実質的にサレムの城壁外最後の拠点であることを意識して建てられた三の砦は、砦というよりもはや城であった。たとえサレムが陥落したとしても、単独で継戦可能なほど、堅牢であり備蓄も豊富である。

ただしそれは、現在の戦力を保持すればのことである。砦は今、このまま持久戦を続けるか、二の砦救援に向かうかで揺れていた。

二の砦との連絡が遮断されてから丸二日。様子を知ることはできないが、二の砦がまだ健在であり継戦能力があることは、ときおり風に乗ってくる戦いの物音が伝えている。がしかし、長くは持つまい。

このまま二の砦を見捨てることなど、できるはずがない。がしかし敵中突破は、そうとうの戦力を割いても成功するかどうか。万一失敗すれば、その時点で三の砦も終わる。それも全員がわかっていた。

 

勝つための戦いではない。死は、数日遅いか早いかの違いだけで、みなを訪れるだろう。しかしだからこそ、少しでも帝国に抗い続け、正義の旗をつきつけ続けることだけが、この戦いの目的なのだ。

「であれば我らは、いかに長く持ちこたえるかを主眼とすべし」
結論は、そう傾きつつあった。すなわち二の砦救出断念。

しかし翌日。四の砦からの数人の増援が、空気を変えた。
「何をしけたこと言ってんだよ。それじゃ帝国やなんかの、味方の死を数字上のロスとしか思わねぇ軍隊と一緒じゃねぇか」

威勢良くやってきた彼らこそ、西の山の防衛線の生き残りだった。戦場を迂回し、稜線にそって四の砦にたどりついた彼らは、ゴブリンではなく帝国軍に矢を射込むべく、前線にでばってきたのだ。

「勘違いするなよ。西の山のかたきをとってくれってわけじゃねえ。仲間を見捨てるのが正義の戦いかって聞いてんだよ」

そのことばは炎となり、「本当は救出に行きたいんだ」と思っている全員の心に火をつけた。

「そいつの言う通りだ。戦略的に愚かというなら、勝てない戦争を始めたこと自体が愚かじゃないか。でも俺達は戦略で戦ってるわけじゃない、そうだろ」
「そうよ。俺達ゃ、大義のために武器を取ったんじゃねえか」
沈んでいた砦が、にわかに盛り上がる。

 

砦の隊長ユダだけは冷静だった。むろん彼とて、二の砦救出を願っている。がしかし指揮官として、情熱で突っ走るわけにはいかない。各班の班長を招集し、意志を確認する。

「この砦が破れればサレムの命運に関わるということはわかっているな。ことは我々の感情だけで決してよい話しではないぞ」

「でもよ、」
副長シモンが答える。
「今になっても、サレムの総司令部からは、助けに行けとも行くなとも言ってこねえな。総司令部も、救出に行きたいのに、行けと言えないでいるってこっちゃ」

ユダもうなずく。市庁舎ではおそらく、答えを出せない議論が続いているのだろう。がそのままでは手遅れになる。

「よし。全軍を三隊にわける」

半端な人数では、敵中突破ははたせない。砦防衛に必要なぎりぎりの人数を残し、これをユダが指揮する。負傷者のうち動ける者は、救出部隊が飛び出すと同時に、動けない傷病兵をサレムへと運び出す。残り、つまり大多数を救出部隊にあて、シモンが指揮を執る。

攻撃開始は、明日の日の出前と決した。奇襲は、夜間より黎明のほうが成功しやすい。夜襲を警戒していた軍が、空が明るくなりかけ気がゆるむ一瞬、朝もやにまぎれて襲い掛かるのだ。

「では今夜ミサを」
大勝負となる出撃前に、神の加護を祈って礼拝をしようと言うアムナーを、ユダが制した。

「いや、奇襲を成功させるためにも、砦内はいつもと変わらぬふうでいよう。アムナー殿は、砦内をまわって各部署で祝福を祈ってもらえまいか」

アムナーは黙ってうなずいた。

どんな場合にも、意識して「いつもと変わらない状態」を演出するのは難しい。明朝の大反攻のために、少しでも敵戦力をそぎたいとか、あるいは味方の戦力を温存したいなど、いろいろな思惑が交錯するが、しかしサレム軍は一兵卒に至るまで、役割を完璧に果たした。

