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 翌日、昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。

信二 「いってきます」

 信二は誰もいない部屋にこう言い残し、学校へ向かった。

 水溜りがまだ残る道路の上を歩いていると、

一郎 「おーい、信二」

信二 「あっ、一郎くん」

 後ろから一郎が追いかけてきた。信二は立ち止まって一郎が来るのを待った。

一郎 「おはよう、信二」

信二 「やあ、おはよう」

 信二と一郎は一緒に学校に行くことになった。その頃、体育館で朝練をしている桜は、

桜  「(私って、ひょっとして…一目ぼれってやつ。でも、龍一くんのこと考えると…)」

 桜は悩んでいた。そこへ、

結花 「桜、あっ!」

 先輩の結花が投げたボールが、

桜  「えっ」

   (ボコッ)

 桜のみぞおちの部分に当たった。

結花 「ちょっと、大丈夫?」

 桜はそのままうずくまってしまった。その頃、朝練がない龍一はちょうど家を出た頃だった。

龍一 「いってきます」

 勢いよく玄関を飛びだそうとした龍一。しかし目の前に、

真矢 「よう、おはよう」

龍一 「あれ?真矢」

 真矢が龍一の家の前で待っていた。

龍一 「おはよう。なんか珍しいな、朝から俺んちに来るなんて」

真矢 「そうか?小学生のときはよく遊びに来たけどな。確かにこうやって一緒に登校したことって、なかったよな」

龍一 「まあね、あの時は登校班だったし」

真矢 「いつも桜の隣にいたんだろ。登校するとき」

龍一 「う、うん」

 龍一と真矢、この2人で登校するのは始めてである。その途中、

真矢 「なあ龍一、もし…」

龍一 「ん?」

真矢 「もし、桜がおまえの側からいなくなったとしたら、どうする?」

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龍一 「えっ、桜が!」

真矢 「ああっと、たとえ話だからな。本気にするなよ」

龍一 「うーん…」

 龍一にとって桜が側からいなくなることは、当たり前のことが当たり前でなくなるようなものである。小学校、いやそれ以前から2人はずっと一緒にいたのだから。龍一は返答に苦しんだ。

龍一 「悪いが、ちょっと考えづらいな。そんなこと」

真矢 「そうか、朝から悪いこと聞いちゃったかな」

龍一 「いや、そうでもないよ。そんなこと、考えたこともなかったからな。もし桜がいなかったら俺、どうなってたんだろう」

真矢 「そうだな。どこにでもいる普通の男の子になってたんじゃないの。俺みたいに」

龍一 「そうかもしれないな。ところでさ、なんでこんな事を聞いたの」

真矢 「ん?ああ…(あの時のこと言うべきかな)」

 真矢は返答に戸惑った。(「あの時のこと…」は第15話参照)

龍一 「どうしたの、なんか真剣な顔しちゃって」

真矢 「あっ、いや…何でもないんだ。ただ、ちょっと思いつきでね…」

龍一 「そう。ならいいけど」

真矢 「(さすがに言ったらまずいよな。桜が転校生の前で落ちつきがなかったことを。まあ、気のせいならいいんだけどな)」

 真矢は結局、桜が信二の前で落ちつきがなかったことを龍一に教えなかった。確かな証拠がないというのも理由のうちだったのだが…

 一方、登校中ずっと話しつづけていた信二と一郎は中学校の玄関のなかだった。一郎は下駄箱で靴を履き替えようとしたとき、

一郎 「信二」

信二 「なに?」

一郎 「なんか、今日の信二君。元気がいいね」

信二 「えっ、そうかな?」

一郎 「うん、なんか生き生きしてるよ。今日の信二君」

信二 「そ、そう」

 それからしばらくして真矢と龍一が学校に来た。龍一は教室に入って、

龍一 「あれ?桜は」

 朝練も終わっている時間なのに桜の姿がない。そこへ体育館で朝練していた順一が、

順一 「龍一、桜は保健室だぞ。練習中ボールにぶつかっちまったみたいだ」

龍一 「なんだって」

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 龍一は保健室に向かって走っていった。ふとそのとき、彼の頭のなかにはさっき真矢が言った、

