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PASTEL 〜SNOW ROMANCE〜

 母はきっと知っていた。
 もう二度と、父に逢えなくなるだろうということを。
 それでも母は、父を捜そうとはしなかった。
 心は繋がっている。
 それだけを、信じていたから……。

                 ◇       ◇

 その日は雪が降っていて、思わず学習そっちのけで見入ってしまってた。
「縞麗だね。あのユキネズミとかいう動物の仕業だって聞いてたけど」
 感牲の教官セイラン様が窓辺に立ってそう言った。
 淡く光る雪に照らされて、セイラン様が浮かんで見える。
 なんて絵になるんだろう。
 それに、雪とセイラン様って似てる気がする。
「少し寒いかな。全く、ユキネズミの特殊能力も役に立つのか立たないのか……。君は学習に集申出来ないし」
「あっ……すみません」
「謝る事ないよ。僕だって本音を言えば、学習を切り上げて創作に没頭したいくらいだ」
 窓の外を見やって、セイラン様が呟いた。
 裏を返せば、早く帰ってほしいということ?
 彼の言葉一つ一つが、わたしの感情を左右する。
 窓から視線を外して俯くと、自然と瞳に涙が溜まってきた。
 泣くことなんてないのに。
 今に始まったことじゃない。それなのに、こんなにも哀しくなる。
「なんて言ったっけ」
 突然の問いに、顔を上げてセイラン様を見る。
 涙目のわたしに目を合わせることもなく、セイラン様は続けた。
「ユキネズミの名前だよ。こんなやっかいごとを引き起こした張本人の名前」
 困ったように肩を辣ませて、わたしに視線を向けた。
「ポンポン、ですか?」
 目をこすりながらわたしが答えると、ふっと表情が柔らかくなった。
 時々意外な顔をする彼に対してどうしていいのか分からなくなるのは、わたしの方。
 信じられない。
 気付くのって、遅すぎる。
「ねえ、今日はここで切り上げない?」
「えっ?」
「こんな時に部屋に閉じこもっているのは、何だかもったいない気がしてね。君も一緒においで。特別に外で授業してあげるよ」
 そう言うと椅子から立ち上がり、セイラン様は執務室から出て行った。
 わたしはというと、何が起きたのか分からないまま扉を見つめていた。
 今気付いた自分の気持ちが、混乱を引き起こす。
 どうしよう。平気でなんかいられない。
「アンジェリーク」
 扉の向こうからセイラン様の声が聞こえる。
 それだけで心臓、破裂しそう。
「何やってるのさ。ほら、行くよ」
「はっはいっ!」
 慌ててテキスト類をしまうと、大急ぎでセイラン様の後 を追いかけた。

