ぷろろーぐ
風が、吹いた
草に覆われた丘が波立ち、風の軌跡を示す
桜が、薫る
見渡すかぎり草に覆われたこの丘に、樹の姿は見えない
街の何処かの芳香を、風が、運んでいるのだ
「春だな……」
波の上に立ち、桜薫る風をその身に受けながら、祐一が呟いた
「春ですね……」
風に髪を遊ばせ、揺らしながら。その脇に座す美汐が、呟きで応える
――― それっきり、無言
言の葉が最後の余韻を失い、刻だけが音も無く流れる
二人の間に流れる時間は、何処へと流れる時間か
識る者も、見る者もない
――― それでも、刻は流れる
奇跡が始まり、そして幕を下ろした この丘で
春を望んだ少女が、春を待たずして姿を消した このものみの丘で
刻は、ただ、流れてゆく
「あいつにも見せてやりたかったな、この景色を」
「そうですね…」
その少女への想いを
あるいは、別の思い出を
「ま、あいつには肉まんのほうがお似合いか」
「……相変わらず酷い言いぐさですね」
それぞれに抱きながら、彼等は此処へと
「なら、天野はどっちがいい?」
「私は風景ですね。心が落ちつきますから」
“強くあろう”
それが、彼らの願い
それがきっと消えた少女の望みだから
「相変わらずおばさんくさいのな」
「相変わらず失礼ですね。風流を解すると言ってください」
“微笑っていよう”
それが、彼女らの決意
それがきっと消えた少女の願いだから
そのまま、一言も無いまま
二人、ゆっくりと丘を降りて行く
風が、吹いていた
桜が、薫っていた
その、季節は―――――――
きつねのよめいり
2000-2001 rokumusai