| ふたり |
彼女が肩を落として帰っていくのを、僕は私室の窓から跳めていた。
今日何度目かの溜め息。こうして背中を見送るのは、彼女がここに来たときの習慣になっている。
でも、今日だけは違った。
彼女に突き付けた言葉は、二人とも傷つく結果になった。
そしてそれは訂正することもなく、僕らはお互いに背を向けた。
夕日に消えていく小さな背中は、いつもより儚く見えた……。
「馬鹿だな、僕も。一度掴みかけた手を、自ら離すなんてね」
そう眩いた言葉が妙におかしくて、口元を歪ませる。
今まさに失ったんだ。選んだ道の先が崖の上だったみたいに、もう先には進めない。
自分で望んだ結論なのに、何故だろう。
こんなにも、胸が痛い。
「……アンジェリーク……」
もはや口癖になっていた彼女の名前が、僕の口をついて出る。
無意識とは怖いものだと思った途端、一粒の滴が僕の頬を滑り落ちた。
◇ ◇
ふと寒さで目が覚めた。
三つの宝玉のひとつ『金の宝玉』の鍵であるセキレンの謎を解くためにやってきた白き極光の惑星の風花の街で、突如降り出した雪に足止めされてしまい、僕たちは結局一泊することになってしまった。
それで明朝すぐ出立出来るように早めの就寝となったのはいいが、目覚めたのは真夜中だ。
しかも妙な夢は見るし……。
彼女がまだ女王候補の時の記憶の断片を、今夜に限って夢で見た。
女王試験が終わった後も、思い出すことなどなかったのに。
むしろ封印してきた記憶だった。
それなのに、何故今になって夢に見たのだろう。
考え始めれば眠れなくなってしまう。
息抜きをしようと、極力音を立てないようにベッドから降りて、静かに部屋を抜け出した。
廊下の窓から見える夜の風景は、降り続く雪と……天使。
ただ佇んでいるだけだった。彼女の頭や肩には雪が積もっている。
いつから外でそうやって空を見上げていたのか。
考えるよりも行動の方が早かったのは、自分自身驚くべきことだった。
宿屋から出てきた僕を凝視して、彼女は呟いた。
「セイラン様……?まだ夜明けには早いですよ?」
的外れな台詞に肩をすくめ、降り積もった雪を払う。
「君こそ、こんな時間に雪の中で何してるのさ。風邪でもひいたらどうするんだい」
「降ってる雪を真下から見てみたかったんです。でも、浅はかでしたね。ご心配おかけしてごめんなさい」
微かに微笑んで彼女は頭を下げた。
その肩が震えているのに気づく。
頬に手を当てると、氷を触っているみたいに冷たくなっていた。
ここでこうして話している場合じゃない。
一刻も早く暖めてあげることが先決だった。
「中に入ろう。体が冷えきってるよ」
「でもわたし、もう少しここに……」
「君が風邪ひくと、みんなが迷惑するっていうこと気づいてるんだろう?それでもここにいるって言い張るのかい?」
「それは……」
「さっき君自身が言っていたんだよ、浅はかだったって。その舌の根も乾かないうちに自分の行動を否定しないでほしいね」
口をつぐんで俯く癖は、女王候補の時と変わってない。
いつも自分が傷つくことを言われると、そうやって自己防衛していた。
そういえば、この旅が始まって数カ月経つけれど、彼女の心から笑った顔を見ていない気がする。
哀しそうな、寂しそうな、そんな儚げな微笑み方。
どんなにつらいことがあっても、穏やかな微笑みは変わらなかったのに。
そしてそれに気づいているのは僕だけらしかった。
よくよく見ないと分からないほど、瞳に映る微かな揺らぎ……。
「さあ、行くよ、アンジェリーク」
心に引っ掛かる何かをそのままに、僕は彼女を促した。
このままでは本当に風邪をひくどころか凍死してしまう。
動こうとしない彼女の腕を無理矢理掴んで、宿屋に入っていった。
