Kanon Short Story
愛のカタチ
【祐一サイド】
「祐一、はい、チョコレート」
「おっ、すまんな、名雪」
「良いよ、いとこだもん」
「なんか悲しいぞ、それ」
はっきり言われるとちょっとへこむ。
今は放課後、帰ろうかとしたところで名雪に呼び止められチョコを渡された。
「えっ、けど本命だよ」
「おいっ、だったら最初から『本命チョコだよ』って言って渡せっ」
「うにゅ〜、恥ずかしいよ〜」
名雪はそう言って顔を赤らめた。
まぁ、確かにわざわざ言うものではないかも知れんが、今日俺にチョコくれた人間が人間全てに焦らされたり、まともな渡し方をされなかったからな。
ちゃんと言ってから渡して欲しいと思うことは当たり前の事だ。
「えっ、一体どうしたの?」
「あ、ああ、実はな……ってなんで俺の考えてたことに質問できるっ?」
「だって、声に出てたもん」
「ぐはぁ、またかい」
いい加減治らんかな、この癖。
「それで、誰から貰ったの?」
「ん?ああ、まず佐祐理さんが『舞から貰うんですから義理にしますね』って言ってチョコを渡してくれたんだ。これは良いんだが肝心の舞がチョコは1つしか渡しちゃいけないって思ってて、だったらってことで佐祐理さんにしか渡さなかったんだよ」
貰えなかった時はマジでへこんだぞ。
「へー、そうなんだ」
「まぁ、佐祐理さんが色々と教えたら『……明日持ってくる』って言ってくれたんだがやっぱ今日貰いたいよ」
「うん、そういうものかもね」
「だろー。で栞は真っ赤な顔で焦らしに焦らされた挙句渡されたのが……」
「あのバケツ一杯にチョコアイスってわけ?」
「ああ、お前もその場にいたよな。……あんなもん食えるわけ無いだろ。……でも食わなかったら香里に何されるか分からんから死ぬ思いで食ったしな」
「大変だったねー」
今回はバレンタインってことで他に応援を呼んで食べてもらう事も出来なかった。
「んで、その香里はチロルチョコしかくれなかったしな」
「それは仕方ないよ、香里は祐一の事お友達としか思ってないんだから」
「それでも酷いぞ。……酷いといえばあゆと真琴のチョコも酷かったな。……お前もうちょっと料理を教えろよ」
「うーん、二人とも頑張ってるんだけどねー」
「頑張っててもあれじゃなぁ……」
確かに上達はしているがそれでもかなり酷いもんだ。
「でも、みんなからのちゃんと全て食べてあげたんでしょ」
「まぁ、せっかく俺のために作ってくれたのに残すのは悪いだろ」
「あはは、やっぱり祐一は優しいよ」
「そうか?」
よく分からんな。
「うん、そうだよ」
「ふぅー、結局まともなのはお前と佐祐理さんからだけか。……ってまともなんだよな、名雪」
「うー、まともだよ。……ただ、イチゴを一杯入れたけどね」
「それのどこがまともだっ。……はぁー、まぁ、お前の作ったやつだから食えないものじゃないだろうけどな」
イチゴは嫌いじゃないが一杯ってのが気になるな。
「むー、ねぇ、食べたくないの?」
「いんや、食いたいぞ。せっかく作ってくれたんだし、何よりお前の手作りだしな」
「えっ、その、それって、わたしの作ったものだから食べたいってこと」
「まぁな、お前の料理なら一生食べても飽きないぞ」
うむ、さすが秋子さんの娘だけあってこいつの料理はとても美味い。
「うわぁー、うわぁー、恥ずかしいこと言ってるよ」
「えっ?……あっ」
よく考えたら今の台詞は告白してるみたいじゃないか。
「あ、あのな、名雪……」
「わ、わたしも祐一のこと好きだから頑張って料理作るよ」
「お、おう」
まぁ、いっか。
ついでに残っていたクラスのやつらに恨みがましい目で見られたのもどうでもいいことだ。
俺たちは揃って廊下を歩いている。
「あっ、そう言えば天野さんからは貰ってないの?天野さんならすっごく美味しいチョコとかプレゼントしてくれそうだよ」
「いや、確かにそうだけど、まだ貰ってないな」
