第
35話7月16日、雨。信二はいつも通り、学校へ向かった。
信二 (結局、お父さん昨日帰ってこなかったな。それだけ、仕事が忙しかったのかな)
玄関を開けて、階段を降りる。
一郎 「信二君」
下で一郎が待っていた。信二を見て、声をかける。
信二 「あっ、一郎君。風邪、治ったんだ」
一郎 「うん、いつまでも寝てられないよ」
信二 「そうだね」
2人はいつもの通学路を歩いていく。
信二 「あっ」
信二が立ち止まった。そこは昨日、信二と桜が別れた場所だった。
一郎 「どうしたの?」
一郎は信二に聞いてみるが、
信二 「ううん、なんでもない」
そう言って、再び歩き始めた。
ちょうどその頃、
(ザワザワザワッ)
龍一 (なんか騒がしいな、何かあったのかな?)
龍一が教室に近づいていた。
順一 「おい、それ本当かよ」
達也 「ああ、間違えない。昨日の…」
(ガラガラッ)
順一 「……」
達也 「……」
龍一 (?)
龍一が教室に入った途端、教室内が水を打ったかのように静かになった。教室内の視線が龍一に集中する。
龍一 「な、なんだよ」
しかし、返事はない。仕方なく席に座る龍一。徐々にざわめき声が聞こえ始めるが、何かいつもと様子が違う。龍一がそう思い始めたとき、龍一の目の前に達也が通りかかった。
龍一 「ねえ、達也くん」
達也 「なに?」
龍一 「なんかあったの?」
達也 (えっ、なんかって。知らないのか)「い、いや、なんでもないよ」
龍一 「そう…」
龍一は何が起こったかを達也に聞いてみたが、聞き出すことができなかった。それからしばらくして、
(ガラガラッ)
(……)
桜が教室の戸を開けた。また教室の中が静まり返る。しばらく立ち止まった桜は、
桜 (やっぱり、昨日のこと…)
そう思いつつ、教室の中に入っていった。桜が自分の席についたのを見て、龍一が桜のもとへ近づく。
龍一 「おはよう」
桜 「あっ…おはよう」
なにげない会話に見えるが、何か非常に堅苦しい雰囲気が立ちこめる。
龍一 「あのさぁ、桜?」
桜 「…なに?」
そう言って、桜が龍一のほうに振り向いたときの表情は、依然見せた表情よりも更にくすんでいた。
龍一 「……」(うわっ、こういうときになんて言ってやったらいいんだよ)
桜 「……」
2人の間に重たい空気が流れる。無言の状態がしばらく続いた。そして、
(♪キーンコーンカーンコーン)
沈黙を破るかのようにチャイムが鳴り響く。
龍一 「あっ…」
桜 「じゃ、じゃあ龍一君、また…」
龍一 「う、うん…」
龍一は何も言えなかった。いや、桜が龍一に何も言わせなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。そして、いつも通りの1日が始まろうとしていた。
(♪キーンコーンカーンコーン)
1時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。授業を終えた生徒が教室の外へ出てくる。いつもと変わらぬ風景だ。
「河野先生、河野先生。至急職員室までお戻りください」
先生を呼び出す放送が学校に鳴り響く。
一郎 「うちの担任じゃない。なにかあったのかな?」
信二 「さぁ」
河野先生は信二のクラスの担任である。
順一 「次の授業、遅れないかな?」
達也 「まさかぁ」
そして、河野先生が次に授業をするのが、龍一のクラスである。ちょうど同じ頃、
真矢 「おい、龍一いるか」
真矢が龍一の教室にやってきた。しかし、いつもと様子が違う。
龍一 「真矢か、どうした?」
真矢 「ちょっとこっちこい」
龍一 「えっ?」
真矢 「いいから早くこい!」
真矢は血相を変えて、龍一を教室から連れ出した。その途中、
龍一 「いったい何があったんだ?教えてくれよ」
龍一は、どうも朝から様子がおかしいことを気にしていた。そのことを真矢は知っているのではないかと思い、たずねてみた。
真矢 (まったく、本当に何も知らないのか?)
そう思い、信二のほうを振り向こうとしたとき、信二が2人の横を通りかかった。そして、龍一と信二がすれ違ったとき、
龍一 (!?)
龍一はその場に立ち止り、信二の方を振り向いた。どうやら信二は龍一たちに気が付いていないらしく、そのまま歩き去ってしまった。
龍一 (なんだ、この感じは?)
龍一は確かに信二から何かを感じ取った。しかし、それが何であるかはわからなかった。
真矢 「どうした?」
しばらく立ち止まっていた龍一に対し声をかけた。真矢も、信二が通り過ぎたのには気が付いていたらしく、こちら側を向いていた。
龍一 「いや…」
龍一はどの様に答えて良いのかわからず言葉を濁した。
龍一 (今のはいったい、なんだったんだ?)
