二の砦は善戦していた。帝国軍が誇る巨大な攻城やぐらなどの前進が、地形によってはばまれているのが、サレム側に利している。帝国は人海戦術に頼らざるを得ず、数次にわたる波状攻撃をかけた。しかしそれらはことごとく跳ね返され、かえって砦からの夜襲によって、被害がふえていくのみであった。

もっとも、帝国軍の規模からみたら大した損害ではなかったが、それでも最前線の士気にかかわる程度には影響をあたえるのに成功している。

なんどか砦正面の門にとりついたものの、門を開けるより城壁に穴をあける方がむしろたやすいとは、帝国軍は気づかなかった。

谷の左右には砦から通じる穴がいくつもあり、サレム側は夜間にそこから飛び出してはゲリラ戦を挑んでいた。しかし帝国軍がその穴を見つけるや、そのルートはシャロムのドワーフによって内側から迅速丁寧にふさがれた。

穴の砦側の入り口には、例によってアムナーの手により、経典の文句が大書されている。

He will protect you as you come and go
now and forever.
(あなたの出で立つのも帰るのも主が見守ってくださるように。)
(今も、そしてとこしえに。)

出撃する者たちはみな、この文句に口づけして出ていった。その何割かは生還できなかったが、息あって戻れたものはまたそこに口づけした。生還できなかった者のうち、運良くなきがらを運んでもらえた者は、アムナーによって丁寧に葬儀が行なわれた。

生きて砦に戻れたあと、落命する者も少なくなかった。アムナーは、回復魔法ももはや手遅れという者たちの収容先に入り浸り、最後の懺悔を聞いてやり、最後のミサを行なってやった。あいている時間には砦中を巡り、手の空いている者たちに説教をした。非戦闘員を組織した小さなクワイヤ(聖歌隊)によって、城壁の攻防の背後から讃美歌によって応援もした。そしてわずかにでも時間があれば、砦の至るところにペンキで経文を書いていった。それらすべての行動の合間に、敵味方問わず全ての者の魂のために祈りをささげていた。いや、移動する時でさえ走りながら心で祈っていた。

 

「司祭さま、そろそろ三の砦に行く時間ですだ」

自分の影の長さで時刻を見たヨセフが、ペンキ片手に走るアムナーにうしろから声をかけた。日に一度、アムナーは三の砦のチャペルに戻り、ミサを行なっていたのである。

「ああ、行こうか」

アムナーはペンキを片づけると、ヨセフとともに例の穴のひとつを通って砦の裏の林に出た。すでに敵が砦の背後に伏兵を送っていないとも限らない。三の砦との往復は、伝令が使う林間の小道を使っている。

先導のヨセフが周囲を警戒しながら、小さな声で話しかけた。

「いくらなんでも、司祭さま働きすぎですだ。それではいくさの最後まで体が持ちませんだよ」

「わかっている」

ヨセフについて歩きながら答えた。睡眠時間は歩哨より短く、一日に走り回る延べ距離は斥候より長い。しかし、休むことは自分に対して許せなかった。消耗は激しいが、戦傷者を優先し、自分の回復魔法さえ自分には使っていない。

道をなかばまで来た時である。ふと遠くに悲鳴が聞こえたような気がして、アムナーは左手、つまり西の山を見上げた。

(気のせいか)

そう思って歩き出そうとしたが、前を見るとヨセフも同じ方を見上げている。緊張しているその顔が、次の瞬間こわばった。風向きによって聞こえたり聞こえなかったりするが、確かに戦闘の音がする。

「敵ですだ。司祭さま、早く」

二人は全力で走り出した。


その少し前。西の山の各見張り小屋は、森のあちこちから、悲鳴が聞こえてくるのを聞いた。サレムの住民は戦闘要員以外この地域にはいないのだから、悲鳴を上げているのはトラップにかかった敵だ。

各見張り小屋、そして森にひそむ狙撃手に緊張が走る。伝令が三の砦に急を知らせる。

やがて、最前線の見張り小屋の視界に敵が入った。その瞬間、小屋の見張りは息をのんだ。

「まさか…」

しかし、目前に迫るまがまがしい敵の群れは、見間違えようもなかった。

「ゴ、ゴブリン…」

次の瞬間、伝令が小屋を飛び出した。同時に、身を隠している狙撃手から敵に矢が飛ぶ。エルフの手練を筆頭に、一矢一殺の精度でゴブリンを倒していくが、倒れたやつは味方に踏み潰されるだけで、その周囲にはひるむ気配もない。仲間が矢に当たろうと、トラップに落ちようと、意に介さず突撃してくる。

いや、そもそもゴブリンに仲間意識なるものがあるのだろうか。数十匹がガケを転がり落ちると、後から続く者はガケ下に積み重なった味方をクッションにして飛び降りる。落とし穴もゴブリンの死体で埋まり、他のトラップもすぐに飽和状態となる。

矢を撃ち尽くした狙撃手のほとんどは、恐怖にかられて三の砦へと逃げ出した。しかしゴブリンは波のように逃げる者に襲い掛かり、飲み込んでいく。犠牲者の絶叫は、まがまがしき者たちの咆哮と地響きにかき消される。

