なつのはなび

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 祐一 ――

 

 

 

 

 

 

                ちりん

 

 

 

 

ちりん                  

 

 

 

 

 

 

 

りん

 

 

 

 

 

 

          りぃん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん」

 

 

 

 

 

 

「……わさん」

 

 

 

―――声がする。

 

 

 

「相沢さん……」

 

 

 

―――誰かが、俺を呼んでいる。

 

 

「相沢さん……大丈夫ですか?」

 

―――天野……?

 

ゆっくりと開いた目に、光が痛い。

聞きなれた声から天野が呼んでいたのだとは判るが、その姿はぼやけている。

何故か光だけではなしに目が熱いのもしっくりこない。

 

………今一つ、状況が掴めない。

 

「あの……涙……」

「……へ?」

 

困惑顔の天野に指摘され、自分の眼に溜まった涙に気付く。

視界のぼやけ、目の熱さに納得しつつ、欠伸にそれを紛れさせる。

 

「……さて、何がどうなってるんだ?」

 

その質問に、天野が苦笑。

「……着きましたよ」

は? 着いた……?

「もう、皆さん、民宿の中なんですが」

……民宿……?

……あ、そうか。

「とりあえず、起こしもしないのも酷かと思いまして」

まだ半分眠っていた意識が覚醒を始め、頭の中で状況が繋がっていく。

「判った。サンキュ」

そう応え、ゆっくりとシートから起きあがる。

開いていたドアから車を降り、そこに立っていた天野の横に並び天を仰ぐ。

そのまま、大きく 伸び ひとつ。

夏の風が

その中に混じる潮の香りが心地よい。

 

―――海が、近い。

 

目の前に海、すぐ後ろには山。

蝉の声と潮騒が二重奏。潮の香りと森の香りが競演する。

「あそこです」

「お、いいね」

そんな場所で、典型的な和風の建物が山を背に映えていた。

 

 

 

 

『夏は海だ!』

そう言い出したのは、俺であったかはたまた北川だったか。

受験生の夏はオベンキョウ……そんな常識が通用する俺達ではない。

そんな折、渡りに船とはこの事か。秋子さんの旧友からの、自分の経営する民宿に遊びに来ないかとの誘い。

―――折角だし、断るのも悪いわね。

秋子さんのその一言で、全ては決定。

“美坂チーム”こと、美坂姉妹に北川。それと、天野。

つまり、俺の周りにいる連中に片っ端から声を掛けて、先方のご厄介になる事にした。

 

鈍行列車にのんびり揺られ、駅からは秋子さんの運転する7人乗りのワゴン車――レンタカーだが――に揺られ。

他愛のない話をしているうちに、だんだんと眠気が忍び寄ってきて――

そしてぐっすりと眠りこけたまま、今に至るらしい。

 

 

 

「いやはや。名雪よりも寝てしまうとは一生の不覚だ」

「……何を言ってるんですかまったく」

天野の苦笑を横目に、頭を振って睡魔の残滓を追い払う。

「よっしゃ、行くか」

「はい」

とりあえずは、部屋に荷物を置きに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

積もる話が早くも始まっていた秋子さんとその友人に挨拶をして、部屋を教えてもらう。

行ってみれば、既に荷を解いて遊びに行く準備をしている一同。

「残念、起きちまったか」

「あら、起きたのね」

「うにゅ……あれ、祐一も寝てたんだ」

「あれ、祐一さん。遅かったんですね」

……コヤツラ……揃いも揃って薄情者が……

情のない連中を目の当りにして、後ろで笑いを噛み殺している天野の人情が身にしみる。

とりあえず、北川のボディに恨みを込めた一撃入れて、俺も荷を解き始める。

何はともあれ、折角海にまで来ているんだ。目一杯楽しませてもらおう。

 

 

 

 

「いやはや相沢。海にはロマンが満ち満ちているぞ!!!」

浜辺に出た俺と天野を迎えたのは、頬が緩みっぱなしの北川の顔だった。

「北川……一応聞いておくが、そのロマンとは……何だ?」

「漢字で浪漫に決まっておろう相沢。見よ、水着の少女達が戯れる姿!!!」

「はあ……」

「これを浪漫といわずしてなんと言う?!」

「さいですか…」

……アタマ、イタイ。

見れば、天野も形容しがたい表情。というかそれ以前に、北川の視線を警戒している模様。

「さあ、漢よ! 未来は明るい!」

と、熱く語り続ける馬鹿の後ろに人影が。

「ふーん……北川君はそんな風に私達を見てるんだ……」

「みっ……美坂……」

「何考えてるのよこのドスケベ―――ッ」

「あんぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

うむ。悪・即・斬。

 

 

 