真矢 「龍一」
龍一 「なに?」
真矢が龍一を連れてきた場所は、人がめったに通りかかることがない視聴覚室の前だった。
真矢 「お前、桜のことをどう思っている」
龍一 「えっ…」
あまりにも唐突な質問だった。真矢がそんなことを言うとは思っていなかっただけに、龍一は驚きの声を上げた。しかしその後は、
龍一 「……」
龍一の表情が曇った。そして言葉が消えた。龍一の耳には雨の音すら聞こえなくなっていた。そして、たまりかねた真矢が声を発しようとしたそのとき、
龍一 「…俺、わからないよ」
真矢 「えっ?」
今度は真矢が、龍一の予想外の答えに驚きの声を上げた。
龍一 「俺と桜って、単なる幼なじみかな…って、思ってた頃があったけど…、日曜日に2人で海に行ったとき、あの時、なんか桜が…なんだろう、今までの桜と、違うように見えた気がして…、それから…、それから、なんか、わからなくなっちゃった。俺は、俺は桜のこと…」
龍一にはどうしてもそれ以上の言葉が出なかった。そこで真矢が、
真矢 「好きなんだろ?」
龍一 「えっ…」
真矢のその一言が、龍一の心を大きく動かした。
真矢 「好きになってるんだよ、桜を。幼なじみじゃなくて、1人の女の子としてね」
龍一 「桜のことを、好きに…」
真矢の言葉に、龍一はまだ信じられない様子を見せていた。
真矢 「まったく、お前鈍いなぁ。側から見ればお前ら立派な彼氏・彼女だぞ。まぁその彼女が、昨日違う男の子と帰っていたから、そりゃ大騒ぎになるわな」
龍一 「な、なんだって」
龍一の表情が変わる。さっきまでの信じられない様子とは違う信じられない様子を見せていた。
真矢 「お前、良い感してるな。さっき通りすがったお前の気にしていた男の子がいただろう。あいつと桜が一緒に帰っていたんだ。しかも、桜がその男の子を誘ったらしく、向こうも桜のこと、知っているらしいぞ」
龍一 「……」(まさか、桜は、桜は…)
龍一はこのときはじめて、桜の心境の変化に気付いたのであった。そして、日常の崩壊の危機を感じ始めた時でもあった。
真矢 「俺が思うに…」
真矢はそう行った後、表情を変え、口篭もってしまった。
龍一 「真矢?」
真矢 「いや、なんでもない。それよりさ、そろそろ時間じゃないか?」(あぶねぇあぶねぇ、危うく言いかけるところだった)
龍一 「そうだな」
そう言って、2人がわかれた直後、2時間目開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
真矢 (間違えても言えないよな。桜がその男の子のこと、好きになっているかもしれないって)
第
36話龍一 (桜があの男の子を…、それじゃ、俺はどうなるの?でも、俺は桜のこと…、好き、なのか?)
龍一は理科室へ向かう廊下で思いこんでいた。信二の事、そして、桜のことを。
(ガラガラッ)
理科室の戸を開ける。やはり重苦しい空気が流れる。
龍一 (この重苦しい感じも、ひょっとして俺が原因?)
龍一はこの時、改めて日常の崩壊というものに気付いた。
龍一 (だからって、どうすればいいんだよ)
自分の席につく龍一。しかし、ふとしたことから前にいる桜に目が行ってしまった。
龍一 (桜…。やっぱり、桜のいない俺なんて、ありえないよ)
(ガラガラッ)
龍一が理科室に入って間もなく、担任の河野先生が入ってきた。
春恵 「すいません。ちょっと用事があるのでプリントをやっていてください」
そう言ってプリントを配ると、すぐに理科室をあとにした。
順一 「ほら、俺の言った通りになっただろ」
達也 「ホントだ」
(ガラガラッ)
春恵 「金本君、ちょっと来て」
(♪キーンコーンカーンコーン)
今日の学校生活の終わりを告げるチャイムが鳴る。明日はいよいよ終業式。今日は半ドンである。
龍一 (……)
教室を去る桜の姿を見た龍一は、もう取るものが手につかない様子だった。弁当もまともに口に入らない状態だった。
そして午後。無論、そんな状態で部活に出てもまともな動きができるわけがない。普段では考えられないようなミスを連発する龍一らしくない龍一の姿があった。
杉蔵 「大神、ちょっと来い」
見るに見かねた杉蔵が龍一に声をかける。そして、龍一をつれて体育館の外へ連れ出した。
杉蔵 「龍一。今日はもう帰れ」
龍一 「えっ」
杉蔵はとくに怒っている様子はなかったが、いきなりこのようなことを言われ、龍一は驚いた。
杉蔵 「勘違いするなよ。今のお前の状態じゃ、何をやっても身につかんだろうと思っただけだ。だから今日は、ゆっくり休め」
龍一 「…はい」
しかし龍一は、杉蔵のいった言葉を素直に聞きいれた。確かに、今の時期は3年生が最後の大会に向け練習を重ねており、無駄な時間を使いたくないときである。
杉蔵 「それと、休むだけじゃダメだぞ。一条とのこと、よく考えてこい」
龍一 「えっ…」
龍一は杉蔵からの不意の一言に驚いたが、すぐにその言葉の意味を理解した。
龍一 「わかりました。今日は帰ります」
杉蔵 「がんばれよ」
そう言って龍一は更衣室の方へ向かった。外はいつしか、晴れ間がのぞいていた。
一方その頃桜は、
桜 (龍一君、ゴメン。私、信二君が好きなの。だから、だから…)
自宅近くの道を歩いていた。その桜の手には、しっかりと2つの紙切れを握り締めていた。
桜 (明日、信二君をデートに誘おう。そして、そこで…)
2枚の紙切れ、それはプールの入場券だった。桜はこれを買いに出かけていた。期待に胸躍らせる桜。しかし、
桜 (でも信二君、今日なんで早退したんだろう。それに、この胸騒ぎ?いったい何?) つづく
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