第
32話7月12日、曇り。いつもの待ち合わせの場所に龍一の姿があった。しかし、
龍一 「悪いけど、先に行っちゃおう。朝練に遅れると先輩になに言われるかわからないしな」
約束の時間になっても桜の姿はなかった。実は、桜はいつもと違う道を使って学校にはすでに着いていたのであった。
朝練を終え、教室に入ると、いつも通り桜の姿があった。桜は、窓から外を見ていた。
龍一 「あっ、来てたんだ」
桜 「あっ…おはよう」
少しあせった様子で桜が振り向く。
龍一 「おはよう。今日はどうしたの?」
桜 「えっ…」
また桜が少しあせった様子を見せた。
桜 「う、うん。ちょっとね…それより、昨日は楽しかったよ」
龍一 「あ、ああ。また、いつでもいいよ」
桜 「うん」
なんとか話題を変えてその場をのりきった。
7月13日、雨。桜は朝練がないにもかかわらず、朝早くから学校に来ている。龍一が朝練を終えて、教室に入ってきた。
龍一 「桜、おはよう」
桜 「あっ、おはよう…」
桜は窓際にある花瓶に水をやっていた。しかし、桜の視線は窓の外に向いていたのであった。その先に写ったものは…、
龍一 「桜、水っ、水」
桜 「えっ、あっ!」
このままではラチが開かないと思った桜は、休み時間になったらあやめの教室へ行くことにした。
桜 「あやめさーん」
あやめ 「あら、桜さん」
2人の話は休み時間中続いた。しかし、桜の目的が達成されたわけではなかった。
7月14日、雨。遂にその時はやってきた。3時限目の授業のあと、桜はあやめと話をしていた。あやめのクラスは、4時限目が理科であるため移動教室であった。
あやめ 「どう、夏休みの計画立てた?」
桜 「うーん、夏休みはまだ予定立ててないなぁ」
ちょうどその頃、教室の中では、
信二 (一郎くん、大丈夫かな?)
一郎はこの前の授業中に、体調不良を訴え保健室へ行ってしまったのである。そんな彼のことを思いながら、教科書を持って一人で理科室に向かおうと教室を出た。
桜 「あっ…」
それを見た桜は、思わず声を上げた。あやめも桜との話を止める。桜は信二の元へ駆け寄った。
桜 「あっ、あの…」
信二 「ん?ああ、あなたは…」
信二は一瞬だけ、言葉を失った。
信二 「桜さん、でしたよね」
桜 「うん」
桜にとって、この一瞬が相当長く感じた。
信二 「ところで、なに?」
桜 「えっ!え、えーっと…」
信二を前に、桜はすっかり我を失い、顔は赤く染まっていた。
桜 「な、なんでもないですっ」
授業開始のチャイムとともに、桜は走り去ってしまった。自分のクラスまで戻った桜は、そのまま自分の机の上でうずくまってしまった。
龍一 (桜?)
龍一は桜に近づく。教室にはすでに先生が来ていたが、そんなことはかまわなかった。しかし、桜にはそれがわかって、
桜 「お願い、しばらく1人にさせて…」
龍一の出鼻をくじく形で桜が言った。龍一は黙ってその場を立ち去った。
龍一 (桜…)
第
33話7月15日、雨。龍一はいつものように朝練に出ていた。
龍一 (桜、どうしちゃったんだろう。なんか俺を避けているような気が…)
ドリブルをしながらふと、龍一の頭の中に再びあの言葉がよぎる。
(「もし、桜がおまえの側からいなくなったとしたら、どうする?」)
龍一 (そんな…。でも、俺はどうすれば…)
龍一はパスを出す。しかし、
杉蔵 「こらー、龍一。相手にパス渡してどうするんだ!」
龍一 「えっ、あっ!」
その頃教室では、桜がただじっと外を眺めていた。その時、順一と達也が教室の中に入ってきた。
順一 「あれ?桜さん、早いね」
桜 「あっ、おやよう」
達也 「どうしたの、こんな朝早くから?」
桜 「えっ、い、いや…、なんでもないよ」
達也 「ふーん」
そう言って二人は教室を出ていった。そして朝のホームルーム後、桜が教室を出ていったのを見計らって達也が、
達也 「龍一、ちょっといいか?」
龍一 「ああ、いいけど」
達也 「おまえ今日、桜と一緒に学校来たか?」
龍一 「いや、今日は桜、朝練ないから一緒じゃなかったけど…」
達也 「そうか?桜は朝から学校にいたぜ」
龍一はちょっと驚いた表情で、
龍一 「えっ、なんで?」
達也 「そこまでわかるかよ。てっきりおまえと一緒に来ているかと思ったがな」
龍一 (?)
