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Kanon Short Story
Valentine(後編)



「はぁはぁはぁはぁ……」
 私はいつの間にか学校の屋上に来ていた。
「……誰もいないですよね」
 この時期屋上に来るような人間がいるとは思えなかった。
 ストンッ
 私は壁に背を押し付けて崩れ落ちた。
「何をしているのでしょう、私は。真琴のためだとか名雪さんたちに遠慮してるなどと言って。……そんなのただの言い訳なのに」
 私は最低最悪の言葉を大切な存在に向かって言ってしまった。
「私が相沢さんにチョコを渡さないのはただ単に勇気が無いから。相沢さんに友人だと言われるのが怖かっただけなのに……それなのにあんな事」
 私は最低の言葉を言ってしまった。自分の弱さを見ないようにしていた。
「……自分の弱さを自覚したくなくて真琴への思いを利用した。その結果真琴にあんな感情を抱き、あんな言葉を浴びせてしまった……最低、最低だわ」
 大好きな真琴にあんな言葉を言うなんて。自分の感情を否定した結果がこれだなんて。
「ごめ……真琴。ヒッグ、大好きなのに。……貴女のこと好きなのに……ウグッ、あんな事を言ってしまって………」
 真琴への詫びの気持ちで一杯だった。
「私が勇気を持てなかっただけなのに……ウグッ……貴女にあんな……酷いこと言ってしまって……ヒッグ……こんなにも大好きなのに……ごめんなさい、真琴」
「あたしも美汐のこと好きだよ」
「えっ?」
 私は驚いて声がしたほうを振り向いてしまいました。
「まこ……と」
 そこには真琴が立っていました。走ってきたのだろう、額に汗をびっしょりをかいて。
「ごめんなさい、真琴。あんな事を言ってしまって。…………確かにああいう風に遠慮してしまっているところはあるかも知れないわ」
 きっと真琴は私を心配して探しに来てくれたのだろう。その心遣いが嬉しく、同時に辛い。
「美汐……」
「けれどそれは言い訳に過ぎないわ。……ただ私は怖いだけ、自分の気持ちを伝えるのも相沢さんの気持ちを知るのも。そしてそうする事で貴女との関係が変わる事が怖いだけ」
 私が臆病なだけなのだろう。それなのに自分に言い訳をして真琴を傷つけて……。
「それなのにあんなこと言ってごめんね」
 ギュッ
「えっ、真琴?」
 真琴は私の身体を抱きしめてきた。
「止めて、真琴。慰めなくて良いから、私がただ弱いだけなんだから」
 自分独りで立ち直れる。自分独りで気持ちに決着を着けることが出来るはずです。だから真琴に迷惑を掛けたくない。
「ねぇー、真琴一緒にいるからさ。美汐が悩んでるなら全部聞くからさ、だから独りで抱え込まないでよー」
「ま、こ、と?」
「あたし美汐の親友、だよね。だったら教えてよ、美汐が悩んでる事。……それとも真琴じゃ美汐の助けにはならないのかな」
 ギュッ
 私は真琴の体を抱きしめ返した。
「そんな事無いです。真琴は私の親友、大切な存在です。……けど言って良いのですか?きっと嫌な気分になってしまいますよ」
「大丈夫だよ。だって美汐のことだもん、言ってくれたら嬉しいよ。……それに親友の悩みを聞いてあげたいってのは普通のことだって名雪が言ってたよ」
「そう、名雪さんが」
 おそらく親友と言うのは香里さんを指しているのでしょう。
「ねっ、だからあたしに話してよ。……祐一に渡したいんでしょ、チョコレート。あたしたちのことは気にする事無いからチャチャッと渡してくれば良いよ」
「そんな、気にする事無いからって、そんな事……」
「じゃあ渡したくないの?」
「いえ、そんな事は……無いですよ」
「だったら気持ち全て聞いてあげるから。……だから頑張って」
 真琴は笑顔で言った。
「そう、ですね。……ふふ、けれどこれでは昨日とあべこべですね」
「ん?あっ、そうだね。……あはは……」
「ふふふ……あははっ……。真琴」
「えっ、何?」
 グッ
 私は真琴を抱きしめる力をさらに強めた。
「ずっと友達でいてくれますか?……私とずっと」
「んもう、当たり前じゃない。あたしと美汐は一生親友同士だよ」
「そう。……ありがとう、真琴」
 嬉しかった。ただ純粋に嬉しかった。

