きつねのよめいり
いくつもの季節、数え切れない風景
そして、数知れぬ思い出
―――俺と美汐が共にしたもの―――
同じ時間を過ごせること
同じ風景を見られること
そして、美汐とともに在ること
それが―――俺にとってかけがえのない宝
流れゆく季節、うつろいゆく風景
そして、二人で作った思い出
―――私と祐一さんが共にしたもの―――
同じ時間を感じること
同じ風景の中に在ること
そして、祐一さんと共に歩むこと
それが―――私にとってかけがえのない宝物
あれから―――幾百もの夜を数えた。
いくつもの季節を、俺達は二人で歩いてきた。
どんな時も傍に美汐がいて、
俺の軽口に呆れ、笑っていた。
あれから―――幾百もの朝を迎えた。
うつろう風景の中、私達は二人で並んでいた。
いつだって横には祐一さんがいて、
私をからかいながら、共に歩いていた。
木々を揺らし飛び立つ鳥の羽音を聞き、その音に身を委ね。
落葉の形を比べてはその一つ一つを夕陽にかざす。
そうして、自然の営みを垣間見るような。
そんなふとした瞬間にすら、俺は感謝する。
山々の向こうに沈む夕日の光を見つめ、その光に身を任せ。
空を渡る風の声に遠い何処かに想いを馳せる。
そうやって、悠久の時の流れに触れるような。
そんな他愛ない瞬間にさえ、私は感謝する。
ふとした、他愛のない
なにげない風景に
その中に生きる全てのものに
自分達を生かしている、この世界の全てに
そして、積もりゆく刻に
――――ありがとう―――― と
束の間の奇跡が幕を閉じ
一人の少女が消えていった。
――――― そうして、時が動き始めた ―――――
動き続ける時は
先へと進みゆく季節は……やがて一つの到達点へと
――――― それは、次のスタートライン ―――――
そしてまた、刻は動き出す。
時は、進む。
決して止まる事無く。
――――― 再び、季節はうつろう ―――――
風の吹く丘
奇跡が幕を下ろした場所
新たな刻の幕が開いた場所
―――全ての始まりの地
風に波打つ草の中、
寄り添うように、人影、二つ。
梅雨の合間の嘘のような晴れ間。
空は、蒼く
雲は、高く
微風、何処かより来たりて
また、何処かへと。
ここは、風の吹く丘。
―――風の辿り着く場所
「……私達、結婚します……」
応えは、無い。
それでも、美汐は呼びかける。
ここにはいない、誰かに向かって
それでも、美汐は呼びかける。
その、言葉に。言霊に。
ありったけの想いを乗せて。
―――ここは、風が辿り着く場所だから。
―――風は、想いを乗せて巡るものだから。
爽、と。
風が、騒いだ。
美汐の想いに応えるように。
「祐一さんの、あなたへの想い
あなたの、祐一さんへの想い
―――二人の間の、絆」
ゆっくりと、ゆっくりと、美汐は言葉を紡ぐ。
「全部ひっくるめて、
私は祐一さんを好きになりました」
その想い、吹く風に乗せるように。
「私達にとって、あなたはずっと家族です。
これからも、いつまでも」
声が、詰まる。
「でも……前から……思っていました。
私が…あなたから……祐一さん……を…………」
嗚咽まじりの、辛うじて発せられる言葉。
「だ…から………」
祐一が、震える肩に手を乗せる。
「あれ…? ……もう……何が言いたいんだか……」
流れる涙は止まることを知らず、
ただ、美汐の頬を伝い、流れ落ちる。
ぽつり
美汐の上に
祐一の上に
そして、そよ風に波立つ草の上に
空からの、ひとしずく
「……雨? ……こんなに晴れてるのに……?」
澄んだ空からの光を浴びて、
舞い続ける、光の滴たち。
雨が降っていた。
どこまでも深く蒼い空から、
光のかけらが、音もなく舞い降りていた。
二人を包み込むように、見守るように。
静かに、
優しく。
「天気雨………きつねのよめいり………」
「祐一……さん…?」
美汐の肩を抱く手に、力がこもる。
「……“おめでとう”………だとよ」
「え………」
気がつけば。
祐一の頬にも、光る物があった。
「幸せに………なろうな………」
「はい………」
雨は、しばらくの間、ただ静かに降りつづけ…………
二人が、丘を後にする頃、
やはり、静かに止んでいった。
もしも、人が、途中で倒れた誰かの分まで生きられるのならば
それは、その想いのみが成し得る奇蹟。
想いを語る言葉など
誰も持ち合わせてなどいないかも知れないが。
……………いや
言葉など要らないのだろう。
――――はじめに言葉ありき――――
では、ないのだ。
――――はじめに”想い”ありき――――
こう、なのだ。
想いは、全ての源だから。
言葉すら、想いから生まれ出ずるものなのだから。
だからこそ
彼らは、祈るのだから
二人は、歩き続ける。
今はいない、少女への想いと共に。
二人は、前へと進んで行く。
消えていった少女の分までも生きる為に。
“強くあろう”
それが彼らの願い
それがきっと消えた少女の望みだから
“微笑っていよう”
それが彼女らの決意
それがきっと消えた少女の願いだから
そして、二人は
未来を紡ぐ。
この、風の吹く丘から―――
Fin
きつねのよめいり
2000-2001 rokumusai