人として不出来なこと

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6. 相沢祐一、大いに怒る

「わぁ〜、あれが佐祐理さんの別荘なんですか?」
「いいな〜、ボクもこんな家に住みたいなぁ〜」
 雑木林の向こう側に見える白い家を見ながら、うきうきとはしゃぐ栞とあゆ。
 一同はバスを降り、雑木林の続くなだらかな丘を歩いていた。このあたりは街と山との境目にあたる丘陵地帯で、周囲には牧草地が点在している。
「はい、昔は別荘ではなくて知人の家だったんですけど。いまは別荘として使っています。」
 答える佐祐理は全然楽しそうではない。
 それもそのはず、祐一に口止めされているにもかかわらず、みんなを別荘に連れてきてしまったのだから無理もない。祐一に何を言われるのか気が気ではないのだろう。
「佐祐理、元気出して。私も一緒に祐一に謝るから。」
 舞のなぐさめもあまり効果ないようである。
「本当に祐一はここに居るのかな?」
 疑問を述べる名雪。数々の状況はこの別荘を指し示してるとは言え、ここに祐一がいる絶対的な証拠はない。既に祐一がこの別荘から他の場所に移動している可能性もある。
「くよくよしないの。行ってみれば分かるわよ。」
 現実主義の香里が答える。
「そうですね。とにかく相沢さんにお会いすれば、全てが分かるのではないでしょうか。」
 美汐の答えは、なかば自分を納得させるための言葉のようだった。