「セ……セイラン様……あの……」
「何?」
「どこ行くんですか?」
「…………」
彼女の言葉に呆然と立ち尽くす。
そして後ろを振り向き、溜め息をついて呟いた。
「君の部屋に決まってるじゃないか。他にどこへ行くというんだい?」
「えっ!」
驚きの声を上げた彼女に、僕は人差し指を自分の唇に押し当てた。
「声が大きいよ。みんな疲れて眠っているんだから、起こすような真似はしないようにね」
「あっ……す、すみません……」
「僕も自分が眠ければ部屋に戻って寝るんだけど、さすがに目が冴えてしまってさ。もし君も同じだったら、もう少し話でもしないかい?」
僕の申し出に少し戸惑いを見せたが、軽く頷いて微笑んで見せた。
「わたしも眠れなかったんです」
「そう」
彼女は律義に鍵をかけていて―当たり前といえば当たり前だが―スカートのポケットから取り出そうとした途端、廊下に金属音が響いた。
それは彼女の部屋の鍵で、どうも手がかじかんで落としてしまったらしい。
慌てて拾い上げようとしていたが、何度も拾っては落としていた。
「あ、あれっ??」
「どれくらい外にいたのか知らないけど、自分の手が思うように動かなくなるまで雪を跳めていたの?」
僕は彼女の代わりにそれを拾うと、素早く鍵を開けた。
申し訳なさそうに俯く彼女をベッドに腰掛けさせて、毛布を肩にかける。
火を起こし、部屋に少し積んであった薪を暖炉にくべた。
「少しでも暖まった方がいい。こっちにおいで」
小さく頷くと、無言で僕の隣に座る。
それと同時に彼女を引き寄せ、毛布ごと抱きしめた。
「きゃっ!セ、セイラン様っ!?」
「大きな声を出さないでって、何度言ったら分かるのさ」
「だっ……だって……」
「だって、じゃない。こうした方が、早く暖まるだろう?それに、僕も寒くないからね」
その言葉に、観念したように軽く首を縦に振った。
全く、世話が焼ける……。
氷になって彼女の髪に張り付いていた雪が、暖炉の火で溶けだした。
どちらからとも語しかけず、僕たちは炎を見つめていた。
不思議だった。沈黙が苦にならない。
彼女とこうして過ごせる時間が、僕にとって何より大切なのだと気づく。
「あの……」
そんな静寂を破ったのは、彼女の方だった。
「何?」
「どうして、優しくするんですか?わたしが新宇宙の女王だから……?」
そう言った彼女の肩が、毛布ごしに震えているのが伝わる。
「君はそう思っているのかい?」
僕の問いに頷くと、彼女は言った。
「だってそうでしょう?わたしが女王に決定したあの日、セイラン様、言ったじゃないですか。『運命は動き始めてしまった。僕らは後戻り出来ない。二人の道は、もうどこにもない』って……。だからわたし……」
その言葉で、僕はハッとした。
さっき見た夢は、あの時のことだったじゃないか。
まさか……。
「君、雪の中でずっとそのことを考えてた……?」
「……はい……」
きっと無意識なのだろう。
だけど、もうそれしか考えられなかった。
彼女の……女王のサクリアが僕の記憶を呼び覚ましたんだ。
そして僕は、改めて自分の気持ちを自覚せざるを得なくなってしまった。
「あの時……」
「え?」
「あの時、僕がもし君の手を取っていたら、君は後悔せずにいられたかい?」
腕の力を緩め、彼女の体を半回転させて、涙に濡れた瞳を覗き込む。
「生まれたばかりの新宇宙を放って、僕についてくることが出来た?そうしたらきっと君は、いつまでたっても本当の笑顔でいられるはずないじゃないか。僕はそれが嫌だった。君の『本物』じゃない笑顔なんて見たくもなかったんだ」
「そんな……」
「酷いと思うかい?でもそれが真実だ。君が知りたがってた、僕の気持ちさ」