そして、東の空から星が消えはじめた頃。抜け穴から出た部隊が砦側面から後背地にかけてを制圧すると、砦の城壁のサレムに向いた側から無数のロープが投げ下ろされ、救出部隊の本体が一斉に、しかし音を立てないように細心の注意を払いながら降下した。


帝国軍は、二の砦をまさに圧倒しようとしていた。善戦を続ける二の砦だが、前面にくらべれば背後は若干防備が弱い。西の山から下りてきた帝国軍は、装備こそ軽装だが頭数にものをいわせた人海戦術で、砦の背後から間断ない攻撃をかける。砦側は、反撃よりも砦の補修や補強に人手を割かれるようになっていった。

むろん、帝国の攻撃は背後からだけではない。砦が背後に戦力を割り当てざるを得ない状況にあって、正面からも波状攻撃をかける。しかも、サレム側は地形を味方にしていたつもりが、帝国軍は谷を埋め、木を切り倒し、自慢の兵器群を前進させるためのなだらかな道を建設していったのである。工事は昼夜を問わず進められ、砦の物見は、巨大な破城槌を筆頭に、投石車や、城壁越しに矢を射込むための巨大やぐらなどがじわじわと近づいてくるのを報告しなければならなかった。

やがて帝国の投石器が、二の砦を射程距離に入れるまでに近づいた。砦側も抜け穴を飛び出しては、帝国の兵器に接近を試みなんとか火をつけようとしたが、さすがにゲリラ戦法で簡単に近づけるほど帝国も甘くはなかった。

もちろんサレム側の魔術師たちもファイヤーボウルを連発するが、帝国は兵器を守るために魔術師のほぼ全員を集合させていた。とばっちりを食ったのは砦にとりつこうとする歩兵たちで、魔法の援護なしで突撃を繰り返し、兵器群を攻撃するのは無駄と見たサレムの魔術師に狙い撃ちにされた。

兵器群が砦に接近するほど、それを守る帝国側魔術師と砦の魔術師の間で、肌に感じそうなほどマナが濃くなっていく。


三の砦の左右から突撃を開始したサレム軍は、帝国の陣地を両脇からかわし、その中央に左右からなだれ込んで合流する。
ここまではサレムの計算通りだった。虚を衝かれた帝国前線は総崩れになっている。

(いや、うまく行き過ぎじゃないか?)
全戦力を集中し、一点突破で二の砦に向かおうとするサレムの先頭で、シモンはいぶかしんだ。そして彼の悪い予感は的中してしまったのである。

まさにこの日、帝国軍は前後から二の砦を押しつぶそうとしていた。山間の部隊は昨夜から、三の砦に気取られぬように戦力を後方にシフトし、日の出とともに二の砦に殺到しようとしていたのである。サレム軍が敵陣ほぼ中央まで一気に押し出した時、その主力部隊が装備を整え反転。

奇襲により、帝国側が体制を整える前に可能な限り蹴散らす作戦だったサレムだが、この時点で、奇襲が奇襲でなくなってしまったのである。

 

兵力は帝国側が数倍の規模。しかしサレム側は、じりじりと帝国軍を押していた。正義の旗をかかげ二の砦救出に燃えるサレムの方が士気が高いということはあったが、それだけではない。サレム軍は、欲求不満を爆発させて戦っているのだ。

もともと、正面から戦えばひとたまりもない戦争である。ここまでサレム側は、策を弄し、ゲリラ戦を駆使し、砦にこもってがまんの戦いを強いられた。しかし今、はじめてサレムの部隊が帝国軍と正面衝突しているのである。兵の一人一人まで、実に生き生きと戦っていた。

帝国軍を倒すことではなく二の砦にたどりつくことを目的として、一点突破を図って少しずつ前進していく。

 

そのころアムナーは、従軍神官としてというよりは衛生兵として、サレム軍の中堅あたりにいた。乾坤一滴の出撃である。回復魔法を持っているのに、砦のチャペルでおとなしくしているなどということはできなかった。

もともと体力で勝負するタイプではない上に、戦場に出るのも始めてだ。体力と神経をすり減らしながら、それでも後方へ送られてくる傷病兵にヒールをかける。すでに気力だけで持たせている状態のアムナーのそばでは、彼を気遣うヨセフがおろおろしている。

ともすれば気が遠くなりかけるが、ヨセフと、ユダが護衛につけたアケルマダの勇士に支えながら、行軍についていく。

 

(もう少しだ、ここを超えりゃあ)

