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銀のラトゥラ

<9> 新たなる世界

 次の日の朝。
 学芸館のダイニングルームでは教官の3人が朝食をとっていた。
 気怠そうにサラダの具をフォークで刺しながら、セイランが話しかける。
「昨日は遅かったみたいだね。ヴィクトール」
「ああ、ロザリア様に迷子のボディーガードを頼まれたんでな。結局ゼフェル様のところに居た子供だということがわかったので、それから戻ったんだ」
 右手にトースト、左手に4つ折りの新聞を片手にヴィクトールが返事をする。
「結局見つかってしまったんだね」
「なんだ、セイランは知っていたのか」
「いや、昨日ゼフェル様のお屋敷で、根ほり葉ほり聞かれたことを考えれば解ることさ。まったく、喉まで出かかった詩も思い出せなくなったし、散々だったよ」
 溜息まじりに愚痴るセイランだった。
「セイランさんもですか? 僕もルヴァ様のお茶会から戻ったとたん、質問責めでした」
 ティムカも人知れず餌食になっていたらしい。
「で、ティムカは何を聞かれたんだい?」
「はい、昨日ルヴァ様のお茶会でいただいたお茶のことを」
「お茶だって?」
「ルヴァ様がゼフェル様から戴いたものらしいんですが、それはリットリアの匠達が飲んでいたお茶だったんです」
「おやおや、ティムカの国にもあんな風習が行き渡っていたとは。がっかりだね」
 一瞬で不機嫌さが増したセイランに驚いたティムカは、おそるおそる聞き返す。
「セイランさん。それはどういうことなんですか?」
「いや、匠のお茶を知っているということは、ラトゥラの祭に関係してるってことだろう?」
「僕は、以前父さまが視察に行った時に飲ませてもらっただけなんです。父さまが禁止したので、僕たちの国ではラトゥラのパトロンになることはできません」
「それは、君の父上が賢い人でよかったよ」
 真剣に説明するティムカの思いが解ったのか、セイランの機嫌はいくらか直ったようだった。
「ところで、セイランさんは、なぜラトゥラの祭を知っているんですか?」
「僕かい? 以前、知人からラトゥラの羽根と衣装のデザインを頼まれたことがあってね。その時に初めて実際の祭を見たのさ」
「僕は、見たことが無いんです。とても美しいものだと聞きましたけど」
「美しい? あれを美しいの一言で片づけられる人なんて、僕は信じられないね」
 あまりに冷たく言い放つセイランに、ティムカは次の言葉も出せなかった。
 ティムカとセイランの知識の間には、とても大きな溝があるらしい。
「とにかく。僕はその仕事を断ったし、それ以来見てはいないよ」
 結局、気まずい空気が流れてしまった。
 昨夜のロザリアの部屋での一件しか知らないヴィクトールは、そんな二人のやりとりが今一つ理解できなかった。
「セイラン。なぜそうそのラトゥラの祭とかいうのを毛嫌いするんだ」
「なぜかって? 簡単なことだよ。あれはリットリア周辺の貴族達の暇つぶしのために傷つけられた少女達の見せ物でしかないからさ」
「傷つけられただと?」
「ああ、羽根っていう物は体に直接取り付ける。というより彼女達の体も含めて一つの楽器なのさ」
 見る間にヴィクトールの顔が曇る。
「楽器として生きるなんて、そんなことがあるのか」
「じゃ聞くけど、ヴィクトール。昨日ゼフェル様の所へ連れていった少女の声を聞いたかい?」
「いや、ロザリア様は訳あって声が出せないからと・・・まさか!」
「その、まさかさ」
 話の流れが急につながってきたティムカが驚きながらセイランに聞いた。
「ええっ! ゼフェル様のところに居る子供ってラトゥラなんですか?」
「いや、その楽器としての要である音すら失ったラトゥだよ」
「それは何か違うのか?」
 初めて聞く言葉だらけのヴィクトールが何気なく尋ねた。
「大違いさ。羽根を無くしたラトゥは音の鳴らない楽器と同じだからね。捨てられて、おしまいなんだよ」
「おしまいって・・・どういうことなんですか?」
 今度はティムカの方が尋ねる。
「あの辺りじゃ生きて行けないってことさ」
 セイランの一言で、食卓には重苦しい空気が流れる。
 その後の流れがなんとなく見えてしまったヴィクトールとティムカは、それ以上の詮索が出来ずに、ただ朝食の続きを食べるしかなかった。
          ◇