「そっか。……あっ、もしかしたら下駄箱とかで待ってるかも。ほら、天野さんってちょっと古風なところがあるからそういう事してそうだよ」
「確かにそれはありえるな。……けど今日あいつに会うのは怖いんだが」
「えー、何で?天野さんっていい娘だよ」
「いや、それは認めるがこういうイベントのときの天野はちょっと怖いんだよ」
「うん?よく分かんないんだけど」
名雪は天野の思い込みの激しいところを知らないからな。
「まっ、知らないなら知らない方が良いさ。ともかくチョコありがとな」
「うん、どういたしまして」
そして俺はそのまま1階に下り、下校しようとした。
名雪の方は部活があるらしく今日も一緒に帰れないらしい。
「まぁ、別にいっか。……で、天野はと……あれ?」
予想に反して天野は下駄箱にはいなかった。
「うーん、あいつなら絶対渡しにに来ると思ってたんだがな。まっ、いいや、商店街にでも行くか」
そして俺は商店街にへと足を向けた。
【美汐サイド】
《少し前》
「相沢さん、先の帰ってしまわれたのでしょうか」
しばらく下駄箱で待っていたのですが相沢さんの姿は一向に確認できません。
「はぁー、今日は諦めますか」
残念ですが明日渡しましょう。
「放課後に渡すなどということをしなければ良かったですね」
今どき放課後にチョコを渡すというのもおかしいものでしたね。
「はぁー、しばらく商店街にでも行って時間を潰しますか」
私は深い溜め息を吐いて商店街の方にへと向かいました。
「ふぅー、時間を潰すとしても何をしましょうか。……ん?あれは……」
私はゲームセンターの前でよく知った人影を見つけました。
「なにしてるの、真琴」
「えっ、わっ……美汐?……驚かさないでよ」
「ごめんなさい、真琴。……それでなにしてるの?」
「あっ、えっと……」
真琴はチラチラと1つの機械を見ていた。ああ、あれね。
「真琴、これ、撮りたいの?」
「え、その、う、うん」
真琴が見ていたものはプリント機だった。
「でも一人で撮るのはつまんないよ。だからどうしようかと思って……」
なるほど、そういう事ですか。
「私でよければ一緒に撮りましょうか?」
「えっ、良いの?」
「はい。構いませんよ」
「……ありがとう」
真琴は嬉しそうに呟いた。
そして私たちは始めて一緒にプリント機で写真を撮った。
「えへへへ……」
私たちは近くのベンチに腰掛けて肉まんを食べています。けれど……。
「そんなに写真を撮った事が嬉しいの?」
真琴はさっきからあまり肉まんに手をつけず先ほど撮ったばかりのプリント機の写真ばかり見ています。
「ううん、違うよ。えっとね、美汐と一緒に撮れたのが嬉しいの」
そう言うと真琴は『えへへ』っと笑った。
「そう。……ありがとう、真琴。私も貴女と一緒に撮れて嬉しいわ」
そして私は真琴の綺麗な髪を撫でてあげた。
「あはは……あっ、そう言えば美汐は何してたの?」
「私ですか?……実は暇つぶし、もといちょっと気を紛らわせにね」
「なんかあったの?」
「何かあったという訳ではないのですが……実は相沢さんにチョコを渡しそびれてしまって」
「チョコ?……渡してなかったの?」
「ええ、放課後に渡そうと思っていたのですがどうやら帰ってしまわれたみたいです。……と言うことで気分転換に商店街に着て貴女に逢ったという訳ですよ」
「へー、そうなんだ。……残念だね」
真琴は自分のことのように落ち込んでしまいました。
「あっ、えっと、真琴はどうでしたか?相沢さんに渡したのでしょう、喜んでいただけましたか?」
「えっ、真琴?……うん、喜んでくれたと思うよ」
台詞の割りに真琴の表情は冴えない。
「どうかしたのですか?」
「う、うん、実はね、あまり上手く出来なかったんだ」
「出来なかったってチョコレート作りがですか?」
「うん、秋子さんとかに教えてもらったんだけどね。あゆ共々『何だコリャ。これチョコか?』って言われちゃったよ」
