最終兵器

 暗い部屋に、不意に光がさしこんできた。
「まだ喋らないか」
 ずかずかと踏み込んできた、獅子を思わせる金髪の男が、苛立たしげに問う。
「はい。申し訳ありません」
 先刻まで俺を苛んでいた、冷酷な目をした黒髪の男 −おそらく中国人だろう− が、神妙に頭を下げる。
 ここへ連れてこられて、どのぐらいになるのだろう。最初は、ひたすら痛めつけるのみの拷問。そして、このチャイニーズの陰湿な炎責め。−今だって、足の指を一本ずつ炙られていたのだ−けれど、俺は一言も喋らなかった。
「まあいい。こいつだってプロだ。多少のことでは口を割るまい」
 多少のことだと?  俺は、腹の中でせせら笑う。殺されたって、何も喋ってやるものか。
 歯の中に仕込んだ自決用の薬を見破られて歯ごと引っこ抜かれたのは失態だったが、どんな拷問にだって、屈するつもりはない。それが、諜報活動を生業とする者の誇りであり、矜持だ。
「最終兵器を使え」
 金髪の男が低い声で命じ、黒髪の男が、微かに笑った。
「よろしいんですか?」
「かまわん」
 黒髪の男が、インタフォンを押す。多少の間をおいて、頭の悪そうなヤンキー野郎 −最初に俺を痛めつけた奴だ−が、部屋に入ってきた。
「そっちを抱えろ。最終兵器を使うことになった」
 俺の右腕を抱え込みながら、黒髪の男が言う。
 ヤンキー野郎の顔に、わずかに同情の色が浮かんだ、ような気がした。
 ふたりは俺を両側から抱えて、長い廊下をずるずる引きずって運び、やがてある部屋の前で立ち止まった。
 黒髪の男がインタフォンを鳴らすと、不機嫌な声がスピーカーから響く。
「なんだ」
「またひとり、頼む」
「…またか」
「隊長の命令だぞ」
「…わかった。今開ける」
 俺の左腕を抱えたまま、ヤンキー野郎が耳打ちする。
「本物の地獄が待ってるぜ」
 望むところだ。俺は、傷だらけの腫れ上がった顔で笑ってみせた。…多分、凄惨な表情になっていただろう。
 そして、ドアが内側から開き、俺は部屋の中へと突き飛ばされた。
 ぱふっ。
 予想に反して、なにやら柔らかいものが俺の身体を受け止めた。
 顔を上げると、俺の身の丈ほどもあるでかいテディベアが、愛敬あふれる顔で俺を見下ろしていた。
 背後から、野太い声がする。先刻の不機嫌な声の主だろう。
「やだ。ベッキーちゃん血で汚さないでよぉ。宝物なんだから」
 その声のトーンとあまりに不似合いな台詞に、おそるおそる振り向く。
 レースで縁取られたスカートの裾が目に入った。視線を上げてゆく。ピンクを基調にしたメルヘンチックとしかいいようのないワンピース。ああ、くにの妹に着せたら似合うだろうな…そしてはるかに見上げるような位置に、顔があった。
 どこから見ても、四角四面の軍人としか思えないそのごつい顔とその姿のギャップ!俺が一瞬で精神に恐慌をきたさなかったのは、日頃の訓練の賜物といえるだろう。
 その男が、わずかに眉をひそめた。
「そんな汚い格好で、Gのお部屋にいてほしくないわ…お風呂に入りましょうね。背中流してあげる」
 拷問に次ぐ拷問で、服は殆どその原形をとどめてはいなかったのだが、それでも屈強な男に押さえつけられて無理矢理に剥ぎ取られることに、真剣に貞操の危機を感じた。
 薔薇の香りの泡風呂でこざっぱりと磨き上げられて、着せられた服は、目の前の男が着ているのとよく似たワンピースだった。
 ぬっ、と目の前に生クリームてんこ盛りのばかでかい−ウェディングケーキと見まごうばかりの−ケーキが差し出された。バニラの強い香りが漂う。
「おなか空いてるでしょ? 丁度ケーキ焼いたとこだったの。食べて」
 甘いものは苦手だ。それに、敵の食い物など、何が入っているかわかったものではない。
「遠慮しなくってもいいのよ…そうだ。Gが食べさせてあ・げ・る はい、あーーんして」
 言うが早いか、そいつは俺をぶっとい腕で片抱きにし、もう片方の手で口をこじ開けてケーキを押し込みはじめた。
 意外に、というべきか、その味は悪くなかったのだが、恐怖の方が先に立つ。
 こんな恐怖は、生まれて初めてだった。自分が直面するなどと想像もしていない恐怖に対しては、人間は脆いのかもしれない。たとえプロフェッショナルとしての誇りがそこにあっても。いや、誇りゆえにこんな理不尽な恐怖に耐えられないのだろうか。
 一生かかってもこれだけ食うかどうか、という量のケーキを腹に詰め込まれて半死半生の俺がはっと気づくと、そいつは何時の間にか着替えていた。
 薄いベビードールの下で、筋肉がはちきれそうだった。
「ベッドひとつしかないのよ…だからGが添い寝してあ・げ・る」
 俺の中で、何かが音を立てて壊れた。

「あいつ、落ちたぞ」
 マーカーが、報告書を作りながらいつものように冷淡に告げた。
「ちぇっ、意外と脆かったな。もっと頑張るかと思ったけど」
 リキッドが、口を尖らす。
「ぼやかない、ぼやかない」
 ロッドは、にやにやしながらリキッドの肩を叩いた。
「んじゃ約束通り仕官食堂Aランチね。毎度ごっそーさん、リキッドちゃん」
「へーへー…ところで、Gは?」
「今度の手柄で、総帥から手作りの『ハーレムちゃん人形』頂いたって、喜んで部屋で着せ替えやってたぞ」
 マーカーが、例によって冷静に事実のみを告げる。
 ロッドとリキッドは、肩越しにそっと後ろを伺ってみた。
 3人の背後の執務机では、苦虫を3億匹ぐらいまとめて噛みつぶしたような顔をして、ハーレムが頭を抱えていた。

  Fin.

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