あいかわらずなボクら

 

† pursuit

 

響く足音。息が揚がる。

 道が開けた

こうやって何かに心を打ち込んでいると、生きているという実感が湧いてくる。”生きている”というよりは、”活きている”という五官感覚が戻ってくる、と云うものだろうか。

ここのところ、思いのほか長く地上生活が続いて自分の居るべき場所にいなかったせいか、どうしても見知った顔を見ていないとどことなく坐りの悪い、どこにいても落ちつくことの出来ない心もちにさせられていた。

「地に足がついてない」という言葉があるが、心境は同じであっても常に「地に足のつかない生活」を基調にしてきた彼には、まったく正反対の状況に、居心地の悪い思いをしていた。無意識のうちに。

本当は、ずっとずっと、苛苛していた。今気付いた。―――

路上にころがる空き缶を蹴飛ばしながら走る。

そのことを見て取られたくなかっただけ。―――

この心の靄、行き場のない憤り。理不尽な理由で、自分のゆとりの空間と時間、空気から追い出されてしまったことへの鬱憤。これを吐き出せる場がやっと廻ってきた。

今までまったくみえなかった扉が、突然目の前に現れる感じ。道は開けたのだ。

そうだ、イライラはイケナイ。肌には悪いし、皺も増える。何よりも精神的健康に良くない。Ca(カルシウム)は確り摂るべきだな。

 

 

裏は取れた。あの事件の行方も、先日の襲撃の理由も、そして、こんな大層迷惑な手の込んだ(ストーリー)を仕組んでくれた張本人も。

しかし、彼にその犯人をどうこうする気は、すでに無かった。

実際のところ、いろいろと実害侵害共に被った彼には充分にその権利があるのだろうが、彼自身が自分でそれをよしとはしなかった。どういうわけか、彼はその理由を話そうとはしない。一人で勝手に悟るとさっさと自己完結をしてセンターへと出かけてしまった。こういうところの思いきりがいいのは、たぶんに性格によるところが大きいのだろう。

しかし、いくら彼の行動力をもってしても、曲がりなりにもMPまでもが動いており、すでに問題は、個人がどうのこうのといえる事態ではなかったのだが、ポプランは自分でさっさと決断を出して、そしてそれを実行してしまった。こうなっては、もう誰もとめる事は出来ないのだ、と彼を良く知る人間は重々承知しているのか、咎めようとする動きすらも見られなかった。

まずポプランは、信用のおける自分の上官に掛け合い、密かに自分のつかんだ話を掻い摘んで説明した。曖昧は彼の得意とするところだから、容易いといえば容易いことだ。そして、その後の諸々の手回しを上官にあずけた。

しばらくすると、すべては彼に任せるということで、上からいっさいのこの件に関しての詮索を取り止めて打ち切りにしてよしという通達が下にくだった。つまりは、「手を引け」ということだ。

どのような経緯でそうなったかはポプランに詳しくは分からなかったが、おそらくは彼の上官がMPの偉い方と話をつけてくれたのだろう。

「持つべきものは、物分かりのいい上官」

彼自身のことを考えるとなんとも自分勝手な言い分だが、ポプランは自分のことは棚において機嫌良く呟くと、センターのエントランスルームを突っ切って外套をひるがえすと、再び外へと歩き出した。

 

 

あの日、襲撃の追手を振り切ってモール街に飛びこみとりあえずの安全を確認したポプランは、赤毛の女を伴なって馴染みの地下バーの扉を押した。

彼女はかなり憔悴している様子で疲れきった面を上げた。

そして、自分は働いていたバーで「この事は口外しないように」と口止めをされ、依頼を受けたこと、あの場所でポプランを呼びとめるように謂われたこと、自分の目の前で人が跳ねられて驚いて逃げたこと、そのあと姿を変えていたことなど、ポプランの問いにポツリポツリと途切れながらも答えてくれた。