真琴はそう言うと溜め息を吐きました。
「祐一喜んでくれるかなー。迷惑だと思ってないかな」
ああ、なるほど。だから商店街にいたのですね。
家に帰って相沢さんと顔を合わせるのが怖かった。相沢さんに文句を言われるのが怖かったから。
「大丈夫ですよ、真琴」
「えっ?」
「相沢さんはきっと貴女たちからのチョコを喜んでいるはずですよ」
「そうかな?」
真琴は自信無さげです。
「勿論ですよ。貴女たちのプレゼントを相沢さんが喜ばないはずがありません」
「えっ、どうして?」
「そうですね。……相沢さんと私はよく商店街で会うんですよ。その時相沢さんが商店街に来る理由なのですが、真琴へ何か面白そうな漫画を買いに、とか肉まんを買いにとかそういう理由で来ていることが多いのです」
「えっ?」
「何故買いに来てるんですかと訊きましたら、真琴が頑張ったご褒美にとか、真琴にちょっと悪い事を言ってしまったからお詫びのしるしにとかそういう理由らしいですよ」
「そう、なんだ」
真琴はちょっと嬉しそうですね。
「それでね、真琴の事が好きなんですかって訊いたんですよ」
「え、ええっ!?……それでなんて言ってたの?」
「えっとですねぇー、ちょっと口篭ってから相沢さんはこう言われましたよ。『いや、恋愛感情はないと思うんだが。……ただ、あいつが頑張ってる姿とか笑ってるところが好きだからつい何かしてやりたくなるだけだ』だそうです。良かったですね、真琴」
「……そうなんだ、祐一あたしの事そういう風に見ててくれたんだ」
私の伝えた言葉を噛み締めるように真琴は呟いた。
「真琴、今回のチョコレート作り、頑張ったんですよね」
「う、うん、何度も何度も失敗してがんばって作ったよ」
「なら大丈夫です。相沢さんはきっと喜んで残らず食べていますよ。……ただあの方は結構恥ずかしがり屋ですから誰も見ていないところでこっそり食べてる可能性はありますね」
「あは、そうかも……あっ、じゃあ、あゆのも?」
「でしょうね。あゆさんもあなたと一緒で頑張って作ってくれたのだから残さず食べたいと思うに違いありませんよ」
「そっか、良かった。……じゃあ、あゆにも教えてあげなきゃ」
そう言って真琴は本当に嬉しそうに笑いました。
でもあゆさんのことをそこまで気遣っているなんてやっぱり真琴は優しいですね。
「そうだ、美汐」
「なに、真琴」
「美汐が祐一に渡そうと思ったチョコレートってどんなの?」
「ん?見ますか?」
「良いの?」
「ええ、構いませんよ」
わつぃはそう言いながら鞄からチョコレートの入った包みを出した。
「な、なんか大きいね?」
「そうですか?栞さんが持ってきていたチョコほどではないですけど」
どこに入れていたのか知りませんが相沢さんのところにお弁当と一緒にとてつもなく大きなチョコを持っていく姿を見かけました。
「ま、まあ、栞と比べたら確かに小さいけど……中身は?」
「待っていてください。今開けます」
私は包装紙を破らないように丁寧に開けて中を見せた。
「………これって本命チョコだよね」
「当然です。それ以外に見えますか?」
「ううん、見えない。……けどかなり直接的だね」
なぜか真琴は引きつった笑みを浮かべて私のチョコを見ている。
「周りくどいやり方はしたくなかったので。これなら気持ちが伝わるでしょう」
「か、確実にね。……けどだったら本当に今日中に渡したかったね」
「そうですね、本当に」
本当に残念です。
「そう言えば商店街で結構祐一と会うって言ってたじゃない。もしかしたら今日も会えるかもよ」
「まさか、相沢さんは先に帰っているはずですよ。……けれど、もし逢えたら運命ですね」
「う、運命って……」
「違いますか?離れ離れの二人が導かれるように出会う、これが運命で無くてなんだというのですか?」
「あは、あははは……。えっと、そうだね」
