あいかわらずなボクら

 

† ash

 

 

Paradise Lost ――――――

エデンの扉は重く閉じられた。

目の前に立ち(はだか)る充塞感。

全知全能の神。

世界を創造し、救済し得る者というのなら、これはいったい何だ?

どうして神は、いつでもおれから無二のものを引き剥がす? 絶対者と云うのなら、何故人が違いに殺し合い苦しめあうをただ見守る? それとも楽しんでいるのか?

だったら、人はいったい何に祈りを捧げてきたんだ?

だから・・・

だから神なんて信じない。そんな神なんて信じない。そんな神はいらない・・・

 

なんとなく出会い、そして通り過ぎてゆく。ただ、それだけのものになるはずだった。

やがて時は経ちゆき、気がつくといつでも側にいた。そこに(とど)まり、止めど無くゆき過ぎる時間を一緒(とも)に分ち合って、いつの間にか同体と化していた存在。

己が躰の一部のようにわかることが出来る。そんな錯覚すら憶えていた。

こんな風に失くなるもんじゃない。―――

 

目覚める前にみてた夢はいつか、いつかきっとかなう。―――

そういえば、そんな話を聞いたことがあったか。ならば、今朝視た夢が叶うことがあってもおかしくないわけだ。

虚空を翔破する二機の飛鳥。そのなめらかなラインを螺旋を描くように何度も何度も記憶の中で反芻し、身についた草を掃って、立ち上がる。

共に。もう一度、宙を翔ぶために還ろう。―――

 軽快なリズムを刻んで、彼は相棒のもと目指し駈け出す足を速めた。

 

*        *

 

暮れ惑う空。

公園周りをゆく人影も車もあまり見とめられない。公園と云ってもかなりの広さを持った広場で、ちょっとした何かの試合ぐらいなら出来るだろう。そのまわりを囲うように樹木が集まって、まるで森のようになっている。

その広場にあるベンチのひとつに、腰を下ろしたままコーネフは(あけ)に染まる空を仰いでいた。だが、とくに空を見ている訳ではない。頭の中ではグルグルとずっと同じ思考が(めぐ)っている。

呪詛を吹き掛けるように溜め息を吐いた。口許で白く空気が曇る。

彼はあれ以来、何度この場所でこのことを繰り返していただろう。

変り者の青年はいっこうに自分から名を云おうとはしない。聞いても何故だか教えたがらない。とても呼び方に困ってしまうというこちらの要求も無視である。

そして、ごく明るく冗談っぽく云った。

「思い出せたら、最初におれの名前を呼んでくれよ」

軽く云われたその言葉には、異様に重い響きをもってコーネフの中に沈み凝まったまま。

自分のことは全く云いたがらない。そのくせ、コーネフのことはよく知っていて、紅茶を一杯飲むのにも砂糖がどうだの、ジャムを入れるなと、あれやこれや煩瑣く云ってくる。

普段の行動からして、なかなかに常軌を逸した場面を何度となく見せ付けてくれる彼は、いつでも一緒に歩くのも憚られるほど恥晒しなことをしてくれたりする。

だが、そんな時にコーネフが彼を呼ぶのに云い澱むと、嘘もみえみえに、明るく「全然気になんてしてない」と云う態度を装う。そう云うふうにされる度に、焦っては、必死に思い出そうとして頭を痛めるのだ。

いっこうに晴れてくれないこの頭に、酷くもどかしさを感じる。

腹が立ちようもないのに、一生懸命思い出そうとして、腹がたって・・・。―――

いつになく、憂鬱な夜の帷を降ろしかけている空に、じっと視線をあずけた。

この冬空みたいにもやがたっている。―――

 

と、背後で足音が近付いた。

足下の芝をサクサクと踏んで歩いて来る。

「こーんな寒空の下何やってんの?」

首だけ振り返ると、ポケットに手を突っ込んでやって来る男が傍に立った。

「別に・・・。」

「あー、嘘はいけないねぇ。おれに嘘つけると思ってる?」

ベンチの背もたれに手を掛けて、おどけた様子で上から覗き込んできた。

どうもこいつのこういうところは苦手だ。妙に自分に素直過ぎて、人に拒む余地を与えてくれない。おれはどうしていいか分からなくなる。

「そっちこそ、何をしに来たんだ?」

ちょっとばつが悪い気分で無理矢理話題を移す。彼はその問いに弾かれたように、元気に身体を起こして、手にもっていた袋を目の前にかざした。

袋に入っているものは、記憶が正しければ”ロケット花火”と云う物ではなかったか。かなりの量だ。

「そうそう、見せたいものがあるんだ。」

ニッと、また大きく笑顔を見せると、「病み上りは風邪ひくぞ」と自分のしていたマフラーを強引にコーネフの首に巻きつけて、そこで待ってろ、と広場の中央までダッシュで駈けて行った。

突然の彼の行動に面食らった様子で、温まったマフラーを巻き直すコーネフは、広場の中央で小さな穴を掘り、ビンを立てて、穴とビンとに花火を突き刺している男を見つけた。

そして、こまこまと動き回ってはまた、ダッシュで駈ける。

何をやってるんだ、あの男は・・・。―――

理解不能、と云うか予測が付かないというか、とにかくどことなく、すべてが滅茶苦茶である。

慌ただしく、ジタバタと足音をさせてこちらに舞い戻ってくる。駈けて来るその彼の肩越しに、シュッと光を佩びた一筋の閃が、一瞬コーネフの視線を掠め取った。

その閃の筋が昇り際に消えたのが見えたかと思うと、次の瞬間、凄まじい音と共に、一斉に数え切れないほどの光の欠片が舞上がった。

これは・・・。―――

眼を見開くコーネフ。

煌く瞬きに瞳を奪われ、魅入ったまま身動(みじろ)ぎもしない。一己一己の様々に疇る先をただ見守った。

閃光の糸が彗星のように宙へと吸い込まれていく。

夜空を自由に翔ける光の魂達。

彼は指一本動かせないまま、捕り込まれてしまっていた。

いつの間にかポプランが傍に戻ってきて立っていることにも気付かない。

その光の破片たちは、(つい)えてはまた新しく宙を翔らう。そしてさらにその光を追うように後から後から、留処なく続く珠塊たちが視界を埋め尽くす。

瞳に焼きつく光の極線。記憶を揺り動かす光の波形。

まるで・・・。―――

そのおびただしい数の光の様子は、宇宙の空間を飛翔するスパルタニアンそのものだった。

 

「ポプラン」

唐突に紡ぎだされた言葉。

語りかけているのか、独り呟いているのか・・・。

「帰りたいな。早く・・・」

ポプランは突然の問いかけに、隣で光の舞う様を見つめるその横顔を目をこらして凝視した。

一拍の沈黙。

そして、云い知れぬ言葉を含めて、夜空を仰ぎ見た。

「また、すぐに帰るさ。あそこに。」

ポプランは自らもいい聞かせるように呟く。無意識に傍らに座るコーネフの肩に手をかけた。コーネフも無意識に肩に置かれた手にふと触れる。

馴染んだその手。それは夜気をすっていてとても冷たい。

だが、その心が誰よりも熱いことを、彼は知っている。

 

〜 End 〜