彼女は、驚いて逃げた後しばらくして、誰かにつけられているような気配を感じ始めたといった。そして今回の襲撃。

「きっとあの女がやらせたことに違いない、自分は殺される!」と取り乱す彼女をなだめて、ポプランは一つの考えに行き当たった。

「女・・・?」

妙に引っかかるその響き。記憶をまさぐる・・・。

ポプランの知る限りでは、今現在では女に関してまったく結界を張っているとしか思えないほど無縁なコーネフが、かつて、云い辛そうに一度だけ話してくれたことがある、過去の女に纏わる話。

「女って・・・もしかして、金持ちっぽい長身のプロンドじゃないか?」

そんなポプランの独白めいた語り掛けに、

「一度しか会ってないからよく覚えてないけど、たぶん・・・。」

「知っているの?」と云いた気な視線を(なげう)つ。それには答えずに目線を外すと、彼はそれをカウンターの上に置かれたグラスに注いだ。脳裡を掠めるシルエット。

「なるほど・・・。そういうことか。」

「何が・・・?」

 一人で確信を得た表情をあらわすポプランに、彼女は納得のいかない様子で眉を顰めて問うた。

「まあ、私怨みたいなもんだ。あんたを巻き込んで悪かったな・・・。」

決まり悪そうに、しかし少し晴々とした様子で云って外套を手に取った。

「もう大丈夫だよ。おれが何とかする。とはいっても、しばらくはまだ外を出歩くのはひかえた方がいいだろうけどな。どうも、付き合わせてしまって済まない。送るよ。」

 有無を云わせずに、勝手に決めてポプランは席を立ち上がると、空になったグラスの横に代金を置いてマスターに声をかけ、不安がる彼女の手を引き店を出た。

そして、彼女を無事良心的に見送ったあとに、ふとポプランは思い出した。

「あ、名前聞き損ねた。」

赤毛の女の名前を聞きそびれたことは、常に、住んでいる所、電話番号から勤め先のオフィスまで聞き出すポプランにとってはめずらしく、なんとも不覚なことであっただろう。

後悔と自責の念に駈られながら地団太を踏む。見送った人影は夜の街にかき消されて、よりいっそうむなしさに拍車を掛けた。

そして、ポプランは犬のようにガックリと肩を落とし、あきらめの溜息を吐いた。

 

 

センターを出たポプランは真っ直ぐにある場所へと向かった。

大通りから郊外へと伸びてゆく通りをしばらく走ったところで、緑の深い森の見える公園の角を曲がり再び少しの間車を走らせる。その目前には建ち並ぶ屋敷の群。

そして、ようやく大きな門構の屋敷の前まで来てとまった。

コーネフの実家に来たのは、いったい何年ぶりだろう。―――

たしか前にここに来たときは、コーネフが寮生活の初めの時期に、必要な荷物を取りに行けないので代わりに取って来て欲しいと頼まれてしぶしぶ引き受けてやって来たのだが、思わぬ歓迎ぶりに驚いたものだった。そのときに会った彼の一番下の兄弟は、まだずいぶんと小さかったように記憶している。

