第4話
9月1日、例年通り2学期が始まる日である。大概の人は休みが終わることを嫌がるのだが、この日を待ちわびていた人が一人いた。決して、学校が好きというわけではない。それどころか、学校にくることすらそう多くないの人である。だからといって、友達も多くはない。そんな人が、なぜこの日を心待ちにしていたのか。それは…、
ひかり 「おっはよー」
由香里 「おはよう」
昨日までの朝の雰囲気と一変し、学生が私服から制服姿に戻り、学校へ向かっていた。朝の雑踏がささやかに住宅街に響く。
由香里 「しかしひかり、結構焼けたわね」
ひかり 「うん。この間の日曜日に海に行ってきたからね」
由香里 「でも、本当に暑いのは、これからだったりして…」
ひかり 「そうだね。学校って冷房無いから」
由香里 「中学生が贅沢言っちゃ、いけないか」
ひかりと由香里は小学校時代からの友達で、中学校へは一緒に通っている。次第に学校が近づいていくうちに、二人は思わぬ人を見掛ける。
由香里 「あれ?」
ひかり 「どうしたの?」
由香里 「あれ、七瀬さんじゃない」
ひかり 「あっ…」
由香里が向いた方向は、普段生徒があまり通らない学校への裏道である。その狭い路地に入っていく優の姿を、二人は偶然にも見掛けたのであった。
由香里 「珍しいわね。始業式から学校へ行くなんて」
ひかり 「うん…」
ひかりはあの日のことを思い出した。楽しそうな表情をしていた優、あれはいったい、何だったのか。そして、隣にいた男の子。考えているうちに、自然と言葉が濁っていた。
由香里 「どうしたの?」
ひかり 「ううん、なんでもない」
ひかりはそう言うと、路地の入り口まで駆け寄って、
ひかり 「優ー」
手を振って彼女を呼んだ。優が振り向くと、
ひかり 「おはよー」
しばらくして、
優 「おはよう」
そういうと、優は路地の奥へと消えていった。
由香里 「何か、いいことでもあったのかな?」
ひかり 「えっ…」
追いついてきた由香里が、優の顔を見てこう言った。
由香里 「いい顔、していたよ」
ひかり 「…うん」
ひかりは少し間を置いて返事をした。
ひかり 「ところでさ、由香里」
由香里 「なに?」
そう言って二人は再び歩き始めた。学校が近づき、次第に生徒たちの雑踏が大きくなってくる。
ひかり 「江里香が前、転校生が来るって言ってたよね」
由香里 「うん、確かひかりのクラスだって…」
ひかり 「どんな子かなぁ?楽しみだね」
由香里 「いいなぁ、転校生。でも、ひかりのクラスだって決まったわけじゃないでしょ」
ひかり 「まぁ、そうだけどね」
江里香 「おはよー、ひかり」
亜美 「おはよー」
ひかり 「あっ、おっはよー」
中学校にいつもの活気が戻り、2学期が始まろうとしていた。
しばらく使っていなかった2年3組の教室が6週間ぶりに、その活気を取り戻していた。次々と入ってくる生徒たちを教室は、6週間前と同じ顔で迎えていた。そう、6週間前と同じである。
ひかり 「じゃ、また後でね」
由香里 「わかったわ」
ひかりは教室の前でゆかりと別れ、教室に入った。ひかりの後ろの席には、普段学校へはあまり来ない優の姿もあった。
ひかり 「おっはよー」
栄子 「あっ、ひかり、おはよー」
郁代 「おはよー、ひかり。元気してた?」
クラスの人とも6週間ぶりの再会を果たす。大体の人が、ひかりと同じく日焼けしていた。ひかりが自分の机にかばんを置くと、
郁代 「ねぇねぇひかり、あの話本当なの?」
栄子 「転校生が来るって話」
ひかり 「ううん、私も聞いたんだけどね…」
やはり転校生の話が広まっていた。クラス内のざわめきは久々に会った友人との話、始業式の日から優が学校へきた事、そして、転校生が来るのではないかという事だと思われる。ひかりはその事について話し出す。
ひかり 「その転校生、友達から聞いた話だと、うちのクラスに来るって言ってたけど…」
優 (!!)
ガタッ!!
その瞬間、あれだけ騒がしかった教室中が、水を打ったかのように静まり返った。突然、ひかりの後ろの机といすが、激しい音を出し、動いたからである。そして優の表情は、またしてもひかりが見た事の無いような、驚いた表情をしていたのである。クラス中の視線が優に集中する。
優 「ね、ねぇ」
しかし、当の優はそれをまったく気にせずひかりに話しかける。
優 「その話って、本当なの?」
ひかり 「えっ…」
ひかりも例外ではない。すぐ後ろで轟音を立てられ、しかも、まるで別人のような表情を見せている優におののいていたのだった。
優 「その転校生が、このクラスに来るって、本当なの?」
その声は教室中に聞こえた。普段はおとなしい優のあまりの変貌ぶりに、教室からは物音一つでない。廊下からは普段のざわめきが響くが、その音は誰の耳にも達していない。不思議そうに廊下から、クラスの中を覗き込み生徒も見え始めた。
ひかり 「えっ、だから、私も友達から聞いた話だから、本当かどうかは…」
ひかりは何とか言葉を返すが、それはまるで脅されているような口調だった。
優 「そ、そう…」
それだけ言うと、スッと席についた。一瞬表情が普段の優に戻ったかと思われたが、
優 「その人、うちのクラスだといいよね」
ひかり (あっ!?)
