだぜ? おれはあの時ほど傷ついたことはなかった。」
案外根に持つタイプらしい・・・。―――
今現在、ソファの上で悲劇の主人公を熱演中のオーバーリアクションな役者に、いったい、何回このセリフを聞いたことだろうか。
たしかに彼のその心根も分からなくはないが、不可効力というものだった。それに、済んでしまったことをいまさら云われても、如何にも仕様が無い。
「だから悪かったと云っている。」
憮然と云い放つ。このように、コーネフがポプランに謝るのもめずらしい風景かもしれない。
「それにしても、お前がそんなに繊細だったとはなぁ。初耳だ。」
これは・・・いったい、どういう訳あってそんな話をされるのか身に憶えもなく、ほとほと疑問に感じるところだ。が、しかしそれとは別に、いい加減にしてもらわないと、彼の普段使わぬ神経も我慢の限界を超えるというものである。
「お前ほど、面の皮が厚くないからな。心臓に毛も生えてないし・・・。」
どうも、そろそろ我慢が切れてきたらしい。
「ひどーい。おれの心は傷つきやすいんだよ!ガラスの如く、だぜ?」
「防弾強化ガラスのな。」
ようやくいつものペースを取り戻せてきた。
萎らしく振舞うポプランを、まともに相手にするのも馬鹿らしいといった様子で、ラッグの中に入ってあった厚手の雑誌を取り上げた。
「なんだよ、そんな本の事はしっかり手元に置いて憶えてたくせに、おれの事は忘れるのか。」
「案外、心底それを望んでいたのかもな・・・。」
「おれと、その本と、どっちが大事なんだよ!」
「こっち」
ふいっと、コーネフは視線を手元の雑誌に落としながら、他人事のように即答で云ってのける。
相手にしてもらえないと分かると、つまら無さそうに向かいのソファに仰向けにふんぞり返ったポプランは
「かっわいくねぇーの。」
と、口を尖らせて不貞腐れた。
「迷惑甚大。おまえに”可愛い”なんて云われたら、男として自決モノだ。」
思わず顔を上げたコーネフは、物云いた気に膨れっ面をしたポプランを拝んで、見なければ良かった、と後悔するように傾き、視線を誌面に戻した。
「そうだな、いっその事、お前さんの顔を思い出さずにすむなら、別にずっとそのままでも良かったんだがな。」
ふんっ、と鼻を鳴らし、ポプランはソファの上であぐらをくんだまま、さも面白く無さそうにクッションに羽交い締めをかける。まるで、八つ当りをする子どものようである。
スルスルと誌面の上を滑るコーネフの手の内のペンシルを見遣る。久方ぶりに聴く、そのなめらかな音の綴り。
そして新しい悪戯を思いついたように、そのコドモは、今度はさも愉快そうな顔つきをして宣った。
「ああそうか!しまったなぁ。あのままお前が忘れてくれてたら、おれがお前にしてた借金もチャラになったのになぁ〜」
いやぁ、全く惜しい事をした。そう云って悔しそうにわざとらしく顔を歪めて何度も繰り返すポプラン。
当然、続けられるその言葉の先には”厚手の書籍で一撃”の応酬が、「煩瑣い」と云うおまけ付きで待っていた。
「っ痛ぇーーっ!」
悲鳴があがる。真面に顔面で喰らったポプランはそのままソファに撃沈した。確かに、相当痛そうではある。
が、その後の反撃の抗議を予想したコーネフを裏切って、コドモは顔に本をかぶったまま動かない。
どうも、打ち所が悪かったかな?―――
そう思い注ぎ視たポプランの顔。開けた本をかぶったその隙間から、なにか、満足したように笑みを浮かべた口元がのぞく。
「なんだ、気色の悪い・・・」
コーネフはその様子を訝しむように不審のこもった横目で睨め付ける。
そこに放り出された科白ひとつ。
「・・・お帰り、コーネフ」
静寂の時間。一拍置いて息を吸い込む波動が伝わる。この空気の間がとても好きだ。
「・・・ああ。」
ポプランは被さった本を目の前からどけると視界が広げる。
その視線の先にある穏やかな表情・・・。
Paradise Regained ――――――
しばらくその顔を見ていたポプランは、急に照れたように喋りだした。
「知ってるか?今日は昔の地球にいたナントカっていう奴の誕生日らしいぜ。えーと、たしか・・・Xristosとかいう・・・。それに因んで付けられたのがChristmasだっけ。」
「ああ。もとは太陽の新生を祝う”冬至の祭”だったという降誕祭のことか?」
さすがに、こと単語にかかわる知識に関係することでは、コーネフには敵うはずもない。まぁ、敵おうと思って云ったわけではないのだろうが。
「あー、うん。・・・いや、難しいことはよく知らねぇ。」
笑み云って、ポプランはぽりぽりと頭をかいた。
「それが、何だ?」
コーネフはめずらしいものを見るかのように視線をおくってくる。
「そういえばさ、今日はお前の誕生日だっただろ?」
突然のポプランのセリフに、きょとんとしたまま動かないコーネフ。
そのコーネフの顔に、満足したかのように
ふたたびポプランは緩りと笑んだ。
ただ、いる、それだけのこと。そしてそれは、なんのくもりもない。
いまこのときだけは神と呼ばれしものに感謝しよう ――――――
君の生まれ出でたこの日があることを ――――――
「Happy Birthday Ivan Konev.」