「なんとも・・・ご大層な屋敷だなぁ・・・。」

いつ見ても変わらん――― 門前で情けなさそうに気抜けした声を出し、門の奥に広がる庭とその一通りを見渡した。

通りにも、家中にも、人の気配はあまり感じられない。

無謀。―――

誰かに云わせれば、おそらくもっと誹謗中傷めいた至極真っ当なご意見をくれるに違いない。

息を吸う。息を吐く。

大きな深呼吸を一度。左右に視線を配り門扉を押し広げると、そのまま屋敷の前の石畳を渉り、扉の中へと押し入って行った。

造りが大層なわりには、中にいる人間が少ない。―――

一歩足を踏み入れて感じる空虚感。中の様子は数年前とたがわず、まるで時が停止しているかのように、そこに在る。

どことなく、この屋敷全体を覆った空気が、まるで聖域に足を踏み入れたかのような錯覚を起こさせる。それほどに、邸内は静まりかえっていた。

一応それなりに覚悟を決めて乗り込んでみた彼としては、異常に閑散としたその内部に拍子抜けしそうになった。

突き進む彼を阻む者がいない。

これでは、いったいどこへ向かって行けばいいのかも判らない。こういう場合は、止める相手が多い方へ行けば行くほど、核心に迫ると相場は決まっているものなのだが・・・。

 (とぼ)けたことを考えていると、タイミングの良いことにそんな彼を満足させるべく、奥の部屋の角を曲がったあたりから一人の男が現れた。おあつらえ向きに、全身黒づくめの格好をしてくれている。見るからに怪しげで、殴ってくれと云わんばかりの様子に、素直にポプランは要求に従った。

 一人を片付けると、あとはさして待たされもしないうちにぽろぽろと人が止めにはいってくる。しかし、どれもたいして骨のありそうな奴もおらず、ましてや銃を乱射する様子も見受けられない。ポプランはその人伝いにどんどん歩を進め、階段に行きついた。

階段を折り返した中段あたりに、驚いたように白衣を着た男が突っ立っていた。

「のけぇっ。邪魔だ!」

後ろから追いすがる医者か何かを振り切るように大股で階段を駆け上がって行くと、俄然、やる気を出したようにまずは、目の前にある扉から蹴り開けていった。

 

 

足音が廊下に響き渡ってくる。

どことなく懐かしい匂いのする声が聞こえてくる・・というよりは、騒がしい。

ドタドタという足音で、もう誰が歩いてきているのか解かってしまう。それに加えて、まわりを破壊するように砕音が続いて聞こえ、普通に開ければすむドアまでも、わざわざご丁寧に足蹴りをしながら開けては、また次のへ屋のドアを目指している様子がありありと解かってしまうのがなんとも虚しい。

あいつは物事を穏便に運ぶということが出来ないのか・・・いつまでもガキみたいに―――

まだ覚醒しきらない眠りの波とさざめきの中を漂いながら、それでも、彼にたいする毒舌は衰えを見せることはない。

その足音はついに、彼の眠る部屋の前で止まった。

今度は蹴り破られる様子はなく、扉はカチャリと、ごく普通の期待はずれな音を伴なって開く。

一歩を踏み入れる靴の音が響き、部屋内に張り巡らされていた氷の楔が融き放たれた。

留まった時空の中をゆっくりと近付いて来る何か。(かた)められていた時間は突き動かされる。融けた水の中を漕いで泳ぐように、ゆっくりと床を踏みしめる音が耳を打ち、こちらに向かっていた。確かに聞こえる現実の哭。

そうして、外から差しこむ光りに陰のさす気配。それが傍に来たことを報せる。

 ベッドのサイドに手の圧し掛かる振動が伝わり、静寂の時間から揺り起こされるように薄っすらと、瞼を開いた。

久しぶりにみる陽が眼に沁みる。懐慕の念に(くすぐり)りを感じつつ、暫くは陽射しに目が眩んで目の前にあるものの概観がはっきりとはつかめなかった。今まで虚ろで水に浸したように曖昧だった世界が、今はっきりと色をつけて、再び明白に、五感によって再現されていく。そして、次第に統一されゆく輪廓から、漸く個の顔が浮かんできた。

己の眼前で揺れる褐色の髪が、逆光から覗き込むように近付けてくる。

目の当たりにした・・・その顔。その緑の目。

頭の中で何かが弾け、壊れた。

ぷつんっと音がして切れるような感覚。(しこり)のようなものが残って取り除くことが出来ない。まるで喉に痞えた物がいつまでも取れない気持ちの悪い不快な異物感。

あたかも、スクリーンの覗きたい部分に靄がかかって焦点が暈けたまま、はっきりと見ることが出来ないような・・・。

 そして、口から出せた言葉。

「誰・・・だ・・?」

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