                   ◇      ◇
 
 これを着るといいよと、セイラン様は白いコートを貸してくれた。
 それは少し大きくて、不思議な気分になる。
 ああ、男の人なんだなって。
 当たり前のことなんだけれど、よく今まで平気でいられたなって思う。
「思ったとおりだ。ここに来て正解だったよ」
 行き着いた先は、森の湖。
いつも静かなのに、今日はそれに輪をかけて音がない。
祈りの滝の音も、遠くに聞こえる。
そして……。
「湖に雪が吸い込まれていく。何とも幻想的な風景だ」
「そうですね……」
「水面に映る空に還るように見えるね。どうだい? 何か感じる?」
 突然聞かれて、わたしは聞き返すことしか出来なかった。
「全く……どうして君はボケッとしてるんだい? 外とはいえ、今は学習中だよ。しっかりしないと、新宇宙の女王になんてなれないよ」
 眉をひそめてそう言うセイラン様の言葉に、わたしの心が凍りつく。
 新宇宙の女王。そのために、わたしは聖地にやってきたんだ。
 アルフォンシア。新宇宙の意志……。
 現実が、頭の中を駆け巡る。
 一番大切なものなのに、どうして忘れていられたのだろう。
 頬が冷たくて、余計涙が熱く感じる。
 泣いちゃいけない。そう思うほど、涙が溜まってくる。
「君に足りないのは、ものをはっきり言うことだね。怖がって何も言えないんじゃ、これから先やっていけない。時には決断を迫られることだってあるんだからさ。ま、それは僕の管轄外なんだけど」
 分かってる。
 傷つくことを怖がっていたら何も出来ないって、十分すぎるほど分かっていた。
 だけど、どうしても一歩が踏み出せない。
「さっきから黙ったまま。言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか。とりあえずその時間、僕は暇してるんだし」
 雪がかからないように、セイラン様は森の湖にある一際大きい樹にもたれて言った。
 わたしのこの態度がセイラン様を苛つかせてることは知ってた。
 だったら何故、そんなこと言ってくれるの?
 今日のセイラン様、どこか優しい。
「ああ、待って。君はそこにいてくれない?」
 わたしがセイラン様の所へ行こうと歩きだそうとしたとき、突然そう言われて自然と足が動かなくなる。
 拒絶されたみたいで、ここから先近づいてはいけないような気がした。
「そんなに不安な顔しないでいいよ。僕は君がこにいる風景を楽しんでいるだけなんだからさ」
 クスッと笑って、そして続けた。
「そうしていると、初めて地に降りたヴィーナスみたいだ。雪は光、コートはドレス、そして
湖は海のかわり。湖に吸い込まれる雪と同様、いや、それ以上神秘的だね」
 セイラン様の言った言葉が脳に到達するまで数秒かかった。
 ………………え?
 えええええっ!?
「そっ、そんな大それた存在じゃありません!」
 ヴィーナスって、縛麗な女性の代名詞で、それは女王陛下やロザリア様に当てはまる、わたしには縁遠い言葉だった。
 真っ赤になって思わず否定したわたしにまた笑って、セイラン様がゆっくりとこっちに歩いてきた。
 わたしはもうそこから動けなくて、鼓動ばかりが高鳴っているのが聞こえる。
 突然の感情に、どうしたらいいのか分からない。
「君は自分がどれほど大きな影響力を持っているか知らない」
 雪で濡れて冷たくなったわたしの髪を触って、それに口づけをした。
 驚いて声さえ出ないわたしをよそに、セイラン様は耳元で囁いた。
rこの僕がいい例だ」
……嘘……。
 耳を疑うって、こういうことを言うの?
 だって、セイラン様、それって、どういうこと?
 うろたえ、戸惑い、言葉を失っていたわたしに、セイラン様は微笑みながらひとつ息をはい
た。
「全く、はっきりと言わなきゃ分からないの、君は? 何のためにこの場所を選んだと思って
いるの」
「だって……」
 ようやく言葉が出た。
 掠れている。緊張で?
 でも、伝えなきゃと思った。
 何だろう。
 こんなに感情が高ぶるのは、初めてだった。
「だって、何?」
「だって、最初の学習の時ににおっしゃったじゃないですか。わたしみたいなタイプは嫌いだ
って……、人の意見に翻弄されてしまうような個性のない人は嫌いだって」
「言ったよ。だから君に興味を持った。何故君が女王候補に選ばれたのか」
 単なる興味。その事実に、胸が痛くて張り裂けそう。
『君、本当に女王候補?』
 それがセイラン様の第一声だった。
 何で君みたいなごくありふれた女子高生がこの場所にいるのか、と言われたみたいだった。
 悲しくて、寮に帰って泣いたことを思い出す。
 初対面で面と向かって嫌いだと言われただけで、どうしてこんなに悲しいのかって考えたこ
ともあった。
 今だったら分かる。
 その時から既に、わたしはセイラン様に魅かれていたの。
 抗えない強い力に引き込まれてしまってた。
人を引き付けて、離さない。そんな方なんだ、セイラン様は。
「人の話は最後まで闘くことをお勧めするよ。大事な言葉を聞き逃したりしたら、それこそ大
問題だ」
 わたしの顔を覗き込み、息のかかる距離でそう言った。
 もう頷くことが精一杯だった。
 瞳を逸らすなんて、そんなこと出来っこない。
「君への印象はことごとく変わっていったよ。新宇宙に初めて惑星が出来た時の嬉し涙を流し
ていたと思えば、ジュリアス様に怒られてこの場所で泣いていたりしてたね。それから庭園で
風の守護聖様に見せた僕の知らない笑顔。その時に初めて知った君に対する気持ち……」
 雪はまだ降り続いていた。
 セイラン様の髪に舞い落ちた雪が結晶となって溶けていくのが見える。
 それでもわたしたちはそこから動かない。
「そうなったらもう自分を止めることは出来なかった。君に魅かれることを否定しても、僕の
中でで君が特別になってることは事実だ。そして今日、確信したよ。たった今、あの光景を見てね」
 セイラン様の顔が消えた。
 そう思った瞬間、わたしは抱きすくめられていた。
 どうしていいのか分からなくて、指ひとつ動かせない。
「僕には君が必要なんだ。アンジェリ一ク。君がいないと、僕の世界は成り立たない」
 その言葉に、涙がこぼれて頬を伝った。
 愛しいと思った。とても大切な人だと思った。
 わたしは自然とセイラン様の背中に腕を回していた。
 夢じゃなくて現実なんだって、そう思いたくて胸に顔を埋めた。
 いつものわたしからは想像出来ない、大胆な行動。
「セイラン様……」
 呼んでみた。そして続けた。
「わたしもです。きっと初めて逢った時から。気持ちはついさっき気付いたけど……わたしも、セイラン様が好きです……」
「ついさっき? それはすごいね」
 わたしの言葉に笑って、抱きしめるカを緩めて呟いた。
「何かひとつずれていたら、僕の気持ちは君に伝わらなかったかも知れないんだ」
「この雪のお陰です」
 何故かおかしくなってわたしも笑った。
 告白してるのに笑うなんて、どうかしてる。
 だけど、涙が出た。
 嬉しくて、幸せで……。
「じゃあ、感謝しなくちゃならないのか。あのユキネズミに」
「ポンポンですよ、セイラン様」
「ポンポンねえ。君の名前だったら呼ぶんだけど」
 赤くなるわたしに、セイラン様はいたずらっぼく笑った。
 つられて微笑むわたしをもう一度きつく抱きしめ、そして言った。
「愛してるよ、アンジェリーク……」