サレム側のうち、冷静だった者だけが、樹上に逃れて安全を確保した。つまり、エルフは全員、人間とハーフエルフの何人か。ゴブリンどもは上を見上げることもせず、というか上から射掛けられても見上げようとも思わず、森の中を駆け抜けていく。時々、一匹が木の根につまずくと、たちまち将棋倒しになるが、あとから来た群れがそれらをまとめて踏み潰していった。

三の砦では、次々とかけこんでくる伝令がもたらす情報に、なかば呆然とした空気がただよいはじめていた。行軍にはむかない険しい地形、ドワーフたちが腕によりをかけたトラップの数々、そしてエルフを中心とした弓の名手たちによる狙撃部隊。兵の損耗を考えるなら、西の山を越えようとする指揮官はいないだろうと思っていたが、まさかゴブリンに特攻させるとは。
門の前に立った、砦の隊長ユダも、西の山の斜面を見上げて立ち尽くす。

ヨセフにかつがれるようにしてアムナーがかけこんだ砦はそんな状況だった。しかし、

「隊長さんよぉ、ぼけっとしてる場合でねぇぞぉ!」

全力疾走で息も絶え絶えのアムナーの耳打ちで、ヨセフが大声で怒鳴った。その瞬間われに帰ったユダから矢継ぎ早に指示が飛び、砦が息を吹き返し迎撃態勢を整える。戦士は城壁前へ、弓兵は城壁上へ、魔術師たちは、塔やそれぞれの性分にあった環境へ。副隊長のシモンは、救護要員を広場に待機させると、門の制御小屋に向かった。この砦の門も二の砦同様、一度とじたら二度と開くことはない。

ユダの指示で砦の西側に十分に距離をとって油が撒かれおわったころ、ゴブリンの最初の部隊(組織だった隊伍ではないのだから、部隊と呼べるかどうか)がガケを転がり落ちてきた。いや、落ちるというよりは地面への激突だ。屋根に積もった雪が轟音とともに一気に地面に落ちるように、なだれをうってゴブリンが降ってくる。

「これはいかん。全員、砦に入れ」

ユダの命令により、戦士たちは一糸乱れず門に入る。ユダの合図によって、撒かれた油にたいまつが投げ込まれる。火は積み重なったゴブリンに襲い掛かるが、炎に包まれた群れを飛び越し、後続が現れた。

「閉門!」

最後に砦にかけこんだユダの指示により、門が閉じられると、シモンが仕掛けを作動させ門を封鎖した。


ゴブリンの大軍が通り過ぎた後、生き残った狙撃手たちはようやく木から降りてきた。周囲はゴブリンの死体だらけである。森は静まり、まだ息のあるわずかなゴブリンの怨嗟に満ちた咆哮のほかには何の音もない。

「運がよかったようだな。これからどうする」

生き残った一人が、木から下りてきたハーフエルフに話しかけた。

「ゆっくりはできそうにないね。見なよ」

かなりの太さの木までゴブリンの激突によって折られ、森は妙に見晴らしがよくなっていた。そしてハーフエルフの指差す方からは、帝国の正規軍が近づきつつあった。

「三の砦への道はゴブリンだらけだろうね。としたら選択肢はみっつか。このまま逃亡するか、投降するか。それとも…」

「決まってるだろ、三番目だよ。ゴブリンを迂回して四の砦に行こう」

さらに何人かの生き残りが集まってきた。ゴブリンはまったく上を見ず、おかげで生き残っている者は全員無傷だ。

「もうたくさんだ、俺はケツまくるぜ」何人かは北へ逃げる道を選んだ。そして、
「うすぎたないゴブリンを何匹しとめたからって、帝国は痛くも痒くもねぇ。まだまだやるぜ」何人かは、四の砦への道を選んだ。それぞれの道行きを、神が祝されるようにと祈りながら。

 

三の砦では、ゴブリンとの攻防が続いていた。砦側は、殺到するゴブリンに矢を射掛け、上から岩を落とし、迎撃する。ゴブリンはひたすら城壁に突撃し、よじのぼろうとする。ここの城壁は武者返しになっており、上にいくほど微妙に外側へ傾斜している。このため簡単には登れないうえに、城壁前で押し合うゴブリンの中には自分が火だるまになっていることに気づいていないものもあり、そこかしこで混乱が起きる。

結果としては城壁と砦になんらダメージを与えないうちに、帝国の正規軍が到着した。どうやってこれほどのゴブリンを集めあやつっているかはわからないが、サレムが敷いた西の山の布陣を突破するまでがゴブリンの役目だったらしく、城壁前で興奮していた忌まわしき者たちは、少しずつ引いていった。


ゴブリンの強襲を知らせる伝令は、三の砦からサレムに走ると同時に、二の砦にも出されていた。最後に伝令が来てからしばらく間があいたことを不審に思った二の砦では斥候を出したが、その持ち帰った情報は、二の砦と三の砦のあいだに降りてきた帝国軍によって、三の砦との連絡が完全に遮断されているという報告だった。

二の砦は腹背に敵を受け、孤立した。


つづく。。。