人として不出来なこと

(5/9)
Prev. Root Next


5. 天野美汐、再び回想する

 佐祐理の別荘へ向かうバスの中で、美汐はぼんやりと物思いに耽っていた。
 美汐以外の女の子たちも全員このバスに乗っている。佐祐理は祐一から口止めされているとは言え、皆が別荘に行くと言い出したからには、一緒に来ない訳には行かなくなってしまったようだ。困ったような顔をしながらも一緒に来ている。
 あゆが目撃した祐一は、駅前のバスロータリーに向かっていたらしい事が判明した。駅前の交番のお巡りさんが、でかい箱を抱えた高校生らしき男の事を覚えていたからである。祐一に間違いない。
 お巡りさんの証言によれば、祐一が立っていたバス停は、確かに佐祐理の別荘のある方面へ行くバス停だった。祐一の行き先は別荘だと見て間違いないだろう。もはや佐祐理の協力の有無にかかわらず、女の子たちは佐祐理の別荘へ行く決意を固めていた。


 通り過ぎる景色を眺めながら、美汐は自分が体験した奇跡の事を思い出していた。その奇跡が自分にもたらした災禍を。そしてその災禍から救ってくれた祐一の事を。
 祐一がいなければ、美汐はずっと一人ぼっちで殻に閉じこもったままでいた事だろう。美汐の心は自力では悲しみから抜け出す事ができなかったのだから。
 美汐は思い出していた。ほんの一時期、自分の心に入り込み、居座り、そして去って行ったあの子の事を。
 今でもあの子の事を思い出すと、心臓を締め付けられたような気分になる。何もできず、何も気づかず、ただあの子が弱っていくのを見守る事しかできなかった自分を、美汐は死ぬまで許す事ができないだろう。たとえ祐一がいたとしても。


「祐一、また誰かを助けているのかな?」
 美汐の前の席に座る名雪が、ぽつりと言った。
「佐祐理先輩の別荘で、誰かの看病してるのかな?」
「そうかもしれないわね。」
 名雪のさらに前に座る香里が、振り返って言った。
「相沢君、あれでいて結構お節介だからね。」
 ニヤリと口の端を歪める香里。ぜんぜん笑っているように見えない。
「うぐぅ。するとまたライバルが増えちゃうのかな?」
 あゆの声に、女の子たちは一斉にあゆを振り返った。
 しばしの沈黙。
「そ、そんな酷な事はないでしょう。」
「そうです! そんなこと言うあゆさん、嫌いです!」
「そうだよあゆちゃん、ただでさえこんなにたくさん居るのに。」
「あゆあゆ、私、負けないから。」
「あははーっ、佐祐理も負けませんよっ!」
「もう、好きにして。」
 どうやら話は不穏な方向に向かっているようであった。


Prev. Root Next

Copyright © 2003, exit