帝国がなんくせをつけ都市国家サレムを攻撃しようとしている、という噂はアムナーの住むベテルまで遠く伝わってきた。
時にアムナーは24歳。帝国にある、法王庁立の僧院での学びを終え、最近帰って来たところである。娯楽の乏しい僧院では修道僧たちが噂話に明け暮れ、アムナーも皇帝の罪や戦争の噂についてはずいぶん耳にしていた。
(それが現実のものになってしまうのか)
現実に多くの人が理不尽な死を迎えようとしていると考えると、無責任に噂話に加わっていたことが悔いになる。寝たきりの信者の家を訪問して祈祷した帰り、広場を囲んで教会の並びに建つ市庁舎の前で耳にしたニュースは、尾鰭がついているにせよ現実そのものだった。
教会にもどってみると、この教会の司祭でもある、アムナーの義父シェマー・エイワンが深刻な顔で迎えた。ついてくるようにと無言のまま目でうながし、執務室に入る。アムナーが続いて中に入り扉を閉めると、一通の書簡を手渡した。すでに開けられた封蝋には、教区長の刻印が押されていたあとがうかがえる。
内容は法王庁からの通達を伝えるものであった。いわく、
今回のサレムの行動は明らかに異端的であること。
法王に反逆するものは神に反逆するものであり、もはやサレムは異教徒として扱われるべきこと。
そのために皇帝が、神のしもべとして征伐に向かうこと。
よってなんぴとたりとも、サレムを支援するのであれば破門とすること。
すべての教会は皇帝の勝利のために加祷するべきこと。
「で、どう考える?」
「オヤジはどうするんだ?」
逆に聞き返したアムナーだが、すでに二人は、互いの心の思いを把握していた。誰の目にも正しいのはサレムであり、神の前に裁かれるべきは法王と帝国だ。しかし戦いはサレムが敗れるだろう。そして法王が「サレムは異教徒扱い」と宣言している以上、敗北の先には埋葬すら許されぬ死のみ。サレムの義を知る我らは行って、できることなら最後の懺悔を聞いてやり、それもかなわぬならせめて祈祷とともに埋葬してやらなければならない。
しかし、シェマーには立場というものがあった。この教会につどう信者たちに対する責任である。万が一シェマーが破門されたらどうなるか。悪ければ破門はこの教会につらなるすべてに及ぶだろう。教区長の書簡はそういう脅しだ。よくても、シェマーのかわりの司祭がつかわされてくることになるが、今どきは若い司祭もベテランもろくなのがいない。やつらの仕事といえば、出世のために献金を集めること、やりたいほうだいの為政者に大義名分をつくってやること、そして自分の罪を棚に上げて信者に「地獄に落ちるぞ」と脅しをかけることくらいなものだ。信者たちのために、シェマーは動くわけに行かないのである。アムナーももちろん、そこまで察していた。
「司祭様、私はしばらく旅に出ることにします。御許可いただけますか」
そう行って、アムナーは立ち上がった。もちろん旅の行先はサレムだ。しかしそれを明言するなら、シェマーは教会の責任者として、彼を引き止めなければならなくなる。
「そうか。よし、許可しよう。どんな経験も修行になる、見聞を広め多くの人に会ってきなさい」
無論、シェマーも承知で答えている。執務室を出たアムナーは、急いで旅支度を整えるとその日のうちに出発した。急がなければならない。できることなら戦いが始まる前に。。。
アムナーがサレムにたどりつくまでのことは、この物語の本筋ではない。ともかく幸運なことに、帝国側では誰を派遣するかでもめていた。将軍がサレムの金山を押さえて反旗を翻すようでは元も子もないためだ。その間に、つまり戦闘開始前にアムナーはサレムに到着することができた。
急ピッチで城壁や門の補強、砦の建設が進められているサレムについてみると、そこには各国からの義勇兵が集まりはじめていた。誰もが、勝利なき戦いであることはわかっている。その上で、正義のために死ぬことを望む者や、どうせいつか死ぬなら気に入らない帝国に刃向かってやろうという者が、少ない人数ながらやってきているのだ。
さらには、アケルマダの残党が北の山から下りてきていた。こちらも、帝国への恨みだけの者、サレムを戦士と認めともに戦いたいという者などいろいろだ。
人間、エルフやハーフエルフ、ドワーフ。戦士、魔術師、医師や技術者。間違いなく今ここにいるそのほとんどは命を落とすのだ。そう思いながらアムナーは、この小さな都市国家に集まった者たちを眺め、教会に入っていった。