人として不出来なこと

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3. 天野美汐、回想する

 人間としてとても大切なこと。
 美汐は今年の初めに起きた、一連の奇跡のことを思い出していた。
「真琴……」
 それは祐一の前に現れた一人の少女のことだった。
 年の頃、13〜14歳。沢渡真琴と名乗ったその少女は、ほんの数週間の間に祐一の心に入り込み、居座り、そして去って行った。
 それは奇跡の賜物だった。
 美汐はそれを、黙って傍観していることができなかった。もう2度とあんな辛い目に遭うまいと思っていたにもかからわず、何も知らない祐一に声を掛けずにはいられなかった。
 そして、それは真琴が居なくなった今も続いている。
 校内であろうと無かろうと、祐一を見かければ美汐は黙っていることができなかった。必ず近づいていって挨拶をした。そのたびに祐一に「相変わらずおばさんくさいな」と言われているにもかかわらず。
 理由はわかっていた。
 美汐にとって、祐一はかけがえのない存在になってしまったのだ。それは美汐ができなかったことを、祐一が自ら体現しているからに他ならない。悲しみに打ちひしがれて閉じこもってしまった美汐とは異なり、祐一は真正面から事実を受け止め、悲しみを克服しているのだ。
 そして祐一は自分自身だけでなく、美汐までもを悲しみから救い出してしまった。
 祐一は美汐と会うたびに美汐をからかい、馬鹿話を言い、校内を、商店街を歩き回った。文字通り美汐を引きずるようにしてだ。
 その強引な行動に、美汐は最初、反発を覚えた。露骨に拒絶したこともあった。
 にもかかわらず、祐一は毎日のように美汐の前に現れた。現れては美汐をからかい、馬鹿話をし、そこらじゅうを歩き回った。
 そしてとうとう、美汐のほうが祐一から離れられなくなってしまったのだ。


 美汐はふと、ここに集まった女の子たち全員の顔を見回した。
 女の子たちは全員が、何らかの形で奇跡を体験していた。そしてどの奇跡にも、何らかの形で祐一がかかわっている。
 人として大切なこと。
 もし祐一が再び何のトラブルに巻き込まれているのなら、美汐には祐一を助ける義務があった。
 もし祐一が再び奇跡を起こそうとしているのなら、やはり美汐にはそれを手伝う義務があった。
 それがどんなに悲しいことであっても、どんなに辛いことであっても、祐一がやるのなら美汐は手伝うのだ。そしてそれは、ここに居る女の子全員の共通した思いに違いなかった。


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