最前線では、シモンが疲れを知らぬように獅子奮迅の立ち回りを繰り広げていた。もうすぐ、二の砦を見下ろせるところまで出る。そうすればあとは、勢いで駆け下るだけだ。

(もう少し、もう少し)

太陽が完全に顔を出した頃、救出部隊はようやく二の砦を見下ろす坂の上に出た。しかし。シモンたちが眼下に見たのは、帝国軍が激しい投石を浴びせながら破城槌によって城壁を破り、砦になだれこむ光景だった。まるで菓子にたかるアリのように、二の砦に帝国兵がむらがっている。

「急げ、まだ間に合う!」
しかし坂を駆け下ろうとしたその瞬間、”それ”は起こった。


まず、砦の本丸が轟音と共に吹き飛び、噴火のように炎が噴き出す。その炎は、おそらくは砦の誰かが風を操っているのだろう、意志を持つかのように舞い踊り、帝国軍を舐めていく。誰かがポンプで油を撒き、さらに数基の投石器が火をつけた油樽を、帝国の攻城兵器めがけて飛ばしている。

谷が、砦を中心として炎の海となり、自軍の兵士が松明と化していくのをみて、帝国の指揮官はあっけにとられていた。がしかし、攻城兵器が炎に飲まれようとしているのを見て我を取り戻し、全速で後退させる。

 

「なぜだ。。。なぜ早まったぁっ!」
三の砦からの救出部隊は、目の前で自爆炎上する二の砦の光景に立ち尽くした。

しかしこれは当然、救出部隊に押されていた帝国軍にとってはチャンスとなった。ここぞとばかり攻め手を強め、サレム軍を押しつぶそうとする。

あわてて立て直しを図るサレム軍だが、戦場で一度失った勢いを取り戻すのは容易ではなかった。二の砦救出という目的は果たせず、引き返そうにも、モメンタムを失った今の彼らにとって、三の砦まではあまりに遠い。

局所的には帝国軍を押し返す勇士もいたが、徐々に制圧されていく。


すでに残党狩りが始まっていた。かろうじて山中に逃れたサレム兵も次々と追手にとらえられ、ある者は抵抗して敵の何人かを道連れにし、ある者は武装解除されていく。

ヨセフはアムナーを背負い、アケルマダの勇士に先導されて逃亡していた。アケルマダの勇士は慎重に、獣道をたどっていく。

(何がなんでも、アムナーさまをベニヤミンさまのところまで・・・)

必死でアケルマダについていくヨセフだったが、追手の矢が足をかすったのに驚き、アムナーをかばいながら倒れた。

「へへへ、ひと矢で二匹しとめたぜ」
傭兵らしい、数人の帝国兵が近づいてきた。アケルマダは素早く身を隠したが、ヨセフと消耗しきったアムナーは逃げようもない。

「よう、あんたら。金目のものを出しゃ、命は助けてやるぜ。もちろん捕虜としてだがな」
あごひげの男が、スキを狙おうとするヨセフに剣を突き付けながら言った。

「金銀は私にはない。それに、肉体を殺しても魂を滅ぼすことのできないあなたがたを、恐れる理由などない」
木にもたれながら、アムナーが答えた。

「へっ、だったら死ねや」
”あごひげ”は、ヨセフに向けていた剣をアムナーに向かって振りかぶった。アムナーをかばおうとするヨセフ。同じ瞬間、どこに隠れていたのか、アケルマダが飛び出して”あごひげ”に襲い掛かろうとする。だが、

「やめておけ。坊主を殺すとたたられるぞ」
リーダー格の男が、戦斧でアケルマダを制しながら言った。

「まあ、たたりなんてものは信じねぇにしろ、夢見が悪くなるわ。
坊さんよ、金銀はねぇと言ったな。代わりというわけでもねぇが、祝福を置いてってくれねぇかな」

死と背中合わせで生きる傭兵たちは「神仏などいるわけがない」と考えるようになる者が多いらしいが、中には、生き延びるたびに神の加護を意識するようになる者もいるらしい。

いいでしょう、と答えるとアムナーは立ち上がり、手を傭兵たちの上に延べ、天を仰いで祝福を祈った。

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように。
「汝ら、この祝福に相応しくあきるかぎり、この祝福が常に汝らとあらんことを」

 

傭兵たちに見送られ、三人は東に大きく迂回して、サレムへと帰っていった。


つづく。。。