「でしょう。……でもそれはまず無いですね」
「う、うん、そうかも」
そして私たちは黙り込んでしまった。
「さてと、そろそろ帰りませんと、秋子さんたちが心配しますよ」
「うん、そうだね。じゃあ美汐、また明日ね」
「はい、また明日」
真琴は元気よく手を振ると商店街を駆けて行きました。
「さて、私もそろそろ帰りますか」
真琴の姿が完全に見えなくなりしばらくしてから私はそう呟きました。
「真琴のお陰で少しは気も晴れましたしね。……でもやっぱり運命というものは無いんですね」
私は溜め息を吐きつつベンチから立ち上がろうとしました。
「なにが運命というものが無いんだ?」
「へっ?相沢さん?」
「おう、相沢さんだぞ」
そこにいたのは紛れもなく相沢佑一さん、その人でした。
【祐一サイド】
俺は商店街を歩いていると見知った顔に出くわした。
「あれ?祐一?」
「よっ、真琴。なにしてんだこんなとこで」
「えっ、あ、その、ちょっと暇つぶしに。……祐一は?」
「俺も同じだよ。……せっかく逢ったんだ、肉まんでも食うか?」
昼にチョコを貰った時酷い言い方をしちまったから気になってたんだよな。
ここで肉まんでも奢って機嫌を直してもらおう。
「あっ、良いよ、真琴は」
「うん?いつもはすぐ付いて来るのに今日は遠慮してるんだな。良いから来いよ、奢ってやるからさ」
俺は再度誘ったが。
「いいよ、あたし今から帰るつもりだったしね。……それにさっき肉まん食べたばかりなんだ」
「何だ、そうなのか。けどせっかく奢ってやろうと思ってたのにさ」
こういうときくらい奢ってやりたかったんだがな。
「じゃあそれは今度ね」
「ふん、俺は気が変わりやすいんだ。今日じゃなかったら奢ってやらんぞ」
「ふーん、良いもん。……じゃあ、真琴帰るね」
「おうおう、帰ってしまえ」
「なによその言い方ーっ。……あっ、そうだ、肉まん屋さんの前に行ってくれないかな」
「はぁ?何でだ?」
「いいからさ。んじゃあねぇー」
真琴はそう言い残して走り去ってしまった。
「何だ、一体。……けど機嫌良さそうで良かった」
真琴が走り去った方向を見ながら呟くと、俺は真琴に言われたとおり肉まん屋の前に向かった。
「えっと、ここだな。……けどここに何があるって……天野?」
肉まん屋の前のベンチには天野がぽつんと座っていた。
「はぁー、なるほど。真琴が機嫌が良かったわけはこれか。……でもなぁ、今日天野に会うのは嫌だなぁ」
こういう日は余り天野に関わりたくなかった。
「教えてくれた真琴には悪いけど、今日はこのまま帰ろうかな……」
俺はそう思ったがもう一度天野の方に視線を向けてみた。
「けど、なにしてんだあいつ」
天野は寂しそうな顔で溜め息を吐いていた。とても寂しそうに。
「たっく、仕方ねえな」
その天野の様子を見たら帰るという選択肢は頭の中から消えていた。
「真琴のお陰で少しは気も晴れましたしね。……でもやっぱり運命というものは無いんですね」
天野は寂しそうに呟くとベンチから立とうとした。
「なにが運命というものが無いんだ?」
「へっ?相沢さん?」
「おう、相沢さんだぞ」
俺は笑って言ってみた。
「……運命というものはあるんですね」
天野は嬉しそうに呟いた。
「はい?何の話だ?」
「いえ、ただ相沢さんと逢えて嬉しいだけです」
「は、はぁ……」
うーん、やっぱり関わるべきじゃなかったかな。
「相沢さん」
「な、なに?」
「相沢さんは運命って信じますか?」
「いや、あんまり信じてないようなあるような……」
まぁ、名雪やあゆたちに逢ったのが運命だって言われればあるのかもしれないが、そんな言葉で片付けたくは無いぞ。
「私は今改めて実感しました。あの時相沢さんと真琴に出会えたのもそうですが、今日相沢さんに出会えたのも運命なのかもしれませんね」
「は、はぁ……運命ね」
「はい」
天野は嬉しそうに言った。
