バレンタイン記念SS
中西矢塚著
彼氏彼女の事象
「彼氏彼女の付き合いって何だと思う?」
「おっしゃっている意味がよく解かりません。」
彼らの会話はおおむねこの調子ではじまる。
とき、場所を関係なく唐突に展開される言葉のやり取り。
「だから、彼氏、彼女という関係とは何だと思うか聞いているんだ。」
「私は何故それを聞かれるのか聞いているのですが。」
「いや、聞いてみたかったからだ。」
相沢祐一と言うのはこう言う人間である。すなわち、唐突であり時と場所を選ぼうとしない。
そんな男を彼氏に選んでしまったのだから、天野美汐と言う少女も気苦労が絶えないであろう。
ちなみに相沢の言葉が始まる直前までは20年後の冬季オリンピックが何処で開かれるかと言う話題で盛り上がっていた。
・・・会話の流れでこの話題が出てきたと言う訳ではない。
天野は常日頃から相沢のこの唐突な発言に振り回されていた。
しかしいい加減付き合いも長い。
彼の唐突なセリフや、端から見れば奇怪に見える行動には常に何かしら彼なりの理由があることを天野は知っている。
つまり、だ。
突然飛躍した今回の会話もまた、何かしら『彼なりの』深い意味があるのだろう。
天野は一時彼の言葉の意味を考えた。
『彼氏彼女の付き合いって何だ?』
彼氏と彼女・・・。
自分達がそうなったのは果たしていつの事だったか。
それ以前とその後、自分達にどんな変化があったか。
あまり、何かが変わったと言う訳ではないかもしれない。
ただ、心の奥底に常に幸福感が漂っていた。
それでいい。
傍にいて満足であれば、ただそれだけで充分だと天野は考えていた。
だが、それは自分ひとりだけで、相沢にとってはそうでなかったとしたら?
そして導き出された結論は余りに恐ろしいものであった。
もし、相沢がそう考えているのであれば、自分は、これからどうすればいいのだろう。
確かめなければならない。
「あの、相沢さん・・・。」
天野の声は震えていた。
相沢はその意味を瞬時に理解し、返答を返した。
「違うからな。念のため。」
「相沢さん・・・?」
相沢を見つめる天野の瞳は不安で揺れていた。
相沢は天野を安心させるように言葉を選びながら言った。
「俺と天野が付き合っていると言うのが不満って言ってるんじゃないぞ。俺は天野のことを、ちゃんとって言うかその・・・愛してるし。」
最後のほうはほとんど聞き取れなかったが、天野はそれだけで満足だった。
心の中に言いようの無い安堵感と幸福感がわき上がってくる―――と、同時に疑問が鎌首をもたげた。
「それでは相沢さんは結局何がおっしゃりたいのですか?」
先ほどまでのこともあってか、言葉に多少刺がある。
「いや、その・・・単純なことなんだが。」
相沢は多少バツが悪そうに言った。
「さっきも言ったけど天野と付き合ってることに関して何の不満も無い。」
「・・・真顔で言わないでください。恥ずかしいですから。」
天野は顔を赤らめ呟く。
「ただな。」
相沢の顔は変わらず真剣だ。
「はい。」
天野もそれにつられて居住まいを正す。
「世間的に見てこの状況はどうだ?」
「・・・おっしゃっている意味がよく解かりません。」
いよいよ天野は顔が険しくなってきた。
「決まっているだろう!!」
ここぞとばかりに相沢は声を張り上げる。
「いい若いもんが日がな一日縁側に陣取ってお茶をすすっていることが、だ!!」
「相沢さん。」
「・・・解かってくれたか?天野。」
「そもそもここは縁側ではありません。」
天野は周りをちらと眺めて言った。
「私の部屋じゃありませんか。・・・先手を打っておきますけど別に畳張りというわけでもありません。」
確かに天野の言っている通りである。
ここはごく標準的な女子高生の一室である。
ただ、やはりと言うべきか、ガラス張りのお膳の上に広げられているのは緑茶に和菓子、煎餅などといった趣であった。