そして授業。次の休み時間、今度は順一が、
順一 「龍一、今空いてる?」
龍一 「うん、いいけど」
順一 「なあ、おまえ桜となんかあったか?」
龍一はまた少し驚いた表情で、
龍一 「えっ?なにかって」
順一 「うーん、例えば何かの節で口喧嘩しちゃったりだとか、失礼なこと言っちゃったりだとか、そんなこと、ない?」
龍一 「そんなことは無いと思うけど…」
順一 「そうか。なんかさ、最近桜と話してないなぁ、って思っただけだけど、気のせいかな」
龍一 「……」
順一 「悪かったな、あまり気にしないでくれ」
龍一 「う、うん」
龍一は元気のない返事をした。順一の言う通りここ最近、同じクラスの人がわかるくらい龍一と桜が話す機会を見かけることが少なくなった。そのため、ちょっと教室内の雰囲気も湿り気味である。もちろん、そんなことは2人が知る由もないのだが…。
4時間目の授業中、黒板を見ていた龍一の目にふと、桜の姿が入った。その時、
龍一 (そういえば、桜は俺のこと、どう思ってるんだろう?)
ふと、こんなことが思いついた。しかし、
(桜 「これからも、ずっと、友達でいるよね?」)
龍一 (でもな、やっぱ友達だよな)
あの時、桜が言ったあの言葉、その後のあの表情を見ると、そう思ってしまう。しかし、龍一はこのとき、自分の心境の変化に気づくのであった。
龍一 (でも、なんでこんなこと、思いついたんだろう。それより…、それより俺は…、俺は桜のこと、どう思ってるんだろう?)
そして放課後。掃除当番のない桜は校門前で待っていた。ただ1人、傘をさしながら、その人に会うために、その人と一緒に帰るために。
そして、彼は、やってきた。
桜 「あっ、あの…」
信二 「あっ、あなたは」
桜 「あっ、あの…」
桜はうつむいたままだった。
桜 (だめ、このままじゃ、昨日と変わらないわ)
そう思った瞬間、桜は顔を上げて、信二の顔を見つめた。そして、
桜 「あの…、一緒に…、帰りませんか?」
第
34話桜 「あの…、一緒に…、帰りませんか?」
その声はあまりにも細かったが、まるで、信二だけに聞かせるような、そんな声だった。
信二 「……」
しばらく沈黙の状態が続いた。
桜 (やっぱり、ダメかな?いきなりこんなこと言っても…)
そう考えはじめた時だった。
信二 「いいよ」
桜 「えっ?」
信二の口が開いた。その答えに桜は驚いた表情を浮かべた。
桜 「いいの?」
桜は思わず聞き返してしまったが、信二の表情には、以前まであった迷いなどなかった。
信二 「いいよ、一緒に帰ろう」
桜 「うん」
校門から傘が2つ、同じ方向に動き始めた。そして、下校する生徒達の人ごみの中へと消えていった。
同じ頃龍一は、教室の掃除を終え、玄関に向かっていた。しかし、その表情は冴えない。
龍一 (桜……)
そこへ、部活の準備をしていた達也がすれ違う。
達也 「おーい、龍一」
達也がすれ違う際に龍一を呼びかける。しかし、龍一はそれにまったく気付く様子が無かった
龍一 「…くら……」
達也 「?」
龍一は、うつむいたまま周りがまるで見えていない様子で、達也の横を素通りしていった。
達也 「おー…」
達也はもう一度声をかけたが、今の様子から見て無駄だろうと思い途中でやめた。龍一はそのまま玄関を抜け、自宅へと向かった。
桜 「ねえ、信二君…」
信二 「なに?」
帰り道、桜は傘が邪魔になるくらい信二に寄り添っていた。信二も恥ずかしがる様子も無く歩いていた。
桜 「もう少し、ゆっくり歩かない?」
信二 「うん、いいけど」
決して2人は急ぎ足ではなかったが、桜はもっと信二のそばにいたかった。そんな切実な願いが言葉になって桜の口からこぼれ出た。そしてそれを、信二は受けとめた。
2人は帰り道の途中、特に言葉を掛け合うことはなく、ただ傘にはねる雨の音だけが2人の間に響いていた。しかし、気まずい空気が流れていたわけではなく、なにか言葉がなくても分かり合えるような、そんな雰囲気だった。
信二 「あっ」
2人の帰り道が分かれる交差点で、まるでそれがわかっていたかのように信二が声を上げた。桜もそれと同時に顔を上げた。しかし、
桜 「ちょっと、いいかな?」
桜は、なにか名残惜しそうな表情で信二に話しかけた。
桜 (言わなきゃ、ここで言わなきゃ)
その表情に徐々に気持ちが写ってきた。今、2人をさえぎるものはなにもない。下校する他の生徒も見当たらず、雨粒さえも、2人の間に入ることができないくらいだ。
桜 「あ…あの…、私……」
桜の口が開く。その一言を言うために…
一方、龍一は一人でいつもの帰り道を歩いていた。
龍一 (!?)