「あっ、そうだそうだ。美汐に渡すものがあったんだ」
「?」
「渡す前にいなくなちゃったからどうしようかと思ったわよ」
「え?」
「はい、美汐。貰って」
 真琴はそう言って包みを渡した。
「これ、は?」
「バレンタイン・デーのチョコレートだよ。……えっと、どうかな?」
「……えっ?これは、あのチョコレート?」
 包みを開けると中に入っていたのは真琴が最初に作ったチョコレートだった。
「これ、相沢さんに渡したのではなかったのですか?」
「別にあれを祐一に上げるだなんて言ってないよ。……えっと、それに一番最初に作ったのは美汐の食べてもらいたいからね。えへへ……」
「……ありがとう、ございます。本当に嬉しいです」
 もしかしたら今までで一番嬉しい贈り物かもしれない。最愛の親友からのプレゼント。
「……では私も貴女にチョコレートを渡さなくてはなりませんね。……一日遅れてしまいますが許してくれますか?」
「えっ?一日遅れ?」
「ええ、今日は相沢さんへの……本命チョコしか作ってきていませんから。だから新しく作ってきます」
「あは、そうだね。……うん、明日ちょうだい、美汐」
「貴女へのチョコも本命ですから安心してください」
「あっ、そうなんだ。えへへ、嬉しいな。……あっ、そうなると本命同士、両思いだね」
「ですね」
 真琴は本当に子供のように、そして本当に心の底から嬉しそうに笑ってくれた。
ありがとうございます
「えっ、何か言った?美汐」
「いえ、なにも」
「そう?……けど美汐は祐一に本命チョコを渡すんだよね。……えっと、放課後?」
「ええ、そうですね」
「うーん、今日は名雪は部活だって言ってたし、わざわざ祐一と一緒に帰る人もいないともうから、ちょうど良いんじゃないかな。」
「どういう事ですか?」
 何故相沢さんと帰る人がいないのだろう。
「だってバレンタインのチョコを、それも本命を渡したんだもん。その日一緒に帰るなんて恥ずかしいよ。……まぁ、名雪だったら気にしないと思うけどね」
「そうかも知れないですね」
「だから頑張ってね」
 真琴はそう言って応援してくれる。けれど……。
「………真琴、お願いがあるの」
「ん?なに?」
「………今のままじゃ怖いの。……そう、今のままじゃ相沢さんに気持ちを伝えるのが怖いの。だから聞いてくれない、私の気持ちを」
「えっ?……うん、良いよ」
 真琴は屈託の無い笑顔で答えてくれた。
 だから私は素直になる事が出来た。

ゥ ゥ ゥ

 キーンコーンカーンコーン
 放課後のチャイムが鳴り響きました。
 あの後私たちは寒い屋上でずっと話をしてしまったため5時間目をサボってしまいました。
 当然先生には怒られてしまいましたが二人揃ってなのでそれほど嫌ではありませんでした。……不良ですかね。
「美汐ー」
「ええ、分かっていますよ、真琴」
 真琴に呼ばれ私は席を立ちました。
「行って来ますね」
「うん、頑張ってね」
 真琴の応援を背に私は下駄箱にへと急ぎました。
「……まだ来てはいないようですね」
 真琴が言うには今日は掃除当番らしいです。
「さてと、いつ来ますかね」
 ドクドクドク……
 心臓が激しく動いている。……かなり緊張しています。

