人として不出来なこと

(4/9)
Prev. Root Next


4. 月宮あゆ、困惑する

 最初に月宮あゆを見つけたのは舞だった。
 あゆの家の電話番号を知っているのは名雪だけだったため、名雪は香里の携帯電話を借りてあゆへ電話したのだが、誰も出なかった。
 そこで名雪の意見で、美汐たち一同は百花屋を出て、商店街の一角に建つたい焼き屋へ行くことにした。あゆはたい焼きが大好物で、しかもこのたい焼き屋が大のお気に入りだったのである。女の子たちの誰もが、この店の前で祐一にたい焼きをせがむあゆの姿を目撃していた。
 ところが案の定、百花屋を出てまもなく、舞が向こうから歩いてくるあゆの姿を見つけたのだった。手には堂々、たい焼きの包みを持っている。
「!」
「ふぇ? ど、どうしたの舞?」
 佐祐理が舞の異変に気づいたときには既に、舞は猛然と商店街をダッシュして走り去っていた。そして人込みの向こう側であゆを捕獲したのである。
 慌てて舞に追いつく一同。
「うぐぅ、舞さん?」
 突如出現した舞に驚くあゆ。舞のただならぬ気配に戸惑っている。
 他の女の子たちが集まってくると、不思議そうに尋ねてくる。
「みんな一緒にどうしたの? ボクを探してたの?」
「その通りよ。」
「そうなんだよ。」
「そうです!」
「はい。」
「あははーっ。」
 一斉に肯定する女の子たち。その様子に圧倒されるあゆ。
「ひょっとして、祐一君のこと?」
 恐る恐る尋ねるあゆ。
「月宮さん、相沢君のこと知ってるの?」
「あゆちゃん、祐一がどうしたか知らない?」
「あゆさん、祐一さんに会ったんですか?」
「あゆさん、相沢さんをご存知ありませんか?」
「あゆさん、祐一さんを見かけませんでしたか?」
「あゆあゆ、祐一、知らない?」
 案の定、女の子たちは一斉に反応した。
「うぐぅ〜」
 ぐるりと取り囲まれ、逃げるに逃げられないあゆ。涙目でうぐる。
「ゆ、祐一君ならあっちへ行ったよう……」
 あゆが来た側をゆび指すあゆ。なんと! あゆは直前まで祐一と一緒にいたのだった。
「どう言うこと? 月宮さんは相沢君と一緒だったの?」
「あゆちゃん、祐一はどこへ行ったのっ?!」
「祐一さんはご無事なんですねっ?!」
「あゆさんは相沢さんと何をしていらっしゃったのですか?」
「あははーっ、やっと祐一さんの行方を知っている人が見つかりましたーっ。」
「祐一、どこ?」
「うぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 商店街はもはや大騒ぎであった。


