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   (03−…)

 文彦が電話をかけたところ、それは東京で待っている妻、唯のところであった。

唯  「はい、もしもし。金本です」

文彦 「ああ、唯か?私だ」

唯  「あら。どうしたの、電話なんかしちゃって」

文彦 「実はな、信二が…」

唯  「信二が…どうかしたの?」

文彦 「ああ…」

 文彦はあやめから聞いた信二のクラスでの状況を唯に話した。

唯  「ふふっ、信二ったら。どっかの女の子に未練でもあるんじゃないの」

文彦 「そうかな…」

 もちろん、文彦は信二が小学校時代に出会った女の子は妙子ぐらいしか知らないし、まさか転勤した先々で信二が女の子と仲良くなったということなど知る由もなかった。

文彦 「それで、唯。頼みがあるんだ」

唯  「なに?」

文彦 「信二に電話をしてくれないか?」

唯  「私が?」

文彦 「ああ、いつも信二のそばにいる私より、たまには唯の声を聞かせてやったほうがいいんじゃないのかな。って思ったんだけど」

唯  「わかったわ。電話しておくね」

文彦 「ありがとう、唯」

 そう言って文彦は受話器を置いた。気がつくと、雨の降りが弱まってきた気がした。

文彦 「信二…」

 それからすぐ、信二の家の電話が鳴った。

信二 「はい、もしもし。金本ですが」

唯  「信二、元気してる?」

信二 「お、お母さん」

 信二が久々に聞く母の声だった。

唯  「どう?クラスのみんなとは仲良くしてる?」

信二 「…」

 信二は突如、無言になった。それは彼の心境を物語るのに十分過ぎる行動だった。

唯  「信二…」

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 唯の心配そうな声が信二の耳に達した。しかし、

信二 「……」

 信二は無言のままだった。

唯  「信二…、正直に話してくれないかな?」

 唯は、核心の迫ろうとした。

信二 「…」

 信二は何一つ語ろうとしない。さすがに唯も困りかかってきたそのとき、

信二 「…ヒック」

唯  「!」

 信二のすすり泣く声が唯の耳に入ってきた。

信二 「お母さん。俺、俺…」

 そして信二は、今にも枯れそうな声で、

信二 「俺、もう嫌なんだ。女の子と一緒にいるの。女の子と…女の子に話しかけられるだけで…もう、どうしていいか、わからなくなって…せっかく、仲良くなっても、いつ父さんが転勤するか、わからないし…だから…だから……」

 信二は受話器を持ちながら泣き崩れた。今まで出会い、そして別れた6人の女の子。その人たちとの思い出が、信二の心のなかでトラウマとして残っていた。その女の子と別れたときの心残りが今、思春期となった信二の心を直撃したのであった。

信二 「お母さん。俺、俺…」

 信二の思わぬ発言に唯も苦痛な表情を浮かべた。

唯  「信二…」

 さすがに唯もかける言葉がない。しばらくの間、2人の受話器からはなにも聞こえてこなかった。

唯  「あのね、信二」

 しばらくの沈黙を破って、唯が、

唯  「お父さんのこと、恨んでない?」

信二 「うん」

唯  「そう、わかったわ」

 そう言って唯は、ちょっとだけ間をおいて、

唯  「いい、信二」

 語り始めた唯の声からは、なんとなくぬくもりを感じることができた。

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唯  「信二が今までどんな友達といたか、信二がどれだけ辛い別れをしてきたか、私にはわからないけど、これだけは言えるわ」

信二 「えっ…」

唯  「友達って言うのはね、別れるのが辛くなるほどの友達じゃなきゃ、本当の友達とは呼べないんじゃないのかな?確かに別れるのは辛いと思うわ。親しければ親しいほどね。でも、それを最初から恐れていたんじゃあ、友達ができないどころか、クラスの人から嫌われても仕方が無いと思うよ」

 唯の一言は、信二の心を揺れ動かした。しかし、

信二 「うん、それはわかっている。わかっているけど…」

 信二は過去を拭い切れない。そこで唯は、

唯  「じゃあ、もし今すぐ昔いたところに戻れたとしたら、真っ先にそこの子に会いに行く?」

 この答えに信二は、

信二 「うん、必ず会いに行くと思うよ」

 こう力強く答えた。

唯  「じゃあ、ここでもそれぐらいに思える友達を作れるでしょう。そうじゃないと、信二にとってここへ来た意味が無いと思うわ」

信二 「……」

唯  「大丈夫よ、自信を持ちなさい」

信二 「うん、わかった。がんばってみるよ」

唯  「そう。信二なら、きっと大丈夫だよ」

信二 「ありがとう、お母さん」

唯  「また、困ったことがあったら電話するんだよ」

 信二が受話器を置いたとき、雨はすっかり止んでいた。それからしばらくして、

文彦 「ただいま。信二」

 コンビニで暇を潰していた文彦が帰ってきた。しかし見る限り、お風呂も夕食の準備もできていなかった。

文彦 「信二?」

 心配そうに家のなかを見て周る文彦だが、信二は自分の部屋のなかでぐっすりと眠っていた。文彦は信二の顔に涙の跡があるのを見て、

文彦 「ごめんよ、信二。なにもしてあげられなくて…」

 こう言い残し、部屋を出ていった。 つづく