その日の昼休み、ひかりは先生に呼ばれて職員室に向かっていた。楽しそうに談笑をかわす生徒たちを横目に、まだひかりの表情は変わっていなかった。
ひかり 「失礼します」
いつものひかりではないことが、その声からわかる。
葉子 「あっ、野口さん」
ひかりの声に気づき、葉子が声をかける。葉子の元へ来たひかりに、始業式の日、優が学校に置いていったかばんを渡した。ひかりは昨日、ほかのことが考えられず、優のかばんをそのままにしてしまったため、葉子が保管していたものである。
葉子 「ごめんね。辛いのはわかっているんだけど…」
ひかり 「ううん、いいのいいの。私も話がしたいし…」
葉子 「どんなに、辛い話になっても?」
ひかり 「そ、それは…」
あの始業式の日。職員室を出た葉子が最初に見たのは、呆然と立ち尽くしていたひかりだった。
ひかり 「どうして…、どうしてこんなことになっちゃたの?」
優が知っていた転校生は、夏休みに出会い、そして別れた、優にとってかけがえのない存在となった彼氏だった。それをひかりは偶然見つけ、偶然知ってしまった。
葉子 「……」
それを聞いた葉子は言葉を失った。周りを他の教師が通り過ぎていく階段の踊り場で、二人は立ち尽くしていた。
葉子 「でもその転校生、一度会ってみたかったな。その人が手続きをとるため学校に来たとき、ちょうど私、非番だったから…」
ひかり 「先生も、会ったことがないんですか?」
葉子 「私も楽しみにしていたんだけどね。でも珍しいよね。転校生が転校する前に転校しちゃうなんて」
ひかり 「優が見たのは、いったいなんだったんだろう…」
葉子 「一夏の思い出じゃ済まされない、限りなく現実に近い幻…。よくある話だけど、それが転校生と七瀬さんだなんて…。少し出来過ぎている話かもね」
♪キーンコーンカーンコーン
葉子 「まぁ、あとは彼女が立ち直るのを待ったほうがいいかもね。でも、私が一番心配なのは、もう、彼女が二度と学校に来なくなるかもしれないということだけどね。教師の立場から言って」
そう言って、5時間目の準備のために葉子は立ち上がった。
葉子 「さっ、5時間目始まるよ。体育じゃなかったっけ?早く着替えないと遅れるよ」
ひかり 「あっ、そうだね…」
葉子 「それ、頼んだわよ」
ひかり 「わかりました…」
そう言ってひかりは職員室をあとにしたが、相変わらず足取りが重かった。
放課後、今日もひかりは一人で学校を後にしたが、優の家に向かう前に自宅に向かった。
ひかり 「ただいま…」
返す相手もいない家に向かって声をかける。その声は相変わらず暗い。ひかりはそのまま2階にある自分の部屋に向かう。
しばらくしてひかりが部屋を出て、階段を下りてきた。そしていったん、電話のあるほうへ向かった。しかし、その足は途中で止まってしまう。
ひかり 「電話しても、無駄だよね」
そう呟くと、ひかりは玄関のほうへ向かった。昨日早く帰って、何度も優の家に電話をしたが、その電話が通じることはなかったからだ。
ひかり (あなたが見たのは、本当に幻だったの?)
家を出て優の家までのわずかな時間、ひかりの脳裏に彼と一緒にいた優の笑顔と、始業式のあとの、悲壮感漂う優の顔がフラッシュバックされた。
ひかり (あっ…)
その時ひかりは、ある人の顔を思い出した。
ひかり (あの時と、同じ…)
優の家の前、辺りはひっそりとしていて人のけはいはなかった。
ひかり 「今日も、いないのかな?」
そう呟くとひかりは、優のかばんを玄関の横に置いた。そして、雨にぬれないようにビニールシートでそれを覆った。そしてそのかばんには、一枚の封筒が挟まれていた。透明のビニールシートに写る封筒を感慨深く見て、ひかりはこの場をあとにした。
ガチャ…
ひかりがかばんを置いた後、おそらく、ひかりが思っていたよりずっと短い時間で、優はそのかばんを手に取ったのである。
優 (?)
優は封筒に気づいた。家の中に入り、自分の部屋まで戻り、その封筒を開けた。
優 (!)
その封筒には、たった一言、こう記されていた。
早く元気出して
ひかり
優 「フッ…」
優の顔に少しずつ、光が取り戻されつつあった。
つづく
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