「だから、ボクはたまたま祐一君を見つけただけだよっ。」
 このままではどうにもならないので、一同は甘味屋へと移動していた。さすがに百花屋で散々デザートを食べた後だけに、あゆ以外の女の子たちは飲み物だけを注文していた。
「イチゴのメニューが無いよ〜。」
 一部は別の理由で飲み物だけになったようだが。
「だいたい、ボクは祐一君が家出してるなんて知らなかったもん!」
「分かったわ、そうムキにならないで。」
 興奮覚めやらぬあゆを慰めるように香里が言う。先輩の佐祐理がいても、やはりこの場を取り仕切るのは香里であった。思わずうぐるあゆ。
「うぐぅ。」
「それで、相沢さんはどんなご様子でしたか?」
 美汐が尋ねる。するとあゆは俯いて、少し迷ってから答えた。
「変だった……」
「変?!」
 栞以外の全員が声を上げる。
 激昂して先走りがちな栞は、香里からしばらく黙っているようにと厳命されたため、じっと座ったままストールで口を覆い隠し、目だけでみんなの様子を窺っていた。違反したら家の冷蔵庫を使用禁止にされてしまうらしい。
「変って、どこが? どこが?!」
 身を乗り出すようにして名雪が問い詰める。制服のリボンがコーヒーに着水しそうになっているが、気づいていない。
「ボクが抱きついたら、物凄く怒った……」
 俯いたまま言うあゆ。少し涙声だ。
「ボクのことグーで殴った。」
 そして出来たコブを確認するかのように、頭のてっぺんを撫ぜる。
 それを聞いた女の子たちは互いに顔を見合わせた。
 あゆが誰かに抱きつくと言うのは、抱きつかれた側からするとほとんど体あたりに近い危険なものだ。だが、その抱きつき攻撃の一番の目標である祐一は、あゆを避けるという特技を何ヶ月も前に会得していたはずである。その祐一があゆを避けず、しかも物凄く怒るというのは、確かに普通ではない。
「祐一君、大きな箱を大事そうに持ってたんだ。だから……」
 顔を上げてそう言うあゆは今にも泣き出しそうだった。
「ボクのこと避けられなくて、そのままボクとぶつかって、それで祐一君、凄く痛そうにしてた……」
 あゆの目からはぽろぽろと涙が流れている。
「箱?」
 再び顔を見合わせる女の子たち。一体祐一は何をそんなに大事そうに持っていたのだろう?
「あゆちゃん、祐一が持ってたその箱って、どんな箱?」
 名雪が聞く。
「これくらいの…… 大きなダンボール箱。」
 あゆが両手を大きく広げて指し示す。だいたい 50cm 位はありそうだ。
「落としちゃいけないみたいだった。」
 ぐすぐすと鼻をすすりながら喋るあゆ。美汐が差し出したティッシュで鼻をかむ。
「なんだろう?」
「分かりませんね。」
「壊れ物ですか?」
「壷?」
「徳川埋蔵金?」
 口々に疑問を述べる女の子たち。だが、その箱が祐一の失踪に関係していることは予想できても、中身までは分からない。
「佐祐理先輩はこの箱のことは何かご存知だったのでしょうか?」
 佐祐理を見ながら美汐が尋ねる。だが佐祐理は首を振った。
「いいえ、そんなお話は聞いていませんし、佐祐理が祐一さんから頼まれたことにも関係なさそうです。」
「そうですか。」
 思案顔の美汐。他の女の子たちも考え込んでいる。
 はぁ〜、とため息をつく名雪。
「祐一…… どこへ行っちゃったんだろう?」
 と、突然栞が手を上げた。どうやら発言を求めているらしい。香里が許可する。
「なに、栞?」
「食べ物とか生活用品を買ったんじゃないですか?」
 姉を見ながら言う栞。香里なら当然気づくだろうと思っているようだ。
「だって、祐一さんは一人でどこかにいるんですよね?」
 その問いに香里がうなづく。
「相沢君の友達には全員聞いてみたけど、誰も相沢君の事は知らなかったわ。そして北川君から何万円ものお金を借りている。と言う事は、相沢君は誰の力も借りずに生活しようとしていると考えるべきでしょうね。」
「だから商店街で買い物したんですよ、きっと。」
 なるほど、とうなづく顔がちらほら。だが、あゆはそうは思わなかったらしい。
「それにしてはずいぶんと大事そうだったよ。」
