昼下がりのユザワヤで

 うららかな春の午後。
 世界最強の殺し屋集団、ガンマ団の総帥、マジックはひとときその使命を忘れ、至福の時を過ごしていた。
 場所は、ユザワヤ。
 お手製のシンちゃん人形に春物の服をつくろうと、セールを狙ってやってきたのだ。
 普段の真っ赤なブレザーこそ着てはいないが、長身で、しかも金髪の中年男が手芸屋で目立たぬ筈もない。
 周りから向けられる好奇の視線を当然のように受け流して、彼はチラシを片手に目当てのコーナーへと足早に向かっていた。
 目指すは、本日の目玉商品。1メートル280円、お一人様5メートル限りのコットンプリント。
 コットンのコーナーが見えてきた時、彼はふと周囲からの視線が自分から離れたのに気づいて歩をとめた。
 独裁者たる者、好奇であろうが何であろうが、自分に集まっていた注目が外へ移るのはやはり面白くない。
 周囲の目をやる方向に視線を移したマジックは、思わず手にしたチラシを取り落としかけた。
 身の丈2メートルぐらいだろうか。黒髪の男が店員に向かって何やらまくしたてている。
 それだけならば、さほど驚くこともないが、何より奇異な印象を受けたのはその服装だ。
 フリルのいっぱいついた、シュガーピンクのワンピース。
 レースの端が少し曲がってついているあたりが、いかにもハンドメイドを思わせる。
 しかしその肉体が鍛え上げられていることは、ワンピースの上からでもはっきりわかる。
 「…使えるな。あの男…」
 マジックは、一瞬ガンマ団総帥の顔に戻って呟いた。
 男はスタイルブックを店員の鼻先に突きつけ、早口のドイツ語で、しかも野太い声で機関銃のごとく言い立てる。
 「どうして5メートルしか売ってくれないの?アタシの寸法でこのワンピース作るのに、5メートルじゃ足りないのよっ!」
 詰め寄られている店員の顔は、完全に血の色を失っている。
 マジックは、ゆっくりとカット台に歩み寄り、男の肩越しに店員に声をかけた。
 「私の分と併せて10メートル、売ってくれないか?」
 店員は、地獄で弥勒菩薩にでも出会ったような顔をして、頭を上下にがくがくと振ると、そそくさと定規とハサミを取り出す。
 「君の分は、7メートルもあれば充分だね?」
 男は、マジックの手をがしりと取ると、低い声で言った。
 「…ありがとう」
 もはや、店中の視線はその一点に集まっていた。

 ユザワヤからほど近いティールーム。
 またもや店中の視線を集めて、奥まったテーブルでマジックは、男と向かい合っていた。
 「何とお礼を言っていいか…」
 「いや、礼にはおよばないよ」
 笑顔をみせて、マジックはコーヒーカップを口元へ運ぶ。
 しかし、その笑顔は微妙にひきつっていた。
 マジックと男の間に、スペシャルデラックスプリンアラモードが横たわっていたからだ。
 バケツで作ったんじゃないかと思えるようなプリンの廻りをシロップ漬けのフルーツがずらりと取り囲み、これでもかとばかりにホイップクリームが載せられたそれは、一目見ただけで体中が砂糖漬けになったような気になる代物だった。
 心底幸せそうな顔をして、男はスプーンでプリンをほじくっている。
 少し不安を感じながら、マジックは口を開いた。
 「…私の元で、働いてみないか?」
 「え…?」
 口元に生クリームをつけたまま、男は顔を上げた。
 「私の組織では、常に有望な人材を捜していてね…共に世界を手中に納めてみないか?」
 「…あまり興味はありません」
 紙ナプキンで口元を拭いて、男はぼそりと答える。
 「恩ある貴方のお申し出、ありがたいのですけれど」
 「そうか。残念だ」
 マジックは、コーヒーを飲み干した。
 「世界が我が手に落ちた暁には、ユザワヤは…いや、ユザワヤだけじゃなくオカダヤやキンカ堂も君のものになるというのに」
 紙ナプキンを丸めようとした男の手が、ぴたりと止まった。
 「ついでといっては何だが、ユザワヤ友の会の年会費も入隊記念に団で出してもいいぞ」
 「…骨を埋めさせていただきます」
 プリンアラモード越しに、男はマジックの手をとった。
 「まだ、名前を聞いていなかったね…私はマジック。ガンマ団の総帥だ」
 「…ゲオルグ」
 名は体を表すかもしれないが、性格までは表さないものだなあと妙にしみじみしてしまうマジックであった。

 それから数日後。
 ガンマ団総帥の弟、ハーレムは、兄に呼び出されて司令室へと赴いた。
 「用って何だ?兄貴」
 「有望な人材を発掘したのでね、おまえに預けようと思って」
 マジックは、後ろを振り返った。
 重厚なマホガニーの執務机の後ろに、革のツナギを着た体格の良い男が立っている。
 「ゲオルグ…ドイツ人だ。コードネームはGと決めた」
 「…よろしく」
 Gは、軽く頭を下げてぼそりとそれだけ言った。
 …実は、ハーレムを一目見てどぎまぎしてしまい、それ以上の言葉が出なかっただけなのだったが、それを見抜けなかったからと言ってハーレムを責めるのは酷と言えよう。
 「ふん…なかなか使えそうだな。兄貴のスカウトにしては上出来じゃねぇか」
 彼の性格を知る由もないハーレムは、その無愛想さに好感を持った。
 「Gと言ったな…期待しているぞ」
 ハーレムは、無造作にGの肩を叩いた。
 「…はい」
 その頬が淡く染まっていることに、ハーレムは気づいていなかった。


Fin.


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