みるみるうちに涙が溜まって、頬に流れ出した。
僕から顔を背けた彼女の頬を覆って、親指で涙を拭う。
「離してください……」
「嫌だ」
「どうして……」
「僕も君が好きだからだよ、アンジェリーク」
その言葉に瞳を見開き、彼女は俯いて顔から僕の手を外した。
僕は彼女の名前を呼んだ途端、自分の中で何かが解き放たれたのを感じていた。
外された手で濡れた髪を梳きながら、僕は言った。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ。だから、君に女王の道を選ばせた」
「そんなの言い訳です!」
「そうだね。僕もそう思うよ。だけど、君がアルフォンシアを裏切れないことぐらい、気がつかないわけないだろう?それにね」
泣きじゃくる彼女を抱きしめて、背中をさする。
そして、ずっと心にとどめていた言葉を呟いた。
「君とはこれで終わりじゃないと思っていた。いつかこの身が朽ち果て、魂が転生した後でも君を見つけることが出来ると、そう確信していたんだ」
女王試験が終わってからもずっと、僕の中で彼女が変わることはなかった。
ただ、この気持ちを忘れたかっただけなんだ。
思い出さないように努力して、忘れることを願った。
だけど、そう考えれば考えるほど、まざまざと蘇ってくる記憶は、甘美な痛みを伴って僕を襲った。
彼女を忘れることなど出来やしないくせに、醜い感情を見ようともしないで縞麗ごとを並べた言葉が、僕から滑り落ちていった。
固め上げた鎧が脆くも崩れ去る瞬間、僕は彼女の名前を呼ぶことをやめた。
「この旅が始まってから、僕が君を名前で呼んでないことに気づいてた?」
「……さっき呼んだじゃないですか……」
それが拗ねてるように聞こえて、僕は声なく笑った。
「もうやめたんだ。自らに課した足枷を外したまでだよ」
「足枷……?」
「君の名前はね、アンジェリーク。僕にとって君への気持ちを膨れ上がらせる呪文なんだ。君を呼ぶ度に、僕は胸の痛みに耐え切れなくなっていく」
僕の台詞に彼女は顔を少し上げて見つめ返した。
「それから逃げたくて、名前で呼ばないようにしたんだ。でも、もう抗えない」
髪ごしに彼女の額にキスをして、もう一度言った。
「好きだよ、アンジェリーク。女王候補のときから、ずっとね……」
溢れ出る涙を袖で拭い、目尻に軽くキスをした。
そして彼女は、僕の肩に押し付けるように頬を寄せて言った。
「わたし、ずっと嫌われてるのかと思ってました。だから、セイラン様を見るのがとてもつらくて……。一緒にいるのに、どうしても喜べなかった……」
「……アンジェリーク」
「この気持ちを諦めようって、そればっかり考えてたんです。だけど無理でした。忘れることなんて出来ない。だって、やっぱりセイラン様のことが好きだから」
そう言った彼女の微笑みは、あの頃と同じだった。
迷いが消え、穏やかで柔らかい微笑みが戻った。
そして気づく。
どこか苦しそうな笑顔は、僕が原因なのだと。
ぎこちなく背中に回された腕が震えていた。
「アンジェリーク」
その声に顔を上げ、微笑みを返した彼女がとても愛しく、輝いて見えた。
僕は何度も名前を呼び続け、それと同じ数のキスを交わす。
唇に触れた瞬間、全てが溢れ出した。
着飾るものなんて、何もいらなかったんだ。彼女の前では、何も。
こんな感情、今まで感じたことがない。
心が溶け合う。きっとそれが彼女を求めていた、最大の理由だった。
他の誰でもない、アンジェリーク・コレットだけを探していたんだ。
「セイラン様」
「……ん?」
「この旅が終わって離れてしまっても、わたしはひとりじゃないんですね。ここにずっと、セイラン様がいる……」
そう言って両手を胸の前で重ね、彼女はにっこりと笑う。
