人として不出来なこと

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8. 天野美汐、質問する

 一同はタクシー2台に分乗し、水瀬家へと移動していた。
「落ち着きましたか?」
 いつもの微笑で尋ねる秋子さん。
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました。」
 美汐が答える。彼女は今、居間のソファに腰掛け、両手でホットココアを持っている。
 他の女の子たちも同様に、居間やリビングで思い思いの飲み物を手にしている。そしてみんな沈痛な表情で美汐の回復を待っていた。
「皆さんも、ご迷惑をおかけしました。」
 ぺこりと頭を下げる美汐。
「い、いいんだよ、美汐ちゃん。気にする事なんてないよ〜」
「そうですよ、みっし〜。お互い様ですよ。」
 なだめる名雪と栞。
「あそこに何があったのか佐祐理にはわかりませんが、美汐さんには重大な事だったのでしょう? 知らぬ事とは言え、結果的に美汐さんを傷つけてしまったのですから、非は私たちのほうにあります。」
「そんな! お気になさらないでください。あれは… 個人的な事なのですから!」
 佐祐理の言葉に慌てる美汐。たぶん佐祐理は自分があの別荘のドアを開けてしまった事に責任を感じているのだろう。
「ボクもやっぱり祐一君の言いつけを破るべきじゃなかったんだと思うな。」
 あゆがぽつりと言う。美汐と向かい合わせにソファに座ったその顔は、しょんぼりと自分の飲み物の置かれたテーブルを見つめている。
「たぶん祐一君にはこうなる事がわかっていたんだよ。」
 うなづく一同。秋子さんもリビングでじっと聞いている。
「はい。相沢さんが予想していた事は間違いありません。」
 美汐は飲み終わったココアのカップをテーブルにおいて言った。
「相沢さんがなぜ香里先輩にだけ連絡したのか。なぜ名雪先輩や秋子さんに連絡しなかったのか。それにはちゃんとした理由があったのです。」
「え〜っ?」
「わからないわ。」
 顔を見合わせる名雪と香里。秋子さんも不思議そうな顔をしている。
「佐祐理先輩に電話したのは、隠れる場所を確保しなければならないという、必要に迫られてのものでした。でも、香里先輩に電話したのは、相沢さんがこの家に直接電話してしまうと、相沢さん自身が余計な事を口走ってしまうかもしれないからです。」
「余計なこと?」
 頭上に巨大なクエスチョンマークを浮かべる名雪。
「はい。相沢さんが今なさっていることは、相沢さん自身にとっても物凄く辛いことなのですから。」
「みっし〜、もったいぶらないで教えて! 祐一さんは今何をしているの?!」
「栞! 止めなさい!」
 香里が止める間もなく、既に美汐の身体には反応が出ていた。がたがたと震え始めたのである。
「みっし〜?!」
 慌てる栞。
 秋子さんが急いでホットココアを持ってきて、美汐に持たせた。そしてそのまま介助するかのように、美汐にそれを飲ませる。
「ほら、暖かいですよ。ゆっくり飲んでください。」
「は…い… ありがとう… ございます。」
 少し温めのホットココアをひとくち飲む美汐。
 気まずい雰囲気が女の子たちの間に流れる。
「私は… 勘違いしてました。」
 ココアを飲みながら再び喋り始める美汐。美汐が喋れるようになったことに安心したのか、秋子さんはにっこりと微笑むと、リビングへと戻っていった。
「私は、相沢さんのおかげで悲しみを克服できたのだと思っていました。でも、本当はそうじゃなかったんです。あの子はトラウマになって、まだ私の心の中に居続けるんです。」
 顔を見合わせる女の子たち。秋子さんだけは何事かを察したようだった。
「相沢さんは本当に強い人です。本当に、信じられないくらい。私など足元にも及びません。私には… あんなことは… 2度とできません!」
 じっと目を瞑って祐一の姿を思い浮かべる美汐。彼女が思い浮かべるイメージを祐一本人が見ることができたならば、俺はこんなに格好よくないと騒ぎ立てるに違いない。
 だが美汐にとっての祐一は、これ以上ないくらいに格好良い存在だった。デカプリオだろうがクルーズだろうがメではない。なぜなら祐一は、傷だらけになりながらもたった一人で苦難に立ち向かうヒーローなのだから。
「皆さんは、祐一さんのいた部屋に、誰が居たと思いますか?」
 美汐は顔を上げ、女の子たちをぐるりと見回す。
 そしてその視線は、名雪と合ったところでぴたりと停止した。
「あの部屋に居たのは祐一さんだけじゃなかったんです。もう一人居たんですよ。幽霊でも、人間でもない誰かが。」
 顔を見合わせる女の子たち。
「ヒントは匂いです。」
 そして美汐は、その日初めての笑顔を見せた。


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