「まだですか?………来た」
 10分ほど待ったところであの人の姿を確認する事が出来ました。
「大丈夫、大丈夫」
 ドクドクドク……
 一段と心臓が激しく動く。
「……行きましょう」
 意を決して私はあの人のところにへと向かった。
 ザッザッザッ……
 ドクドクドク……
「ん?天野じゃないか。……どうした、こんなところで」
 ビクッ
「待っていたのですよ、相沢さんを」
「へっ?俺を?……なんで?」
 ドクドクドク……
「今日はバレンタイン・デーですよ。このような日に女の子が待ってる理由なんて1つしかないですよ」
「あっ……てっきりくれないとばかり思ってよ。……けど放課後に渡すだなんてやっぱり天野は古風と言うかなんと言うか」
「物腰が上品だと言ってください」
 いつも通りの会話。けれどそれは今日まで。
「別に言ってないだろ、おばさん臭いだなってさ。……うん?どうした、天野」
 ドキドキドキ……
 心臓の音がうるさい。けれどポーカーフェイスを貫こう。
「いえ、なんでもないですよ。……あの、相沢さん、これを」
 私はチョコレートの入った包みを取り出した。
「おっ、悪いな。これで俺の知り合いからは全部……」
「待って下さいっ」
「えっ?」
 相沢さんは受け取ろうとした手を引っ込めた。
「どうかしたのか、天野?」
 相沢さんは戸惑っている。それはそうだろう、渡すと言っておきながら受け取るのを待って欲しいと言ったのだから。
 でも、これは大事な事だから。
「……相沢さん、聞いてください」
「えっ、ど、どうしたそんな真剣な顔して。はははは、まるで真琴の正体を俺に教えたときみたいな……」
 相沢さんは私の様子から重苦しい雰囲気を悟ったらしく、場を和まそうと軽口を叩こうとした。
「相沢さん、聞いて頂けますか」
「……ああ、分かった。言ってみな。ちゃんと聞いてやるからさ」
 けれど私が真剣なのが分かると相沢さんは一転真面目な顔で私の顔を見た。
 ドキドキドキドキ……
 心臓がさらに早く脈を打ち出した。
「相沢さん、このチョコは義理では無いですよ」
「えっ、それって」
 ドキドキドキ……
 怖い、怖い、怖い
「つまり本命チョコ、ということです」
 でも真琴は言ってくれた、大丈夫だと。だから信じよう。
「だって私はあなたのことを好きだから。……私は相沢さん、あなたのことが好きです」
 ……言ってしまった。私は恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
「あ、その……」
「あっ、べ、別に今すぐ返事を聞きただとか付き合いたいと言う事では無いですよ。……ただ私の気持ちを知って欲しかっただけですから。あの……ご迷惑でしたか?」
 恐る恐る顔を上げた。
「いいや。迷惑だなんて思わないぞ。……ふぅー、正直驚いたけどな。けど嫌な気持ちはしないぞ」
 相沢さんは微かに笑って答えた。
「えっ、では……」
「ただ答はすぐ出せないな。……俺がお前のことを好きなのか正直言って分からない」
「い、いえ、別に良いですよ。私は気持ちを伝えられただけで……」
 気持ちを伝えたにもかかわらず相沢さんの私に対する態度は変わりが無かった。いえ、逆により優しくなった気がします。
 ただそれだけで私は良い。
「ただな、お前が本命チョコだって言ってくれた時、単純に嬉しいなって思ったぞ。……ありがとな、天野」
「え、あ、その……」
 そんな風に思って頂けたなんて嬉しい。
「……それでな、チョコを渡してくれるともっと嬉しいんだが」
「へっ?……ああっ、すみません、渡すのを忘れていました」
 私は慌ててチョコを相沢さんに渡した。
「サンキュウ。……お前からもらえて嬉しいよ、天野。……ん?それとも下の名前で呼んだほうが良いか、美汐って」
 ボフッ
「い、いえ、天野のままで良いです。……そ、その下の名前で呼んで頂くのは恋人になったときで良いです」
「お、おいおい。……ふぅー、大胆だな、天野は」
「へっ?………あ、その、あぅあぅ……」
 凄まじく恥ずかしいことを言ってしまいました。
「ほら落ち着けって。……けど、ありがとな、天野」
「いえ、こちらこそ」
「じゃあ、また明日な」
 ポンポン
「へぅっ」
 相沢さんは私の頭を軽く撫でると私が何か言う前にさっさと校舎の外にへと出てしまわれました。

ゥ ゥ ゥ

 私はそれ以上その場にいるのが恥ずかしくて校舎裏にへと向かいました。
「はぁはぁはぁ……」
 全速力で走ってしまいました。
 ぺたんっ
「……恥ずかしかったです。……でも受け取ってもらえて嬉しいです」
 雪の上に座り込んで私はそう呟きました。
「ねっ、言った通りでしょ」
「えっ……ふふ、真琴ですか。見ていたの?」
「あぅー、ごめんね」
「構いませんよ。……けど貴女の言う通り難しく考える必要は無かったですね。相沢さんは驚いてはいましたがチャンと受け取ってくださいました」
「でしょう。……でも美汐のまで色目使うんだからやっぱムカツクわね」
 真琴は怒ってはいるがそれは形だけです。
「……ありがとう、真琴。……そして迷惑を掛けてしまってすみませんでした」
「もう、良いってば。だって親友じゃない」
「はい。そうですね」
「あははは……」
「ふふ、あははっ……」
 そして私たちは笑い合った。

