あの時ね、ちょうど授業が休講になって、それで同じ研究室の友達と一緒に新宿に遊びに行ったの。クリスマスも近くて、イルミネーションがとてもきれいだったのを覚えているわ。

友利子 「ねぇ、次どこ行こうか?」

順子  「まったく、友利子はいつも元気良いんだから」

幸子  「いいんじゃないの、元気がとりえなのは。ねぇ、唯?」

唯   「えっ?…、う、うん」

幸子  「どうしたの?元気ないみたいだけど」

唯   「ううん、大丈夫。気にしないで」

友利子 「ねぇ、あそこのお店、行ってみない?」

順子  「あっ、ちょっと待ってよ」

幸子  「本当、いつも元気よねぇ。唯、私たちも行こう」

唯   「うん」

 東京の大学に行ってから、何度か新宿には行ったけど、あの時だけは何かが違っていたわ。何か雰囲気というか、感じが違っていたの。

唯   (なんだろう?この感じ)

 そう感じ始めた、その時だったわ。

唯   (!!)

 私の横を通り過ぎていった男の人から、明らかに今まで感じたことのないような何かを感じたの。今考えても不思議だったわ。新宿に行って数えきれないほどの人とすれ違っているのに、その人だけは何か特別だったわ。私は気になって、後ろを振り向いたわ。そうしたら彼も、私のほうを振り向いていたのよ。

 

 

信二 「その人って、ひょっとして」

唯  「そう、山本 文彦。今のお父さんよ」

信二 「そうなんだ。なんか不思議だね」

唯  「本当、不思議よね」

 

 

唯   「あの…、ちょっとお時間ありますか?」

 「あなたは誰?」って思うより先に、体が動いていたわ。気がついたら、私のほうから彼を誘っていたわ。男の人を誘うなんて、今までしたことなかったのにね。

文彦  「ああ、構いませんよ」

 でも彼は、悪い顔一つしないで誘いにのってくれたわ。でも、

幸子  「あっ、唯」

順子  「唯さん」

友利子 「ああ!唯。いつの間に男を引っ掛けてるのさ」

唯   「えっ、いや…」

友利子 「まったく、唯が来るの遅いから戻ってみたら…、参ったね。唯は恋に無頓着かな、って思ってたけど、やるじゃないの」

 私が思っていた以上に長い時間が経っていたかもしれない。友達が、私が来るのが遅いからって戻ってきちゃったのよ。

文彦  「お友達ですか?だったら今は…」

唯   「あっ、でも…」

文彦  「これ、渡しておきます。よかったら電話してきてください」

 文彦は名残惜しそうに私に名刺を渡してくれたわ。

唯   「…ええ、わかったわ」

文彦  「今度は、二人でゆっくりとお話したいです。それでわ」

 

 

唯  「今でもその名刺は大切に保管しているわ。私が文彦と初めて出会った思い出の品だから」

信二 「そうなんだ。僕がまだ小さかったころ、それを見つけたときお母さんは『大切なもの』って言ってた覚えがあるけど、そう言うことだったんだ」

唯  「そう。今まで男の人に対して、恋愛感情なんて抱いたことなかったのに、文彦だけは、その一瞬の出会いだけで、充分だったわ」

 

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