男の子 「ヒック…、ヒック」

  桜の目の前には、同じ位の年頃の男の子が泣いていた。桜は背後から近づき、

 桜   「ねえ、どうしたの?」

  男の子に声をかけた。すると、男の子は振り向き、

 男の子 「……」

  その男の子は、あまりにも悲しい顔をした信二だった。

 桜   「し、信二君!」

  しかし、桜はそう声を発した瞬間、信二はその場から走り去ってしまった。

 桜   「あっ、待って信二君…」

  急いであとを追いかける桜。しかし、

 桜   「あっ!」

  桜は途中でつまずいてしまった。その拍子で、

桜   (ハッ…)

 桜は夢から覚めてしまった。ふと時計を目にすると、

桜   (!!)

 いつもならすでに朝ご飯を食べ終わっている時間だ。

桜   「ほ、ほえ〜」

 急いで身支度を済ませ、口にパンをくわえ学校へ向かう桜。

桜   「遅刻する〜」

16

 中間テストも終わり、全国的に梅雨に突入した6月16日。山陰地方はここ最近、長雨にみまわれていた。

 桜 「じゃあ、龍一君。また明日ね」

 長雨の影響で、部活も1日交替で男女交互に練習している。そのため、最近龍一と桜は一緒に下校していない。

龍一 「今日も雨か…。最近桜と帰ってないなぁ」

 ひとりぼっちで帰る龍一はこうつぶやいた。

 一方、体育館へ向かう桜は、教室に忘れものがあることに気がつく。

 桜 「あっ、いけない。カンペンケース教室に忘れてきちゃったかな?」

 かばんの中を見てみると、確かにない。桜は急いでカンペンケースを取りに教室まで戻っていった。

 桜 「良かった、気がついて」

 桜はカンペンケースを持って体育館に戻ろうと、廊下に出たとき、

   (チャリーン)

 なにか金物が落ちたような音がした。桜は周りを見渡してみると、家のカギらしきものが廊下に落ちていた。

 桜 「(あれっ、あの人のカギじゃないのかな?)」

 階段を下りて行く人が1人いた。どうやらその人はカギを落としたことに気が付いていないみたいだ。

 桜 「あのー、すいません。カギを落としていきませんでした?」

 桜はその人を追いかけ、そのカギを差し出した。

信二 「んっ」

 なんとその人は、信二だった。

 桜 「!(う、うそ)」

 信二はポケットの中を調べてみるが、カギがないことに気がつく。

信二 「あ、ありがとう…」

 信二はカギを桜から受け取った。しかし、彼の表情はどことなく曇っていた。そして、彼はカギを受け取るとすぐに廊下を降りていった。

 桜 「あっ、ちょっと…」

 桜が声をかけるまもなく、信二は階段を駆け下りていった。

 桜 「な、なんで?」

 人影もまばらな廊下で、ただ呆然と悲しげな表情で立ち尽くす桜。そこで始めて桜は気がついた。

 桜 「わ、私ってひょっとして、あの人のこと…」

 それは、信二が転校するちょうど1ヶ月前のことだった。

17

 桜が信二に会ったちょうどそのころ、あやめは自宅で一本の電話を取っていた。

あやめ 「あっ、お父様」

 その電話は、あやめの父晴隆からの電話であった。

晴隆  「あやめか。今、大社駅にいる。今からそちらにお客様をお招きするから、準備をしてくれないか?」

あやめ 「はい、わかりました」

 あやめの自宅は父の仕事上、客人を招くことが多い。そういう時は、あやめが自宅を整えるのである。

 夕方になって、晴隆と客人を載せた車があやめの自宅に到着した。

あやめ 「おかえりなさい」

晴隆  「ただいま、あやめ、この方をお部屋のほうへ」

 あやめの出迎えた車から一人の男が降りてきた。

客人  「おじゃまいたします」

あやめ 「はい。わかりました」

 あやめはその人を部屋に向かわせた。その人は部屋につく途中、

客人  「ところであなたは、おいくつですか?」

 あやめにこう話しかけた。

あやめ 「わ、私ですか。私はまだ中学に上がったばかりですけど…」

客人  「そうか。私の息子も中学に上がったばっかりなんだよ」

あやめ 「そうなのですか」

 あやめは、その男の人がどうして年齢のことについて聞いてきたのか、あまり気にはしていなかった。それからその人を部屋に案内した。

 しばらくして、客人にお茶を運ぶ時間になったので、あやめは紅茶を持って部屋に入っていった。

あやめ 「失礼いたします。お茶をお持ちしました」

 あやめは2人にお茶を差し出したが、そのとき晴隆から思わぬ一言が飛び出した。

晴隆  「おお、もうそんな時間か。金本君、まあ一杯どうぞ」

客人  「あ、ああ。では、ご遠慮なく、いただきます」

あやめ 「?」

 あやめはふと疑問に思った。

あやめ 「(金本?どこかで聞いた気が…)」

晴隆  「どうしたんだ?あやめ」

あやめ 「いえ、別になんでもございません」

 あやめは部屋を出て、1つの疑問と共に自分の部屋に戻っていった。外は相変わらず、雨が降り続いていた。

18

あやめ 「金本…あっ!」

 あやめは自分の部屋に戻る途中、気にしていた客人について、

あやめ 「あの人、信二君のお父さん?」

 金本と言う名字であやめと同じ学校で同級生の人は、信二しかいない。しかし、確かかどうかはわからない。

あやめ 「もし、あの人が信二君のお父さんだったら…そうだ」

 あやめは客人の帰る時間まで待つことにした。そして、二人が部屋を出て帰る時間、

晴隆  「あやめ、ごくろうさん」

 あやめはいつものように部屋の前で二人が出てくるのを待っていた。

晴隆  「あやめ、玄関にハイヤーが着いていると思うから、この方を玄関まで」

あやめ 「はい、わかりました」

 あやめはそう言うと、客人と共に玄関に向かった。そして、

あやめ 「あの、失礼ですが…」

 あやめは客人に向かって話しかけた。

あやめ 「あなたの息子さんって信二君ではないのですか?」

 その客人である文彦は少し驚いた表情で、

文彦  「えっ、じゃああなたは信二と同じ中学校の…」

あやめ 「そうです。同じクラスの生徒ですよ」

文彦  「そうですか。知りませんでした」

 文彦とあやめは玄関に着くまで、少しの間話をしていた。そして2人は玄関に着き、文彦がハイヤーに乗りかけたそのとき、

あやめ 「あっ、あの…」

文彦  「ん、なんだい」

あやめ 「信二君の事ですけど、彼、なんとなく女の子を避けているみたいなんですよ。クラスとしてもなんか、気まずくなりかけていますし…親として、信二君になんとか言ってやってくださいませんか」

文彦  「女の子とか…」

 文彦は乗りかけたハイヤーから降りて、

文彦  「わかった。教えてくれてありがとう」

 そう言って、文彦はハイヤーに乗り、あやめの家をあとにした。

 文彦を乗せたハイヤーは一路自宅へ、のはずだった。しかし文彦は自宅近くのコンビニでハイヤーから降りた。そして彼は公衆電話で、あるところへ電話をかけた。 つづく