「でも今日ここに来たのは真琴に聞いたからだぞ」
「えっ、真琴ですか?」
「ああ、真琴がここに行ってみてくれないかって言ってな。来てみたらお前がいたってわけだ」
「そう、なんですか」
天野は少し落ち込んでしまった。まずったかな。
「いや、あのな……」
「でも商店街に来たのはなぜですか?……それも真琴に言われて?」
「まさか。ちょっと学校帰りに暇を潰そうと寄っただけだ」
「そうですか。ならばやっぱり運命と言うものはあるんですよ」
「だから運命って………まぁ、あるかもな」
「はい。そうですよ」
天野の笑顔がとても綺麗に思えたから俺はそれ以上言うのは止めた。
まっ、天野が笑顔になるならわざわざ言う事もないか。それにもしかしたら運命ってのはあるかもしれないしな。
「それでなんか用があったのか?」
「えっ?」
「違うのか?運命とか言い出してるからてっきり俺に会いたかったのかと思ったんだが」
自惚れてるかな。
「い、いえ、渡したいものがありまして」
「えっ?なにをだ?」
「もう、分かってるでしょう。今日はバレンタイン・デーですよ」
「え、ああ、なるほど。チョコレートか」
「はい。そうですよ」
天野は鞄からチョコを取り出そうとした。
天野が作ったって事は味は保障済みだな。それに変な物を入れてる危険性も少ない。
「相沢さん、どうぞ」
「ああ、ありがとう……って、でかいぞ、おい」
「そうですか?栞さんの物より遥かに小さいですよ」
「あれを比較対象にするなっ」
あんなバケツ一杯のチョコアイスと比べたらどんな物でも小さいに決まってる。
「けれど、これが私の愛の大きさ、愛のカタチなんですから仕方ないです」
「お前言ってて恥ずかしくないか?」
天野はかなりの恥ずかしがり屋のはずだ。
「いいえ、相沢さんのためですから耐えられます」
けれどかなり思い込みが激しい性格だった。
「まぁ、良いけど。じゃ開けて良いか?」
「い、良いですけど、その……人前ではちょっと恥ずかしいです」
「……何を作った何を」
俺はもらったことをちょっぴり後悔した。
「ふぅー、開けるぞ」
「はい。お願いします」
俺はドキドキしながらチョコの包みを開けた。……なんでチョコの包みを開けるのにドキドキしなくちゃならんのだろう。
「……よし、ほっ」
俺は思い切ってふたを開けた。そこには……。
「おい、天野。これは何だ」
「えっ、バレンタインのチョコですけど」
「いや、それは分かるんだが……このでっかい文字は何だ?」
ハート型のでっかいチョコレートにはみ出さんばかりに大きな文字で『LOVE』と書かれ、その下には『for Yuuichi.A』とこれまたでかでかと書かれていた。
「お前直接的過ぎるぞ」
「そうですか?想いがしっかり伝わると思ったのですが」
「いや、まあ、確かにそうだが。……お前いつの人間だ」
今どきこんな物をプレゼントするやつがいるとは思わなかった。
「なに言ってるんですか。相沢さんの一学年下ですよ」
天野はそう言って微笑んだ。……うーん、やっぱ雰囲気は成熟した女性って感じなんだがな。
けどなんか好きだな、天野の笑うとこって。なんていうか安らげるな。
「まぁ、ありがとな。もらえて嬉しいぞ。……あー、で、これは当然本命だよな」
「はい、本命チョコですよ。……だって私は相沢さんのことが……はぅ……」
天野は台詞の途中で顔を赤らめて俯いてしまった。こういうところは可愛いんだけどな。
「コホンッ……ともかくありがとう。じゃあ、俺はこれで……」
ガシッ
「待ってください」
「ま、まだ何か?」
天野は俺の服を離そうとしなかった。
「感想、聞かせてください」
「あ、ああ、ちゃん明日言ってやるよ」
「いえ、今聞かせてください」
「……それはこのばかデッカイ恥ずかしいチョコを往来で食えと言う事か?」
「そう言うことになりますね」
「断る」
「ウグッ……」
「泣きそうな顔をするなっ。……たっく反則だぞ」