 防雪林を兼ねる雑木林を抜けると視界が開け、正面に佐祐理の別荘が現れた。
 待ちかねたように走り出すあゆと栞。
「こらぁ、栞! 走ったら駄目よ!」
 香里が叫ぶが栞は聞いていない。それどころか名雪と舞も走り出す。
「祐一くーん!」
「祐一さーん!」
 別荘のまん前にたどり着いたあゆと栞が叫ぶ。仕方なく香里と佐祐理も小走りに走って別荘までたどり着いた。
「祐一ー!」
 名雪も叫んでいる。だが建物の中からは反応がなかった。
 だが、佐祐理はつかつかと別荘の玄関まで進み出ると、くるりと振り返って他の女の子たちと向かいあった。
「皆さん、私たちは祐一さんの言いつけに背いてここまで来ました。」
 ゆっくりと全員の顔を見回す佐祐理。
「祐一さんは私たちのために何も教えないんだ、とおっしゃっていました。ですから佐祐理はこのドアの向こうに私たちを不幸にするものがあるのだろうと思っています。祐一さんがそう言うからには、ちゃんとした理由があるのだろうと佐祐理は思うからです。」
 佐祐理が言葉を切ると、辺りには静寂が訪れた。女の子の誰一人として口を開こうとはしない。
「皆さん、覚悟はおありですね? この中に何があっても後悔しませんね?」
「しないわ。」
「しないよ〜」
「しませんっ!」
「しません。」
「しない。」
「しないよっ!」
「分かりました。」
 佐祐理はポケットから鍵を取り出して、ドアに向き直った。
 だがその瞬間、頭上から祐一の大声が響き渡り、佐祐理は他の女の子たち共々、上を見上げた。
「駄目だっ!」
 2階のバルコニーに祐一がいた。
 しかも烈火のごとく怒っていた。女の子たちの誰もが、一目見ただけで祐一の怒りを察する事ができた。
「佐祐理さん、そのドアを開けたら駄目だ。」
 静かに言う祐一。その静けさが逆に祐一の怒りの激しさを表しているように感じられる。
「祐一さん! お怒りはごもっともです。でも佐祐理はもうこれ以上祐一さんの言いつけを守る事はできません! 佐祐理は祐一さんから全てをお聞きするまで帰るつもりはありません!」
 堂々と言ってのける佐祐理。他の女の子たちも同意する。
「相沢君、私たちみんな佐祐理さんと同じ気持ちよ!」
「祐一、みんな祐一のこと心配してるんだよ!」
「みんな祐一さんと一緒にいたいんです!」
「相沢さんなら私たちの気持ちがわかるはずです。」
「祐一…… 教えて……」
「祐一君、ボク祐一君に怒られても帰らないよっ!」
 黙って女の子たちの言葉を聞いている祐一。だが祐一は彼女たちを受け入れはしなかった。
「みんなに心配掛けている事は済まないと思っている。でも分かってくれ。俺だって好きでこんな事をしているんじゃないんだ。仕方ないんだよ!」
「何が仕方ないって言うの?!」
「説明してくれないと分からないよ〜」
「何も言ってくれなければ納得できませんっ!」
「相沢さん、何を隠していらっしゃるのですか?」
「佐祐理も説明して欲しいです!」
「祐一…… 何をしているの?」
「うぐぅ、ボクに分かるように説明してよ!」
「駄目だ、今すぐ帰るんだ! そして俺が帰るまで、2度とここへは来ないと約束してくれ!」
 頑として動じない祐一。対する女の子たちも一歩も引かぬ構えである。
 既に日は山肌に隠れ、あたりは急速に暗くなり始めていた。春先とは言え、この地方の夕暮れはまだ寒い。このままずっと対峙している事はできない。
 ドアのまん前に居る佐祐理が、ついに決心したように言った。
「祐一さん、佐祐理をお許しください。」
 手に持ったままの鍵をドアに差し込む佐祐理。そのまま鍵とドアを開け、別荘に入り込む。
「あっ、駄目だ佐祐理さん!」
 祐一の叫び声に構わず、一斉に別荘になだれ込む女の子たち。
 祐一は慌てて部屋の中に引っ込んだ。
 女の子たちはばたばたと別荘の中を走り、階段を上って祐一のいる部屋にたどり着く。足の速い名雪が一番にドアの前にたどり着いていた。
 だがその部屋のドアはがっちりと閉ざされていて、中に入れない。
「祐一! 開けて! 開けて!」
 ドンドン! ドンドン! とドアを叩く名雪。だが祐一はしっかりとドアを押さえたまま開けようとしない。
「駄目だ! 名雪、帰るんだ!」
 ドアの内側から祐一が叫ぶ。
「舞、バルコニーから行きましょう!」
 勝手知る佐祐理が提案する。
「あっ、畜生!」
 口汚く叫ぶ祐一。窓際へ走って行くらしい足音が部屋の中から響く。
「祐一?」
 恐る恐るドアを押してみる名雪。するとドアは何の抵抗もなく開いた。
「祐一っ!」
 ばっ! とドアを開け放ち、部屋に入る名雪。その後ろから香里と栞、あゆも続く。
 一瞬のタイミングで、名雪は祐一が大きなダンボール箱をクローゼットに隠すのを目撃した。そして祐一はそのクローゼットを死守するかのように、その扉の前に立ちはだかっている。
 同時に外のバルコニーから舞と佐祐理が入ってきた。祐一には窓の鍵を閉める余裕がなかったらしく、舞と佐祐理は何の問題もなく部屋に入ることができた。
「何があったのか説明してくれるわよね、相沢君。」
「祐一〜、心配したんだよ〜。」
「祐一さん、納得できるように説明してください。」
「佐祐理も説明して欲しいです。」
「祐一……」
「祐一君、後ろに何を隠しているの?」


 美汐は最後に部屋に入ってきた。
 あまり足が速くなく、性格も内気な美汐は、みんなのように猛然とは別荘内に突入しなかったのだ。だから美汐は真打のように、ゆっくりと最後から祐一のいる部屋に入ってきた。
 だが部屋に入ってくるなり、美汐はめまいを感じて立ち尽くした。美汐の感覚のどれかが、この部屋に何かを感じていた。
 激しく祐一を責め立てる他の女の子たちには加わらず、美汐は呆然と部屋の中を見回す。
 何かが美汐の心に訴えかけていた。
 それは喜び? 怒り? 悲しみ?
 様々な感情が心の中を駆け巡っていく。
 色々な記憶が脳裏に蘇る。
 激しいディジャヴ。
 美汐はありえない感覚にとらわれていた。自分はかつてこの場に居た事があるような、そんな感覚が美汐の全身を襲っていた。
 そして美汐の心に、唐突にある情景がプレイバックする。
 それはかつて、自分が心の奥底に封印した記憶。決して2度と思い出すまいと心に誓った記憶だった。


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