『くー……』

『わっ、わっ、名雪さん! 寝たら沈みます!!』

『うにゅ……ジャム、好きだもん』

『起きてくださ―――――い!』

向こうでは、名雪と栞が実に楽しそうだ。

「いや、見ているだけでほのぼのするな」

「……そうは見えないのですが……」

「はっはっはっ。天野、気にしたら負けだ」

「……勝ちたくもないです」

軽く頭を押さえている天野。まあ、気持ちは判らないでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえ相沢っ!!!」

「うわあああ!! やめいやめいやめ――い!!!」

ロケット花火を指という指に挟めた北川が突撃してくる。

対する俺は完全に丸腰。戦いになろう筈もない。

「俺にも装備をよこせええええ!!!!」

 

―――日が暮れて、既に夜。俺達の馬鹿騒ぎは終わる気配を全く見せない。

 

「ほ―――ら、栞ぃ!! 後ろよ―――っ」

「わっ…わっ…そんなことするお姉ちゃん嫌い―――っ」

あのド派手な音はネズミ花火と爆竹の連続コンボか。

日頃のクールさの欠片も見せず、香里が栞とじゃれている。

もっとも、そのうちの片方は半ば本気で逃げ回っている様にも見えなくもないが。

だが、まあ、あの香里が本気で笑顔を見せる事など、滅多にない。

その笑顔を前に、栞も心底嬉しそうにしているのがよく判る。

 

 

 

「風が気持ちいいですね……」

「山が近いですからね……」

「く――――」

秋子さんと美汐が落ちついた空気を創っている横で、名雪は早くも撃沈模様。

ふたり、それを横目に苦笑い。

この眠り姫をどうしたものか―――と、無言の会話をしてでもいるのか。

あの名雪よりも寝てしまった往路の車での自分が、とても情けなく見えるのは気のせいだろうか?

 

 

 

 

 

特攻隊北川から辛くも逃げおおせ、皆の様子を眺めるともなく眺める。

あまりにもパターン通りの光景が、眼前に展開していた。

思わず浮かぶ、微苦笑。

「ホントに……お約束、だな」

 

ここへ来て、この場所で。

ずっと繰り広げられている、あまりにもお約束な光景。

 

あまりにもお約束過ぎて。

あまりにも当たり前で。

だからこそ、思い出すのだ。

 

 

 

  この光景の中にいない、あいつを。

  いられない、いてくれない、あいつを。

 

 

 

春を望んだ。

その先を、望む事もなかった。

 

 

花火をしたがった。

その季節を、見る事もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「半年……経ちましたね……」

俺の心を見透かしたように、何時の間にか横にいた秋子さんが呟いた。

「ええ……もう、夏です……」

俺も、そう応える。

秋子さんはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

―――喧騒とともに、光の宴は続く。

 

 

 

 

 

 

 

何処かの家族連れが、やはり花火に興じている。

光を追って、歓声を上げる幼子。

両の手に花火を持って、くるくると。その場で回り、光の華を咲かせる。

 

「相沢さん」

 

その声に視線を戻す。

天野がゆっくりと歩いてきていた。

「どうですか?」

微笑とともに差し出して来たのは、線香花火。

「ああ、やってみるか」

火をつけると、微かな火薬の匂いと柔らかい光。

衣擦れにも似た、どこかあたたかい音がする。

 

「よし……どっちが落とさずにいるか、勝負するか?」

「ええ、受けて立ちますよ」

 

強く、弱く。衣擦れの音を響かせながら、火花が広がる。

赫い光が、ゆらゆらと波立つ。

 

「…………」

 

次第に緩やかになる火花。

光の軌跡が、枝垂れ柳のそれになる。

ゆっくり、そして静かになる。

 

「引き分け……だな」

「ええ、引き分けです」

 

まるい光は、落ちる事なく。

最後まで優しく光を放っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

「賑やかなのも、いいものですよね……」

そう呟いた天野の髪が、風に揺れる。

瞼にかかったそれをくすぐったげに払う指が、白い。

「こんなのも、どうです?」

そう言って天野が次に差し出してきたのは、二十五連発の特大。

……意外だ……

そんな思考で見た天野の顔が、悪戯っぽい表情を湛えている。

 

(あの子の処まで)

 

そんな表情の中、その真摯な眼だけはそう語る。

成程……な。

 

「よっしゃ一発でかいの行くぞぉっ!!!」

大声で宣言。

先刻の子供も、目を輝かせてこっちを見ている。

筒を引っ掴んで、火をつける。

「いよっ!!待ってました!!」

「いけ――――っ」

 

 

………………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

        夏の空に、一瞬の花畑。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

きつねのよめいり

2000-2001 rokumusai