- 全ツッパ -

守りには大きく分けて「全ツッパ」、「ベタオリ」、「まわし打ち」の3種類があります。
ココでは、その守りの三大原則の一つ、「全ツッパ」について説明します。

「全ツッパ」とは相手が聴牌していようがなかろうが関係無く、ただひたすら自分の手牌の都合のみで牌を切って
行く戦術です。

コレは私が回りを人を見てて思う事なのですが、ほとんどの人は麻雀がある程度うまくなってくると他家に打ち込
むことを極端に嫌う傾向があります。つまり、「ツッパリ」は中級者には嫌われる打ち方です。ナゼならそれは、

「上がりは、どんなに努力して、正着打を打ってもあがれない事がある」 という考えに対して、
「振り込みは、完全に手牌を読みきることができれば回避できるだろう」 という考えがあるからです。

つまり、振り込むということは「弱い」という事と同義だと考えるようになるからです。
上級者、中級者は自分は上手いと思っています。ですから、他人に「弱い」と思われたくないと考えています。プラ
イドが傷が付くからです。「ツッパリ」とゆう戦術は「強い」とゆうイメージからかけ離れているのです。
ですが、もちろん上手くなれば振り込む事が無くなるワケではありません。確率的に考えて勝負すべき時に、プラ
イドを捨て、危険牌を切ってでも勝負に出る、コレが本物の博打打ちだと私は思います。

しかし、それでも上級者、中級者は「打ち込みはいけないものだ」 「捨牌を無視するのはよくない」と言います。
待ち牌を予想しろと言います。 一体、なぜなのでしょうか?
コレには二つのパターンがあります。

1.親切だから。(つまり、アドバイスしてくれてるワケです。いい人です。)
2.全ツッパでこられると困るから。(つまり、ツッパリさせないタメの話術です。)

なぜ全ツッパだと困るのでしょうか?
全ツッパの場合は当たり牌をつかまない限り絶対に振り込みはないからです。
その反対に「ベタオリ」や「回し打ち」だと捨牌を読んで安全牌を探すという作業をします。他家が捨牌を読むとい
う事がわかってさえいれば、いくらでも待ち牌を出しやすくすることは可能です。つまり、迷彩に凝ることにより本
来出るはずもない牌を他家から引き出すことができるうえに、他家を聴牌から遠ざける事ができるのです。

つまりは上級者や中級者としては、捨牌を読んでくれないと困るのです。
ですから、初心者が危険牌を切るのを見ると、
「よくそんな危険牌が通るもんだ。」
「そんな危険牌切っちゃ駄目だよ。」
「そんな見え見えの待ちに振るのはバカだよ。」
などと言うワケです。
初心者は自分が上手くないという一種のコンプレックスがあるので、そういうことを言われれば、下手だと思われ
たくない一心で、打ち込みをしないようにしようと思います。そうなれば、もう初心者は上級者の思うツボです。
つまり、初心者のコンプレックスを利用して上・中級者は初心者を簡単にコントロールするワケです。
(注:もちろん本来は親切で言ってる場合がほとんどです。)

「べた降りする人」「まわし打ちをする人」「ツッパってくる人」の中で一番コントロールしやすいのは、「まわし打ち
をする人」だと思います。まわし打つということは当然、聴牌者の捨牌を読みます。
捨牌さえ読ませることができれば、いくらでもあたり牌を釣り出すことができることは先程説明した通りです。

「べた降りする人」はどうでしょうか? 確かに打ち込ませることは難しいですが、リーチ者にとってもっともありが
たい人だと言えます。(俺もベタオリタイプですけどね)
べたオリしているという事は、少なくてもあがられることはないということですから、リーチ者にとってはいないのと
同じです。ツモったときに点棒を払うだけの係だというわけです。

やはり、一番厄介なのは、「全ツッパの人」だと言えます。(俺的に。)
リーチをかけても全く降りないとゆうのは、リーチ者に重圧を与える事になります。その局にリーチ者に打ち込む事
があっても、次局から好き勝手にリーチをかけ辛くなります。少なくとも牽制のためのリーチをかける事に抵抗を感
じるようになります。すると、今まで好き勝手にリーチをかけていた人も、当然のリーチをかけるべきところでかけな
くなったりします。結果、全ツッパというプレッシャーを与え、他家の心理をコントロールする事により、相手は最善
の手段を判断・選択する事ができなくなるのです。ココに全ツッパの目的はあるのです。全ツッパとゆう戦術の最
終目的は、自分を上がらせる事では無いのです。
結局、相手は好き勝手な麻雀が打てなくなると共に、自分はそれだけ自由に打てる事になり、自由に打てればそ
れだけ選択肢が増え、勝率もあがります。コレが全ツッパの真髄なのだ、と私は思います。