真矢  「もし、桜がおまえの側からいなくなったとしたら、どうする?」

 というセリフが頭をよぎった。

龍一  「そんなこと、考えられるわけないじゃん。そんなこと…」

 龍一はこう呟きながら、保健室までやってきた。龍一は保健室のドアを勢いよく開けた。

恭子  「こらっ、保健室では静かに。って、なんだ龍一君か」

 保健の山中 恭子先生には、以前桜が保健室に行ったときにお世話になっている。桜に付き添っていた龍一の顔はすっかり覚えているようだ。

恭子  「桜なら奥のベッドで寝ているわよ。もう少し休めば、大丈夫じゃない?」

龍一  「ありがとう」

 龍一はそう言うと、桜が寝ているベッドの前まで行った。

桜   「あっ…」

 龍一の顔を見た桜は、恥ずかしそうに敷布団を口の部分まで上げて、

桜   「龍一くん…」

こう小さく呟いた。

龍一  「よかった、たいしたけがじゃなくて」

 龍一が心配そうに桜に寄りそう。

桜   「う、うん。ありがとう、来てくれて」

龍一  「えっ?」

桜   「龍一君、私ね…」

 そう桜が言いかけたとき、予鈴が鳴り響いた。

恭子  「龍一君。悪いんだけどホームルームの時間が近いから…」

龍一  「う、うん、わかった」

 龍一は保健室をあとにした。桜がなにか言いたさそうであったが遅刻するとまたなにか言われそうなので、教室に戻ることにした。

 朝のホームルームを終え、教室はいつもの雰囲気に包まれていた。そんななか信二は、

信二  「大内さん、ちょっといいかな」

あやめ 「えっ?」

 あやめは少々驚いた様子だったが、

あやめ 「いいですよ。それで、なんのご用?」

信二  「俺ってさ、いままで女の子に冷たかったかな?」

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信二  「俺ってさ、いままで女の子に冷たかったかな?」

あやめ 「えっ?」

 信二が言った言葉に、あやめは動揺の色が隠せなかった。

あやめ 「……」

 困惑するあやめ。それを見た信二は、

信二  「お願い。正直に答えて」

 釘を刺すようにあやめにこういった。信二はいつになく、真剣な表情だった。それに、

あやめ (なんか、今日の信二君。今まであった迷いが振り切れているような気がする)

 そう感じたあやめは、

あやめ 「わかったわ。ただ、今は時間がないから、1時間目が終わったら図書室へ来てくれないかな」

信二  「うん、分かった」

 そう言って、あやめはこの場をあとにしようとした。

信二  「あっ、ちょっと待って」

 信二はあやめを呼び止めた。そして振り向いたあやめにわかるようにこう言った。

信二  「ありがとう」

 あやめはちょっとした笑みをうかべ、友達の待っているほうへ向かった。

 …。いつものように授業が始まる。昨日の雨から一転して青空が広がる天気で蒸し暑くなりそうだ。…。1時間目終了のチャイムが鳴る。あやめが、そして信二が滑りやすい廊下を歩いていき図書室に向かった。二人は図書室の椅子に腰掛け、机ごしに向かい合った。

あやめ 「正直に答えて、って言ったよね」

信二  「うん」

あやめ 「じゃあ学級委員として、率直に言うわ」

 人はいるがいつになく静寂につつまれている図書室で、あやめは真剣な表情でこう言った。

あやめ 「うちのクラスの女の子で、あなたのことを嫌に思っている人は確かにいるわ。でもね、あなたがそう感じ始めてなら、今からでも遅くはないと思うわ。そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」

信二  「そ、そう…」

 いつものように心配そうな表情を浮かべる信二。それに対しあやめは、

あやめ 「大丈夫よ。いざとなったら、私がどうにかしてあげるから」

 こう力強く言った。

信二  「うん。ありがとう」

 こう言って、信二は図書室をあとにした。あやめには、信二の目元がなにか潤んでいるように見えた

あやめ (とりあえず、クラスのほうはこれで大丈夫だけど、もし、金本くんが桜のことに気がついたら…)

 一方その頃、桜は保健室を出て教室に戻っていた。

龍一  「桜、大丈夫?」

 龍一が心配そうに桜に近づく。

桜   「ゴメンね。心配かけちゃって」

龍一  「まったく、今度はどうしたんだい?」

桜   「う、うん。何でもないの。ちょっと疲れがたまっていて、ボーッとしていただけだから…」

龍一  「もう、ちゃんと寝てるか?」

桜   「そうなの。なんか最近、夜眠れなくなっちゃって…、なんで眠れないか、よくわからなくて…」

 教室に帰ってからの桜はどことなく悩ましげな表情を見せていた。

龍一  「そう言えば桜、保健室に行ったとき、なにか言いたさそうだったけど…」

桜   「えっ、い、いや。なんでもないの。気にしなくていいから」

龍一  「そうかなぁ?」

 龍一は桜にそのことを追求しようとしたが、

真矢  「おーい、龍一」

桜   「あっ、ほら真矢くんが呼んでるから、早くいったら」

龍一  「ちぇっ、まあ、いいか。桜がそう言ってることだし」

 龍一が去ったあと、桜はまた表情が暗くなった。

桜   (龍一くんと信二くん。私、どうしたらいいの?)  つづく