「そうじゃぁ無いだろう?」
相沢は涙を流さんばかりの顔で言った。
「せっかくの日曜、彼女の部屋にお呼ばれしてみれば、出てきたものは緑茶に和菓子。もうちょっとこう、別のイベントフラグが発生しても良いじゃないか!!」
「・・・はぁ。」
天野は呆然とした。
「一般論から言ってしまえば彼氏彼女というものはもっとこうらう゛らう゛(死語)であってしかるべきだ!!こんな老後を楽しむ夫婦みたいなのんびりとした昼下がりはまだ早い!!熱く激しく燃え上がってこそ・・・・って、あれ?」
多少暴走気味に声を張り上げていた相沢は天野の顔が赤らんでいることに気付いた。
「・・・どうした天野?」
「あの、相沢さんのおっしゃりたいことは、その・・・えっと、解からなくも無いんですけど・・・。」
天野の顔は真っ赤だ。
「流石に、その・・・こんなに日の高いうちから、というわけには、その・・・。」
「あ、天野さん?」
今度は相沢が呆然とする番だ。
顔を真っ赤にしてうつむいて、既に相沢のほうを見ていなかったが、それでも天野の言葉は止まらない。
「でも、その、相沢さんがどうしてもと、おっしゃるのでしたら私としても別に嫌というわけでは、その・・・・最近は、えっとご無沙汰でした・・・し。」
天野の言葉の野意味を理解した刹那、相沢は突然叫び声を上げた。
「っ!?ちっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!!!!!」
「え!?きゃっ!」
相沢はのんびりとした昼下がりに相応しくない危険な雰囲気になりつつあった空間を強引に破壊した。
「違う!違うからな、あ、天野!・・・いや、ある意味嬉しいんだけど。」
「はっ・・・、あ、あの、今のは、その・・・。」
天野はようやく自分の言っていた意味が解かってきたのかますます顔を真っ赤にしてしまった。
「とりあえず、落ち着いてくれ。」
「あ・・・ハイ。」
その言葉に天野は胸を押さえて呼吸を整える。
「で、だ。つまり何が言いたいかというとだな。」
一つ咳払いをして相沢は言った。
「はい。」
天野もいくぶん落ち着いたようだ。
「・・・、そう言えば今日は何日だっけ?」
「・・・ハイ?」
繰り返すが、相沢祐一という男は唐突な男であった。
しかしその彼女である天野も、いい加減その唐突な行動には慣れている。
突然話題を変えられても、別にそれを怒ろうとしない。
「今日は14日・・・先負ですね。」
「・・・流石は天野。最近の若い者は仏滅と大安くらいしか知らないというのに・・・流石、」
「物腰が上品なだけです・・・・・・・・・あ。」
そこで天野は相沢の真意を理解した。
つまりは、簡単なことではないか。
彼氏と彼女。
世間一般に。
14日といえば。
「相沢さん。」
天野は少し微笑んだ。
「な、何だ?」
「先ほどの質問にお答えしましょうか。」
「・・・へ?」
「彼氏と彼女というのは、言うなればタイミングと駆け引きですね。」
「・・・えっと。」
相沢は言葉が詰まってしまう。
「常に互いを意識しあい、いかに相手の気を引くか、相手に自分の思惑を悟らせないまま行動を進めるか、そんなことばかりを考えている関係ではないでしょうか。ときに遠まわしに、ときに直接的に自分の意思を相手に伝えようと微笑ましい努力をします・・・今の、相沢さんみたいに。」
天野はおかしそうに笑った。
「いや、俺は・・・。」
相沢は何か返答しようとしたが、天野の一言にさえぎられてしまう。
「ところで相沢さん。」
「な、何だ?」
天野美汐という少女は、言うなれば物腰が上品で常に穏やかで慎ましく、だからこそこの期に及んでも遠まわしな表現を使ったりもする。
「良いお茶請けが手に入ったのですが、ご賞味くださいませんか?」