その時の優の表情。それは、あの夏休みの日に見たあの時の表情に似ていた。ふと思い出したのはあの時、優の隣にいた…
ひかり (もしかして、転校生ってあの時の…)
郁代 「ねぇ、七瀬さん、どうしたんだろうね?」
栄子 「ほんと、始業式の日から来るなんてねぇ。ところでひかり?」
ひかり 「えっ…」
栄子 「どうしたの、ひかり?」
ひかり 「ううん、なんでもない」
栄子 「そうかな?、まぁいいけど」
ひかり 「んで、なんなの?」
栄子 「そういえばさぁ…」
この後3人は、夏休みの話で終始盛り上がった。やがてチャイムが鳴り、先生との対面。その後、体育館で始業式が行われた。
再び一瞬の静寂に包まれた校内に、始業式を終えた生徒たちが戻ってきた。語りきれないほどの、たくさんの思い出とともに。
優 「し、失礼します…」
生徒の大半が教室に戻り、教員たちはホームルームの準備をしていた頃、慣れない様子で職員室に入る優の姿があった。中にいる職員は驚きの表情を隠せなかった。なぜなら優は、職員室に呼ばれる事は度々あるが、自分から職員室に行くなんてことは、小学校時代からも無かった事だ。
葉子 「あれ…?、まさか、七瀬さんがここに来るなんてね。それで、どうしたの?」
優はクラスの担任である乾(いぬい) 葉子のところへ向かった。やはり葉子も、周りの教員と同様に、少し驚いた様子を見せていた。
優 「あ、あの…、転校生が…」
葉子 「えっ、なに?」
優は葉子に転校生の事を聞こうとするが、声が思うように出なかった。
優 「転校生が、うちのクラスに…」
ようやく聞き取れるくらいの声で葉子に話した。その時、優の顔はやや赤くなっていたように見えた。
葉子 「ああ、その事ね。噂になっているみたいだけど…」
優 「それで、うちのクラスに来るの?」
葉子 「それがねぇ…」
葉子は机の上から、出席簿を取り出した。そして9月の欄を見せた…。
栄子 「ねぇねぇひかり、あの流星群見た?」
ひかり 「見た見た。ホント、すごかったよね」
郁代 「山の方だと、もっときれいに見えたんだろうねぇ」
栄子 「あーあ、もう一度見たいなぁ。いっぱいいっぱい、願い事をしたいのに」
郁代 「そうよねぇ」
ちょうどその頃、ひかりたちは先生が来るまでの間、夏休みの思い出話を続けていた。ちょうど流星群の話になったところでふとひかりが後ろを見ると…、
ひかり 「あれ?ところで優は?」
郁代 「さぁ、そういえば…」
栄子 「またふらっと、どこか行っちゃったんじゃないの?」
郁代 「転校生が気になったとか?」
栄子 「まさかぁ。七瀬さんに限ってそういう事は…」
江里香 「ひかりー」
ひかり 「あっ、江里香」
廊下から江里香がひかりに声をかける。その様子は何か慌てているようだった。
江里香 「ちょっと来てよ。大変」
ひかり 「どうしたの?」
その慌てている様子を見て、急いで江里香のもとへ向かうひかり。そして、
江里香 「実はね…」
ひかり (!!)
その事を聞かされたとき、頭の中にさっきの言葉がよぎった。
(郁代 「転校生が気になったとか?」)
ひかり (ま、まさか…)
ひかりは一目散に駆け出していた。
江里香 「ち、ちょっとひかり?」
その行動に驚いた江里香であったが、もはやひかりを止める事は出来ない。その時、真実を知る事が出来たのは、ひかりだけなのだから。
優 (!?)
葉子 「昨日になってその子のお父さんが、急に長崎に転勤になったって言うから、教室にあった机もいすも、昨日のうちに片づけちゃった。せっかく転校生が来ると思っていたのに、残念よね」
生徒の名前が書いてある欄。その一番下には、修正ペンで消されたような跡があった。
優 「ね、ねぇ。他のクラスで、転校生の話って、無い?」
優はそれを信じたくなかった。「きっと違う人だ。」、声を荒げて、そう思いたかったが、
葉子 「転校生は、いないわ」
わずか一言で、その希望は絶たれてしまった。そして、しばらくの沈黙の後、呆然とした表情で葉子の前から去ろうとしていたとき、
優 「しんじ…くん」
葉子 (えっ?)
葉子は驚いた。優の声は、誰にも聞こえないような細い声だったが、なぜかそれが聞こえたしまった。
葉子 「ちょ、ちょっと七瀬さん」
なぜ優が、その名前を知っているのか。葉子は優を呼び止めようとするが、無論、優の耳には届かなかった。
葉子 (どうして、どうしてその名前を?)
ひかりは、職員室のある2階へと、無我夢中に階段を駆け降りていた。
ひかり (そんな、そんな事があっていいの。これじゃあ、これじゃあ優がかわいそうだよ)
必死の思いで階段を駆け降りるひかり。そして、踊り場から2階へ降りようとしたそのときだった。
ひかり (あっ!?)
職員室の方から優が歩いてきた。茫然自失の様だった。今にも倒れそうな、そんな様子のまま、階段を降りていった。
ひかり (ゆ、優……)
ひかりはただそれを見る事しか出来なかった。目の前で起こった現実を、ただただ認めるしかなかった。
その後のホームルームで、転校生について語られる事はなかった。そしてそれ以降も…。真実を知る3人を除いては…。
第5話につづく
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