亜美  「ねぇ、ひかり、どうしちゃったのかなぁ?」

江里香 「わたしにもさっぱり…」

由香里 「めったなことじゃない、ってことよね」

由香里、江里香、亜美の3人は始業式の日を終え、まだ残暑厳しい昼下がりの帰り道を歩いていた。しかし、その中にひかりの姿はなかった。

 

    トゥルルル…、トゥルルル…

ひかり 「やっぱり、だめか」

 

第5話

9月2日、結局1年の教室に転校生が現れることはなかった。そして、誰の口からも真実が語られることはなかった。

洋一 「ねぇ、結局転校生来なかったじゃん」

修  「デマだったんじゃないの?やっぱり」

 ひかりの前を通りすぎる同じ1年生の一言に思わず顔を向けてしまうが、すぐに下を向き、うつむいた表情で学校へと足を向けた。

由香里 「あっ、ひかりー」

 由香里が路地から姿を見せ、前に居るひかりを呼んだ。

ひかり 「あっ…、由香里」

 ひかりは由香里の方を向いたが、浮かない表情をしている。その声も、由香里に届くかどうかの声だった。

由香里 「ひかり…」

 由香里も心配顔になる。いつもなら立ち直りの早いひかりなのに、昨日の帰り際からずっと元気がない。由香里も気が気でなくなる。

由香里 「どうしちゃったの?昨日から」

 前にいたひかりに追いついた由香里が心配そうに声を掛ける。

ひかり 「うん、ちょっと…ね」

 多くを語ろうとしないひかり。それがさらに由香里を心配にさせる。しかし、由香里も掛ける声がなかった。重苦しい空気が二人の間を囲み、そのまま学校まで互いに声を掛け合うことはなかった。

 教室に入り、いつものようにホームルームが始まる。ひかりの表情は優れないまだ。そして、ひかりの後ろの席は、いつものように空いたままだ。しかし、いつもとわけが違う。二人だけが、そのわけを知っている…。

 

 その日の昼休み、ひかりは先生に呼ばれて職員室に向かっていた。楽しそうに談笑をかわす生徒たちを横目に、まだひかりの表情は変わっていなかった。

ひかり 「失礼します」

 いつものひかりではないことが、その声からわかる。

葉子  「あっ、野口さん」

 ひかりの声に気づき、葉子が声をかける。葉子の元へ来たひかりに、始業式の日、優が学校に置いていったかばんを渡した。ひかりは昨日、ほかのことが考えられず、優のかばんをそのままにしてしまったため、葉子が保管していたものである。

葉子  「ごめんね。辛いのはわかっているんだけど…」

ひかり 「ううん、いいのいいの。私も話がしたいし…」

葉子  「どんなに、辛い話になっても?」

ひかり 「そ、それは…」

 

 

  あの始業式の日。職員室を出た葉子が最初に見たのは、呆然と立ち尽くしていたひかりだった。

 

 

 ひかり 「どうして…、どうしてこんなことになっちゃたの?」

 

  優が知っていた転校生は、夏休みに出会い、そして別れた、優にとってかけがえのない存在となった彼氏だった。それをひかりは偶然見つけ、偶然知ってしまった。

 

 葉子   「……」

 

  それを聞いた葉子は言葉を失った。周りを他の教師が通り過ぎていく階段の踊り場で、二人は立ち尽くしていた。

 

 

葉子  「でもその転校生、一度会ってみたかったな。その人が手続きをとるため学校に来たとき、ちょうど私、非番だったから…」

ひかり 「先生も、会ったことがないんですか?」

葉子  「私も楽しみにしていたんだけどね。でも珍しいよね。転校生が転校する前に転校しちゃうなんて」

ひかり 「優が見たのは、いったいなんだったんだろう…」

葉子  「一夏の思い出じゃ済まされない、限りなく現実に近い幻…。よくある話だけど、それが転校生と七瀬さんだなんて…。少し出来過ぎている話かもね」

♪キーンコーンカーンコーン

葉子  「まぁ、あとは彼女が立ち直るのを待ったほうがいいかもね。でも、私が一番心配なのは、もう、彼女が二度と学校に来なくなるかもしれないということだけどね。教師の立場から言って」

 そう言って、5時間目の準備のために葉子は立ち上がった。

葉子  「さっ、5時間目始まるよ。体育じゃなかったっけ?早く着替えないと遅れるよ」

ひかり 「あっ、そうだね…」

葉子  「それ、頼んだわよ」

ひかり 「わかりました…」

 そう言ってひかりは職員室をあとにしたが、相変わらず足取りが重かった。

 

 放課後、今日もひかりは一人で学校を後にしたが、優の家に向かう前に自宅に向かった。

ひかり 「ただいま…」

 返す相手もいない家に向かって声をかける。その声は相変わらず暗い。ひかりはそのまま2階にある自分の部屋に向かう。

 

 

 しばらくしてひかりが部屋を出て、階段を下りてきた。そしていったん、電話のあるほうへ向かった。しかし、その足は途中で止まってしまう。

ひかり 「電話しても、無駄だよね」

 そう呟くと、ひかりは玄関のほうへ向かった。昨日早く帰って、何度も優の家に電話をしたが、その電話が通じることはなかったからだ。

 

ひかり (あなたが見たのは、本当に幻だったの?)

 家を出て優の家までのわずかな時間、ひかりの脳裏に彼と一緒にいた優の笑顔と、始業式のあとの、悲壮感漂う優の顔がフラッシュバックされた。

ひかり (あっ…)

 その時ひかりは、ある人の顔を思い出した。

ひかり (あの時と、同じ…)

 

 優の家の前、辺りはひっそりとしていて人のけはいはなかった。

ひかり 「今日も、いないのかな?」

 そう呟くとひかりは、優のかばんを玄関の横に置いた。そして、雨にぬれないようにビニールシートでそれを覆った。そしてそのかばんには、一枚の封筒が挟まれていた。透明のビニールシートに写る封筒を感慨深く見て、ひかりはこの場をあとにした。

 

 

ガチャ…

 ひかりがかばんを置いた後、おそらく、ひかりが思っていたよりずっと短い時間で、優はそのかばんを手に取ったのである。

優   (?)

 優は封筒に気づいた。家の中に入り、自分の部屋まで戻り、その封筒を開けた。

優   (!)

 その封筒には、たった一言、こう記されていた。

 

   早く元気出して

ひかり

 

優   「フッ…」

 優の顔に少しずつ、光が取り戻されつつあった。

つづく

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