26

 6月30日。ここ2,3日晴天が続いており、久々に男女ともバスケ部の朝練が行えることになった。

龍一  「桜、おはよう」

桜   「あっ…、お、おはよう」

 龍一と桜、この2人も久しぶりに一緒に登校する。しかし、龍一が見た桜の表情は、今まで彼の前で見せたことのないような表情だった。

龍一  「どうしたの?桜。最近顔色悪いよ」

 龍一が桜を気遣うが…

桜   「えっ、いや…、何でもないの…」

 歯切れの悪い答えが桜から返ってきた。

龍一  (こう言うときにあまり追求すると、また怒られそうだからなぁ)

 龍一と桜、結局このあと1度も声を交わすことなく、朝練へと向かっていった。

 そして授業時間。来月6日からの期末試験に向けて、黒板にテストのポイントと思われるところに印を打つ。聞いている生徒は真剣な表情でノートにとっている人もいれば、居眠りをしている人もいる。テストが近い点を除けば、いたって普通の風景である。少なくても二人を除いては…。

 休み時間になって真矢が、

真矢  「よう。龍一」

龍一  「あっ、真矢」

 いつものように真矢が龍一を廊下に連れ出して立ち話を始める。それと入れ替わるかのように、あやめが桜のもとへやってきた。

あやめ 「桜さん」

桜   「ん?ああ、あやめさん…」

 あやめもすぐに桜の様子がおかしいことに気がついた。桜は席を立とうとして机に手をついたそのとき、

桜   「あ痛っ!」

あやめ 「どうしたの?」

 あやめがすぐに桜のもとへ駆け寄る。どうやら机の側面の部分に刺があったらしく、それが桜の指に刺さっていた。

あやめ 「だいぶ深そうね。刺抜きでもないと取れそうにもないわ。とりあえず、保健室に行ったほうがいいんじゃない」

桜   「う、うん。わかった」

 桜はそう言うと、あやめが声をかける間もなく一目散に保健室の方へ向かった。

あやめ (桜…)

 あやめが見た桜の後姿は、なにか悪いことを予感させるような、そんな気がしてならなかった。

27

 階段を降り、一階にある保健室までやってきた桜。いつもは2年生のざわめき声が聞こえるが、次の時間が体育の授業だったらしくいつもに比べれば保健室の前はうるさくない。桜は保健室の戸を開けようとした。そのとき中から、

   「…あまり無理するなよ」

   「わ、わかったよ」

 男の子の声だ。そして、曇りガラスの向こう側から誰かが保健室を出ようとしていた。

    (ガラガラガラッ)

一郎 「おやっ?」

 保健室から出てきたのは一郎だった。その開けた戸の向こうには、

信二 「あっ…」

桜  「!!」

 保健室のなかで手当てを受けていたのは信二であった。信二は体育の授業で突き指をしてしまい、一郎と一緒に保健室に来ていた。

一郎 「ねぇ、中入る?」

 一郎の声など、桜の耳には入らなかった。

恭子 「これで大丈夫よ。あら、桜さん。どうしたの?」

桜  (ハッ!)

 自分の名前を呼ばれてようやく我に帰る桜。

桜  「あっ、ちょ、ちょっと刺が指に刺さっちゃって…あ痛たたたっ」

 桜は信二の前で、自分の指に刺が刺さっている痛みさえも忘れていたようだ。

恭子 「あら大変。とりあえず、中に入ってきて」

桜  「うん…」

 恭子は木箱から刺抜きを探している。そんななか、

一郎 「信二くん、大丈夫?」

信二 「うん、今行くよ」

 信二と桜が保健室の中ですれ違おうとしていた。その時、

桜  「あっ、あの」

 信二は桜のほうに振り向いた。そして、

桜  「わ、私、1年6組の一条 桜。よかったら、お名前、教えてもらえませんか」

 すると信二は、

信二 「1年1組、金本 信二。また、会えるといいね」

 そう言って、一郎と一緒に保健室をあとにした。

28

   (ガラガラガラッ)

 信二と一郎は保健室をあとにした。一瞬の静寂が保健室の中を襲った。

恭子 「あっ、あったあった」

 恭子が刺抜きを見つけ、桜に声をかける。

桜  「……」

 しかし桜にその声は届いていなかった。

恭子 「桜さん?」

桜  「……」

 恭子は桜に近づいて声をかけるが、上の空みたいだ。

恭子 「桜っ」

 恭子は桜の肩を「ポンッ」と叩く。

桜  (ハッ)

 桜はようやく我に帰る。

恭子 「まったく、どうしたの?」

桜  「えっ、えっ?」

 困惑する桜。まだ状況をつかめていないようだ。

恭子 「桜さん、あの男の子と話していたけど、お友達?」

桜  「えっ?私、あの人と話していたの?」

恭子 「そうよ」

 桜は無意識のうちに、信二と話をしていた。桜はそのことを聞き、

桜  「そ、そうなの…」

 驚きの表情から一転して顔が曇った。その表情は単に暗いだけじゃない。せつない。そんな表情に恭子は見えた。

桜  「ところで私、なんで保健室に?あ痛っ」

恭子 「あっ、ほら手を出して」

 桜はなぜ保健室に来たかすら、忘れていた。桜は恭子から治療を受け、教室に戻っていった。

恭子 「指に刺さった刺は抜けたけど…、心に刺さった刺は、簡単には抜けないわ」

 恭子は桜を送り出したあと、こう呟いた。

 龍一は教室に戻った桜に声をかけようとしたが、桜の表情は保健室のときから変わっていない。龍一は声をかけるのをためらった。

 そして翌日以降、龍一と桜が一緒に登下校することは、なくなった。  つづく