それは“絶望的な戦争”ではなかった。
“絶望そのもの”だったのだ。

− ベン・オニ著「サレム戦記」巻頭言 −

 

サレムは帝国の北東に隣接している。帝国の周辺に位置する他の都市国家が、あるものは帝国に帰属して属領となり、あるものは滅ぼされていったなかで、サレムは独立をたもった数少ない都市国家であった。

 

なぜか。それを知るには、サレムの歴史を語らねばならない。

かつてこの地は、絵に描いたような寒村であった。司祭もいないような小さな教会と、数軒の猟師の家があったのみ。しかし、ある日その教会にメルキゼデクという司祭がやってきた。するとメルキゼデクを慕って、人々が国々からやってきて住みついた。

やってきた者の多くは、かつてはならず者や犯罪者だった。彼らは家族からも社会からも教会からも切り捨てられたが、メルキゼデクの噂を聞いて魂のやすらげる地を求めてきたのだ。他のひとびとも、底辺に生きていた者が多かった。

彼らは、もとからの住民とともに、非常に調和したコミュニティを形成していった。

 

ところで、帝国が力をつければつけるほど、辺境の蛮族たちも力をつけていった。帝国内での権力闘争に破れた者などが、手勢と武器と最新の戦略をみやげに蛮族に身を投じる例が増えていったためだ。もともと勇猛な蛮族がこれらの力を手に入れると、かねてから略奪めあてに帝国領内に侵入していたのがより頻繁になっていった。帝国はしばしば、他国との戦争について不利な休戦協定を結んでまで、蛮族に対応する必要があった。

そんな中、北東の国境についてだけは、戦略的要衝をおさえるサレムが果敢に蛮族を押し返しつづけたため、帝国はこの地域の心配をする必要がまったくなかったのだ。北方にはかなり有力な蛮族アケルマダがあったが、帝国に侵入するルートは地形上かぎられていた。その東半分をサレムがふせぐために、帝国は西半分の国境を警戒しさえすればよかったのだ。

この方面を守備する帝国の第6軍団は地理にあかるくないため、冬場に補給線に問題をかかえ、そこをアケルマダに衝かれて窮地となることがあった。しかしそれを、同じ神を信じる兄弟としてたびたび救援したのがサレムの市民兵団であった。何しろもとは荒っぽい職業だった連中が、地元の猟師を核に結集した部隊である。地の利さえ活かせば、数と武器において勝る蛮族相手といえど遅れを取ることはなかった。

 

この事実のゆえに、サレムは帝国にとってまたとない同盟国となっていたのである。

帝国でクーデターが起きた時、第6軍団がいちはやく首都にもどりこれを鎮圧、そののち軍団長ワラワラが次の皇帝となるに及んで、サレムと帝国の関係はさらに親密なものなっていったのである。


しかし時が流れた。

ワラワラ帝の王朝はまだまだ続いていたが、現皇帝はサレムに対しすでに何の好意的感情も持っていなかった。家臣団のうちの年配者や歴史に明るい者は、隣国サレムが帝国にどれほど貢献したかを記憶していたが、それはごく少数となっていた。むしろ大勢は、口実さえあればサレムを帝国領とすることを考えていた。サレムで近年発見された金山が、膨大な埋蔵量らしいとの噂が広がっていたのである。

アケルマダはしばらくまえの大戦争で大敗した。その多くの地域が帝国に帰順し、現在は山賊の被害がある程度で組織的な戦力は失っている。サレムは、南、西、北西を帝国領と接し、他は峻険な山脈という孤立した状況にあった。

 

そのころ、皇帝が離婚するという前代未聞の事件が起こった。皇帝の取り巻きは、皇后の親族の発言力が増す一方であるのを嫌い、皇帝が南方の大国の女王を見初めたのを好機ととらえ、皇帝に女王との結婚による国益を説いた。皇帝は、ささいなことで皇后を罪に定めると辺境の城の塔に幽閉し離婚を宣言、南の女王と結婚したのである。離婚の宣言と同時に、皇帝の取り巻きが皇后の親族を粛正したのは言うまでもない。

このことは帝国内のみならず、はるか遠くの国々まで知れ渡った。しかし死別による以外の再婚を認めないはずの教会が、政治的な取り引きの上で皇帝の離婚を承認し、女王との結婚式をおこなうに至り、結婚は成立したのである。

 

もちろん、良識ある人々はこのできごとに眉をひそめ、それは帝国内外を問わなかった。なかでもサレムは司祭メルキゼデクを中心にできてきた国でもあり、純粋な信仰を持つ者が多かった。しかしそれがサレムの悲劇となったのである。

サレムの司祭ヨハナンは信徒たちとともに手紙をまとめると、意見書として法王に送った。内容はもちろん、皇帝のおこないを認めた教会に対する激しい非難である。

しかし法王は、地上における神の代弁者たる自分に意見することは神に対する冒涜であるとして司祭ヨハナンを逮捕監禁すると、意見書を皇帝に送ったのである。その意図は、帝国にサレムを攻めさせ、制圧後に金山の一部を教会領とすることと引き換えに、サレムが帝国皇帝を侮辱したという口実を皇帝に与えることであった。

はたして皇帝はこの話しに乗り、即座に直属の軍団に出陣の用意を急がせた。これを知ったサレムは要所要所に拠点の設営をはじめたのである。

 

圧倒的な帝国軍に勝利することなど、もとより望んではいなかった。戦争となれば、一瞬で叩き潰されるのは火を見るより明らかである。しかしサレムの住民たちは、他国の王や堕落した法王に忠実に生きることより、おのれの信仰に忠実に死ぬことを選んだのである。

かくしてここに、のちに帝国の歴史家ベン・オニによってサレム戦記として記録されることになる絶望的な戦いが始まるのである。否、それは絶望的なものではなく、絶望そのものであった。


つづく。。。