ふと、足を止める。そこはいつも龍一と桜が朝、待ち合わせをしていた場所だった。
(「もし、桜がおまえの側からいなくなったとしたら、どうする?」)
龍一 (!!)
龍一の頭のなかにまた、あの言葉がよぎった。それだけではなく、桜との思い出までが彼の頭のなかでフラッシュバックされた。
龍一 「お、俺…、嫌だよ。桜がいなかったら、俺、俺…」
龍一の思いが言葉になって口から出てきた。しかし、その言葉はあまりにも細く、いつもの龍一からでは考えられないような表情になっていた。そして、龍一は叫んだ。
龍一 「俺は…、俺は嫌だーー!!」
桜 「あっ!」
桜はその一言を言おうとしたその時、その瞬間はまさに、龍一が叫んだ瞬間でもあった。もちろん、龍一の叫びは桜の耳には達していない。しかしその瞬間、桜の頭のなかに龍一との思い出がフラッシュバックされた。桜は思わず声を上げ、そして、2人の間を流れていた空気が変わった。さらに、2人が来た道から…
真矢 (?)
桜 「あっ、わ、私…」
信二 「桜さん?」
信二は桜の異常に気がついたが、間髪入れずに、
桜 「ご、ごめんなさい」
そう言って桜は、信二の前から走り去ってしまった。桜の後姿を見ながら、ただ呆然と立ち尽くす信二。その後ろには、何が起こったかわからずにいる真矢の姿があった。
真矢 (前にいるのは、あれは誰だ?)
真矢の立っている位置からは、前に1人いることぐらいしかわからなかった。その人が誰であるかは、傘で顔を隠されているためにわからなかった。しかし、
信二 (!?)
信二がふと後ろを振り返った。それを見た真矢は、
真矢 「あっ…」
真矢はあの場面を思い出した(第15話参照)。桜が何気なく声をかけたあの時、真矢の目の前には信二がいた。信二を見た桜は様子が一変し、信二は逃げるかのような急ぎ足でその場を去っていった。
真矢 (でも、どうしてあの2人が…?)
しかしそう思うよりも、すでに体が動いていた。徐々に信二のほうへ歩み寄る。
真矢 (あいつ、桜になんか言ったのか?)
真矢は、信二がなにか桜の気に障るようなことを言ったのではないかと思った。そして真矢は信二に問いかける。
真矢 「ねぇ」
信二 「ん?」
真矢 「今の女の子となにかあったの?」
真矢は遠まわしに桜と何があったかを聞き出すことにした。しかし、
信二 「えっ?い、いや、僕も何が起こったかさっぱり…」
信二は正直に答えたが、何があったかはわからなかった。真矢も信二が嘘をついている様子が無かったように思えたので話しを続けた。
真矢 「どういうこと?」
すると信二の口から、
信二 「いや…、実は桜さんに誘われて一緒に帰っていたんだけど、別れるときに何か言おうとして…」
真矢 (えっ!)
真矢は驚きを隠せなかった。
真矢 (ま、まさか!)
この瞬間 日常が 崩れ去った
つづく
人物背景を見る 今日はもういいや