 聖殿の一角にある謁見の間にはロザリアを通して、ゼフェルとエルンストが呼ばれていた。
 女王アンジェリークの到着と同時にロザリアが話し始める。
「皆さん、昨日の夜までのことについては陛下にご報告申し上げました。そのことについて陛下からお言葉があります」
 ロザリアが後ずさると、女王アンジェリークが静かに話し始めた。
「ゼフェルが聖地を抜け出すのはいつものこととして」
「陛下」
「いいのよロザリア。今回はその次が問題なの。ゼフェル?」
「何だよ」
「聖地へは、それなりの理由がなければ一般の人は入ってこれないわ。私も最初はそうだったし。
だから、どうしてその少女を聖地に招き入れたのか聞かせて欲しいの」
「言ったら、あいつをここから放り出したりしねーか?」
「ええ、ゼフェルは本当の保護者ではないのでしょう? なら、きちんとその方を探してからよ」
「わかった」
 今まで少し構えた姿勢を崩さなかったゼフェルが一息ついた。
 昨日までの経緯を再度説明すると、最後に一言聞き返す。
「周りの奴等は、あいつがラトゥなの知ってるから誰も助けねーんだ。そんな時に見殺しにして帰れるか? それに、ちゃんと家族とか探して帰すつもりだったんだぜ」 
「わかったわ。じゃ、家族探しは私たちが手伝ってもいいかしら?」
「ああ、知られた以上その方が早いからな」
 女王からの申し出に、しぶしぶ納得したゼフェルだった。
「では、陛下。次にその少女について王立研究院に調べさせましたので、その報告を致しますわ。ゼフェルもほぼ同様の件について調査をしていると思うけど、一緒に報告を聞いてもよろしいかしら?」
「ああ、こいつの家族が解れば問題ないんだからな。いいぜ」
「では、エルンスト。お願いするわ」
 ロザリアの指示で、持っていた報告書をエルンストが読み上げる。
「では最初に、ロザリア様より調査依頼がありました紋章の件ですが、これはスノーメイプルと呼ばれ、惑星シャンディールの貴族階級にありますグラース家の紋章でした」
「シャンディール? リットリアじゃねーのかよ」
「はい、これは間違いありません。グラース家の方には少女の件を照会中です」
「でも、あいつはラトゥだぜ。リットリアの出身じゃなきゃおかしいだろ」
「ええ、ゼフェル様に紹介を依頼された惑星リットリアですが、おっしゃる通りラトゥラと呼ばれる少女達の祭があります」
「お祭りなの?」
「一般的なものではありませんが。羽根と呼ばれる楽器を演奏する少女達の演奏競技会ですね。リットリアの貴族の間では伝統的なものだそうです」
「けっ。伝統の一言で片づけられるんだな。あんなひでーことしといてよ」
 吐き捨てるように言うゼフェルだった。
「ラトゥラはリットリアに住むごく一部の家系にしか輩出することを許されておらず、その家系に生まれた男性は匠と呼ばれる職人に、女性はラトゥラになるのだそうです」
「全員?」
「はい、その家系に生まれたもの全てです」
「では、その一族を調べれば、あの子の家族が見つかるのね?」
「そういうことになりますね」
「でも、あいつはラトゥラじゃねぇ。もうラトゥになっちまってるからな」
「それについてなのですが、リットリアの資料にはこれ以上の記述がされておりません。よってラトゥという存在については、もっと別の方向から調査しませんと」
「お払い箱になった奴のことなんか知らないってわけか! 冗談じゃねーぞ」
 ゼフェルの中には言い様のない怒りが沸々とこみ上げていた。
 そんな様子を見ても、今はどうすることも出来ないのがはがゆい女王だった。
「ゼフェル・・・」
「とにかく、オレはあいつの家族を探す。いいだろ?」
「ええ、私も・・・いえ聖地のみんなが協力するわ」
 ロザリアやエルンストもうなづいている。
「だから、一人で悩まないでね。約束よ」
 こうして女王アンジェリークのお墨付きを得た今、聖地をあげての少女の肉親探しが始まったのだった。

<10> 未来への扉


いよいよ核心に迫ってきましたね。
ラトゥの悲しい行く末も、セイランの口から語られ……
このあと、聖地を上げての少女の家族探しが始まるようです。
無事帰れることを祈ってやみませんね。

こちらはえでぃさんの小説の第9部です。

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