 両目と鼻の頭を赤くしながら喋るあゆ。
「それこそ壷を運んでるみたいだった。落としたら割れちゃうような感じだった。」
「きっとお皿も買ったんですよ。御飯食べるのにお皿がないと困るじゃないですか。」
「祐一がお皿なんて買わないよ〜。」
 ツッコミを入れたのは名雪だった。そんな馬鹿な事がとでも言わんばかりに、ぱたぱたと手を振っている。
「祐一が自分で用意する御飯なんて、いっつも牛丼かコンビニのお弁当なんだから。お皿なんて使わないよ〜。」
「そうね、私も違うと思うわ。相沢君って食べ物に頓着しないタイプだし。」
 栞が学校に来ていない頃、祐一の昼食は学食の事もあったし、売店のパンの事もあった。その時に様子を見る限りでは、祐一は昼食のメニューを味よりも値段で選ぶ傾向があった。
「えぅ〜、大当たりだと思ったのに……」
 しょんぼりとする栞。香里がなぐさめる。
「そう落ち込まないの。ここにいる誰にも箱の中身なんてわからないんだから…… 何ですか?」
 最後の言葉は舞への問いかけだった。舞は先ほどの栞の真似をしてか、手を上げている。
「祐一は、どこで寝ているの?」
 その一言に顔を見合わせる在校生の女の子たちプラスあゆ。
 確かに舞に疑問のとおりだ。誰の助けも得ずに生活しているのなら、食べ物以上に問題になるのが寝る場所だ。
「橋の下、かな?」
 ぽつりと言うあゆ。本人もあまり自信がなさそうだ。
「え〜っ?」
「やだ、そんなの。」
「いくら祐一さんでもそこまで……」
 口々に疑問を述べる女の子たち。
 だが、そこで美汐は佐祐理の表情に気づいた。佐祐理はさっきから特に意見を述べず、黙ったままみんなの意見を聞いている。その表情は温和で、佐祐理自身には意見が無いように見える。
 しかし、それが逆に美汐には疑問に思えた。なぜなら、ここで話し合っているのは他ならぬ祐一の事である。佐祐理が祐一の事に関して、何も意見をもたないとは思えない。と言う事は、意見があるにもかかわらず、それを言わないでいるのに違いない。
「あの、もしかして、佐祐理先輩は相沢さんから適当な隠れ家がないかどうか相談を受けたのではありませんか?」
 女の子たちの視線が一斉に美汐に集中する。
「あははーっ、何の事でしょう?」
 佐祐理の笑顔がわずかに引きつったのは気のせいではない。女の子たちの視線が、今度は一斉に佐祐理に集中する。
「もしかして、相沢さんから空いている別荘か何かがあったら貸して欲しいと頼まれたのではありませんか?」
「……………」
 佐祐理の沈黙は美汐の推測が的を得ている事を如実に表していた。
「倉田先輩!」
「佐祐理先輩!」
「佐祐理さん!」
「佐祐理……」
 口々に佐祐理に圧力をかける女の子たち。佐祐理は再びだらだらと冷や汗を流し始めた。
「あははーっ、美汐さん、鋭すぎます。でもごめんなさい、佐祐理は祐一さんとの約束を敗る事はできません。」
「そんな!」
「佐祐理先輩、やっぱり紅生姜の刑だよ〜」
「この期に及んでそんな言い訳、嫌いです!」
「人として不出来だと言わざるを得ません。」
「うぐぅ、佐祐理さん、意地悪だよ。」
 一気に険悪なムードになる女の子たち。
 だが、とつぜん舞が立ち上がって、状況は一変した。
「佐祐理…… ごめん……」
 ぐるりと全員を見まわす舞。そして言う。
「佐祐理の別荘、知ってるから。」
「駄目! 駄目だよ舞! そんな事したら佐祐理が祐一さんに嫌われちゃいます!」
 慌てて舞に抱きつく佐祐理。だが舞の決意は固いようだ。他の女の子たちも一斉に立ち上がる。
「行きましょう!」
「行くよ〜!」
「行きますっ!」
「参りましょう!」
「ボクも行く!」
 うなずく舞。そして佐祐理に向き直る。
「佐祐理、私は祐一を助けなくちゃいけないから。」
 そして、きりりとした視線で遠くを見つめる。まるでそれで祐一の姿を見通せるかのように。
「もしそれで祐一に嫌われても構わない。」
 佐祐理を除く全員がうなづいた。


Prev. Root Next

Copyright © 2003, exit