こんなところで泣かれたら俺は完璧、悪人だ。
「だって、相沢さん私のことが好きなはずなのに意地悪な事を言うんですから。……はっ、まさか好きな娘を苛めてしまうタイプですか?」
「あ、あの、何を言ってるのかな。何でそんな事」
「だって笑顔が好きだとか、可愛いだとか、天野からチョコを貰えて嬉しいだとか言ってたくせに」
天野はまだ俯いたままだ。
「そりゃ言ったが……って、笑顔が好きだとか可愛いだとかは言ってないぞ」
「いえ、しっかり口に出てましたよ」
「えっ?あの、まさか……」
「ええ、その通りですよ。始まりは……えっとですねぇー、『お前いつの人間だ』の辺りから後、全てですね」
「うぐぅ……」
いつもの癖が出ていたらしい。
「ていうかお前冷静に言うなよ」
「あっ、つい泣きまねを忘れてしまいました」
……こいつは。
「と言う事で食べてください」
天野はにっこり微笑んで迫った。
「あっ、えっと、家で……は恥ずかしいから部屋で食ってやるから」
俺はそろりそろりと天野と距離を取って。
「えっ、あの……」
「じゃあなっ」
一気に家の方向に向かって走った。
そりゃもう、いつも名雪につき合わされて走ってるスピード以上に。
「あっ、ま、待って下さいっ」
待てるかっ。
天野の言葉を受け流しつつ俺は激走した。
【美汐サイド】 das Ende
「行ってしまいました。……残念です」
感想を聞きたかったのですが。
「でも食べてくれると言ってくれました。……それに嬉しいと。……良かった」
ちょっと強引だったかもしれません。
けれどあの人に食べて欲しかったから。そして私の心をちゃんと知って欲しかったから。
「叶うことなら美味しいと言って欲しいです。そしてまた作って欲しいと言ってもらいたいです。……そして好きだと」
相沢さんの気持ちを訊くのを忘れてしまったから。
それでも私は。
「大好きですよ、相沢さん」
微かに私は呟いた。
【祐一サイド】
「はぁー、さすがに追って来ないよな」
俺は商店街を抜け名雪の家にへと歩いていた。
「はぁー、疲れたな」
全力疾走で走ったからかなり疲れた。
「……食べてやるか」
この辺りは人通りが少ないし、疲労回復にはチョコは打ってつけだ。
「けど恥ずかしいぞ、これを食べるのは………カリっ」
一口食ってみた。
「……やっぱり美味いな。それに俺好みの味だ。………俺に食べてもらいたくて頑張ったんだろうな」
俺がチョコを受け取った時の天野の顔を思い浮かべると自惚れたくなる。
「あいつ本当に嬉しそうだったな。それだけでも貰って良かったと思えるな」
こんなでかいチョコをずっと鞄に入れてたんだよな。
「もしかしたら俺にこれを渡したくて学校で待ってたんじゃあ……いや、まさか」
それこそ本当に自惚れだ。
「でも本当に美味いな。……こんなでっかいのかなり苦労したんだろうな」
いや、それはあゆや真琴達にも言えるな。
「はぁー、ホワイトデーのお返しが大変だな。……けどあいつらには喜んでもらいたいな」
俺は天野のチョコを半分ほど食べたところで再び歩き出した。
「それにまたあいつらのチョコを食ってみたいな。………うん、当然こいつのもだな」
半分になってしまった天野のチョコを見て呟いた。
「けどあいつももうちょっと何とかならんのかなぁー」
積極的になった天野を嬉しく思いつつ、強引なあいつの姿を思い出して苦笑してしまう。
「さっ、帰るか」
俺は鞄の中にチョコをしまうと家に向かって歩き出した。
きっと家に帰ったら帰ったで名雪たちに感想を訊かれる事だろう。
それが鬱陶しくもあり、褒めてやった時のあいつらの喜んだ顔を思い浮かべて嬉しくも思う。
あとがき
一から作り直しました。
結局製作時間は4時間しかありませんでした。
上手く出来たかどうか不安です。
内容としてはラジオドラマ版美汐のテイストを出来るだけ出せたような気がします。