「あははは……あっ、けど美汐」
「はい?何です?」
「美汐が祐一に告白するのは別に良いし、祐一と美汐が親しくするのも別に良いわよ」
「ふんふん」
「けどね、美汐と祐一が付き合うのは反対だからね。だってあたしだって祐一のこと好きなんだもん」
「……積極的ですね。相沢さんのことを好きとはっきり言うなんて」
「へっ?……あぅ〜、だってー、恥ずかしいけど言っとかないと。………あぅー」
 真琴は顔を真っ赤にして物陰に隠れてしまった。
「ふふ、ごめんなさい。からかうつもりじゃなかったのだけれどね」
「うー。……えっと、そのだから、真琴と美汐はライバル同士だからねっ。……覚悟しなさいね」
 ビシッと真琴は私を指さした。
 どこかの熱血系漫画の影響をもろに受けているみたいですね。まっ、そこが真琴らしいです。
「はい。……分かりました、これからは私たちは親友同士であり恋のライバルですね」
「うん、そうだよ。……じゃあ話も纏まったところで帰ろうか」
「ですね、えっと鞄は……」
「持って来てるよ」
「ありがとう、真琴。気が利きますね」
「えへへ……」
「これで体操服も一緒に持って来てくれればもっと嬉しかったのですけど」
「えっ?……あーっ!、忘れてたー」
 最後の最後で抜けていますねえ。
「仕方ありません。一旦教室に戻りましょう」
「はーい」
 そして私たちは教室にへと向かった。

「でも本当に良かったね、本命チョコ渡せて」
「そうですね」
「……あっ、もしかして今回が初めて?」
「それだったら悲しいです。……一応渡した事はありますよ」
「へー、誰に?」
 真琴は興味津々と言った感じで訊いてきます。
「えっとですねぇー」
「うんうん」
「……秘密にしておきます」
「えー、ケチー」
「ふふふ……」
 もう昔の事だし話すような事でもないでしょう。
「もう良いわよ。ふん」
 真琴は膨れてしまった。
「怒らないで下さい、真琴。今私が好きなのは相沢さんなのですからそれで良いじゃないですか」
「あーもう、美汐もはっきり言ってるじゃない」
「……そうですね。まぁ、昔の夢が叶ったから少し浮かれているかもしれません」
「えっ、どんな夢?」
 遥か昔、小学生の頃の夢。
「好きな人にバレンタインにチョコを渡すという夢です」
「へー、凄い凄い。子供の頃の夢を叶えたんだー」
 こんな事で感動されるとかなり気恥ずかしいのですが。
「……あっ、じゃあ今の夢は祐一と結婚したいとかそんな事なんでしょう。そうなのね」
「えっ、その……」
「うー、負けないからねっ」
 真琴は再びライバル宣言をしました。
「はい。負けませんよ」
 私もそう答えた。

 けれど本当の夢は少し違う。
 私の夢は相沢さんと過ごす事。けれどそれ以上に真琴の傍にずっと居続けたい。
 真琴の傍に私の姿があり、ずっとずっと親友であり続ける。そして叶う事なら相沢さんの姿も傍にあって欲しい。
 ……近いのか遠いのか分からない未来の記憶。
 けれどこの願いが記憶となって残りますように。

『ずっと友達でいてくれますか?……私とずっと』
『当たり前じゃない。あたしと美汐は一生親友同士だよ』

das Ende

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あとがき

 当初の予定とは違いましたが今回は愛は愛でも祐一への愛ではなく真琴にへの愛です。
 当初はもう少し明るかったのですが『愛のカタチ』と対比させたり過去のお話を書いたためにかなり重い話になってしまいました。
 けれど真琴と美汐の互いの想いに重点を置いて書いてみたのは結構良かったんじゃないかなと思うのですがどうでしょう。
 そのためちょっとバレンタインぽくないかもしれませんけどね。

 あと美汐にできるだけ『はい。』と言わせるようにしました。
 ゲーム本編中、祐一が美汐のその台詞を聞いて美汐の性格に気づくシーンがありましたからね。
 祐一曰く相手の言葉をちゃんと聞いてあげられる好感の持てる性格だとのこと。
 まぁ、狙って言わせてない部分もあるんですけどね。