あいかわらずなボクら

 

† bygone

 

部屋中に降り注いでるような雨音。

体の奥の潜在で鳴り響いている。雨の()が・・・。

弾ける水の音はしだいにぼやけ始め、ザワザワと風に撫でられる樹々の葉音へと変わっていく。

若若しく茂っているポプラ並木。

青々とした樹木の葉の間を、すり抜ける陽光の下に、数年前の自分が立っている。

 

まだ、空を翔ぶことを知らなかった頃。

 

 

毎日がただ何となく過ぎ去っていく日々の中。

己は、このような所にいる者ではない。―――

幽かな警鐘が鳴っている。

微々迫りくる焦燥感と、自分の身体がしだいに腐食していってしまうような退屈に飽きて、

「私と・・・、付き合って欲しいの。」

とくに断る理由もなかったし、ちょっとした憧れもあって、別段深くも考えずにOKを出した。

たしかいくつか年上の(ひと)だったと記憶している。ニッコリと嬉しそうに微笑んだ顔が残る。

陽の差し込むポプラ並木に風が吹き、樹葉と彼女の髪をやさしくさらって、

ザワザワと音を立てていた。

それから、2、3ヶ月のちくらいには、ひととおりの事はしていたように思う。

周りの云うところによると、”なかなかのいい女”だったらしい。

ただ、初めての夜、終わってからなんとはなしに

こんなものか・・・―――

と思っただけだった。

 

3ヶ月を過ぎ、それでも二人はそれなりに楽しくやっていた。

映画館、洒落た店での食事、休日のショッピング、他愛無い会話・・・。

”煩わしさが全く無かった”といえば嘘にはなるのだけど。

しかし、その頃を境に彼女は豹変していった。

しだいに彼女は彼にすべてを望みだした。

どこに行く時でもいっしょを望み、何をするにも監視するように彼女は視ていた。

そしてついには、いつでも自分を見て、自分のことを考えて欲しいと望むようになった。

彼女のすべてがおれを束縛する。―――

息苦しささえ感じるようになった。とにかく、彼女から離れたかった。だが、そう望めば望むほど、彼女はおれを縛りつけ、閉じ込めようとした。

そして、綺麗に月の見えるある夜。彼女はナイフを持ち出した。それが、”心中”というやつなのだろうか。

そこまで追い詰めたのが自分なら仕方が無いのかもしれない。

彼女のしたいようにすればいい―――

そう思った。それで彼女の気がすむなら、それもいいと、思った。

解放されたい。息苦しさに死んでしまいたかった。錯覚かもしれない、けれどその時の自分はたしかに本気でそう思った。

ちょっとした騒動となった。

幸いとも云うべきか、彼女の家の同居人の早期発見により、結局のところ、二人ともそれほどたいした怪我ではなかったが、彼女はその後顔を見ることもなく、遠い親戚の家に引取られたらしい。

何が悪かったのか、何が彼女をそうさせてしまったのか、明確な解答を得られないまま、

それからも、自分でも馬鹿だと思うが、何度か変えては別れてと、女との付き合いを繰返した。

しかし、必ずと云っていいほど、彼女たちはしだいに自分を束縛しようとするようになった。

足枷を嵌められたまま翔べない、身動きも取れない鳥。

自業自得といえなくもない。笑い事だ。

そうして、おれはだんだんと女という生き物を避けるようになっていったのだ。

 

晧晧と輝く、不気味なほどに青い月の夜。

物音に起こされて目が醒めた。

部屋の入り口の方に影が揺らめいている。それは母だった。

蒼褪めたような顔でふらふらと部屋に入ってくる母。

様子がおかしい・・・?―――

何気に時計を顧みる。父は事業の会議で2ヶ月家を空けていた。弟妹たちは当然眠っている時間だ。もしかしたら、何かあったのかもしれない。

広くて背の高い窓枠から射し込む淡い月光は、立ち尽くす母の全身を照らし出す。月明かりに照らし出された母の顔は妙に艶めかしい「女」の(かお)をしていた。

「どうしたの、母さ・・・」

云いかけた科白。問いかける言葉は耳に入っていないのだろうか、母はおれの顔を見つめると、聞こえるかどうかの声で呟いた。

「・・・もう、だめよ・・・イワン・・・おねがい・・おねがいよイワン・・・」

何を云っているのか全く解からなかった。

そう、母がおれに何をしようとしているのかも。

母が貌を近づけ唇を舐めてそのまま中に舌を這わせてくる。何が起こっているか解からないまま、ただ母のなすがままに呆然と見つめるしか出来なかった。

頭が真白 ―――

ただ目に映るのは、気味が悪いほど大きく、そして蒼い月・・・。

気付くと母はベッドのサイドに膝をかけ、おれのシャツのボタンをぷつぷつと解き外していた。そして、そこに顔を・・・

突き飛ばした。おもいきり。

とにかく、母を押し退けてベッドから降り、駆け出した。後ろで母の声が聞こえたかもしれない。

どこに行こうとしているのか、行くあてもなかったが、格好も気にせず外に飛び出していた。

 

 

 

ピカカッ

瞼の上を閃光が撫でつける。それにつづく轟きは鼓膜をもはや麻痺させる。

雨音はなおも止まることなく単調なリズムを刻み続け、彼の覚醒を妨げる。

肌を覆う空気が伝える。本能が告げるのだ。

何をしている、逃出せ。はやく、はやく! さもないと・・・―――

ほら、また。

そう、それは見まごうこと無き・・・

月の光に照らし出された白い手が、この首に絡みつき、ゆっくりと真綿の様に絞めつける。

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