                    ◇       ◇

 ピッピッと、規則正しい機械音で目が覚めた。
白い天井がぼやけて見える。
 泣き声。泣いているのは、誰?
「お母さん! お母さん!!」
 そうだ。この声を知ってる。
「レイ……チェル」
 くぐもった声。自分の声じゃないみたい。
周りを見渡すと、白衣を着たお医者様と、数名の看護婦さんたちの姿があった。
 身体中が痛い。
 ああ、思い出したわ。
 信号無視の車がわたし目がけて突っ込んできたんだ。
まだ生きてるのは、奇跡に近い。
「お母さん!!」
「夢を、見ていたわ……。懐かしい夢、を……」
 胸に力が入らない。上手く言葉が発することが出来なくてもどかしさを覚える。
「お母さん、雪が降ってるよ! お母さんの大好きな雪だよ!!」
「ええ……そうね……。縞麗ね……。だから、あんな夢を見た……のね……」
 レイチェルがこんなに激しくわめき散らすのは、久しぶりだ。
 いつから、彼に似てクールな性格になったのかしら。
 それすらも、もう思い出せない。
 19年。そんなに長い年月が経つのね。
「レイチェル……あなたを産んで……よかったと、思っているわ……。だから……幸せになっ
て……。それから……」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、心配そうに わたしを見下ろしていた。
 愛しい子……。
 わたしの、たった一つの……。
「お父さんを……恨まないで……ね。レイチェル……」
「お母さんっ!」
「わたしは幸せだった……。あの人と出逢えて、よかった……」
 それ以上、声にはならなかった。
 後は喉から息が漏れるだけ。
「お母さん!! 嫌だ!! お母さん――!!」
 とても遠くで、レイチェルの声が聞こえる。
 気が付いたら、わたしは病室の外を漂う魂になっていた。
 病室では心停止を告げる音だけが鳴り響いている。
 わたしはもう戻れない。
 暖かい光に、魂が包まれていくのを感じていた。

                        ◇      ◇

 夢を見ていました。
 とても懐かしく、哀しい夢を……。
 この幸せで泣きたくなるような夢が、永遠に続けばいい。
 そう願わずにはいられないのです。
 だから誰もわたしを呼ばないで。
 夢を見ていたいのです……。

END


甘い甘いラブストーリーですが、なんだか切なくなって来ますね。
りおさん、いつも素敵なお話しありがとうございます!
またどんどんお寄せくださいね!
そして、これを読んで下さった皆様、ご感想よろしく!↓

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