全く……だから、離れられないんだよ。
「今度は信じられる?僕がどこにいても、何をしてても、君だけを想ってること.j
「はい」
柔らかな微笑みを浮かべ、瞳を閉じて僕にもたれ掛かった。
暖炉の火だけではない暖かさが部屋に漂い、彼女を抱きしめて僕も目を閉じる。
この旅が終われば、彼女は新宇宙へと戻っていくことは目に見えていた。
僕はこの宇宙に留まり、遥か遠い彼女の宇宙を見上げるだろう。
それでも、僕の気持ちは彼女の中にあって、彼女の想いは僕の中にあるのだ。
こうして離れていく僕らでも、きっとまた巡り逢える。
僕が作り出す運命の道の終点が君だと、そう思ってる。
だから、別れなど怖くはないはずだ。
還る場所は、お互いの胸にあるのだから……。
◇ ◇
この門をくぐるのは久しぶりだ。
あれから3年。
僕は一応年を重ねたが、やっぱり変わらないものがあった。
「セイラン様!」
庭園から抜け出てオレンジ色のドレスを翻し、走ってきたのは紛れも無く彼女だ。
息を弾ませて僕の前に立ち止まる。
変わらない姿。変わらない笑顔。
そして……。
「久しぶりだね、アンジェリーク」
「はい。あの……」
「逢いたかった?」
顔を赤らめてこっくり頷く彼女を柔らかく抱きしめ、僕は言った。
「僕もだよ」
彼女の体温が伝わってくる。
それだけで、3年の月日は埋め尽くされてしまった。
僕らがともに歩いていける道は、確かにもうない。
だけど、一人で歩いていても、心は二人で歩いていると感じていたのだ。
今まで知らなかった世界を、彼女と見ているようだった。
僕自身、自分の気持ちがこんなに強いとは気づかなかったよ。
それもこれも、彼女がいたからだ。
同じ想いを抱えた、彼女がいたから。
腕を緩めて顔を覗き込むと、彼女は柔らかく微笑んだ。
僕も彼女に笑顔を返し、耳元に顔を寄せて囁いた。
一生、変わることがない誓いを。
「愛してるよ、アンジェリークー」
END
あとがき
かはあ……(吐血)。甘すぎる……。
初めての「天レク」小説なのに、登場人物2人だけだし(苦笑)。
本当はオリヴィエ様が登場予定だったんですけどね。いつの間にか変更になってしまいました。
さてこれは、即位直前ED失敗編から天レク、そして「自い翼のメモワール」に続いてます。
VIVA、メッセージコレクション(笑)。
これがなかったら、この話は出来ませんでした(苦笑)。
そして即位直前なんかは、かなり実体験。親密度200なのに振られました(涙)。何故……。
温和だからか?セイランくん。
即リセット押して、セイランくんから告白されましたけど、どうしても謎なんです。
決まる前日もデートしてたのに、何故振る(笑)。みたいな感じで、しばらく画面から目が離
れませんでしたよ、本当に。
3年前なのに鮮明に覚えてるあたり、相当悔しかったと見える、自分。
また、タイトルはスターダスト☆レビューの曲を使用させてもらいました。
テーマもそのまま「ふたりの在り方」。
多くは語りません。わたしの中で、ふたりはこういう関係なのだと思っています。
そうそう。セイランくんがアンジェリークのことをずっと『彼女』と言ってますけど、彼の
中ではもう『少女』じゃなく『女性』ですので、そう統一しました。
ある意味とても大変でしたが……(苦笑)。
読みにくいことこの上ないと思いますが、ご容赦願うとして、終わらせていただきます(堅苦しいなあ・笑)。
うわあー、もう!! もうもう!!!
凄くいい夢を見させていただいてる感じですわー。(^_^)(^_^)(^_^)
ビバ! メッセージコレクション。(爆)
いやいや、りおさんの文才の成せる業でもあります。さあ皆もずっぽり幸せに浸りましょう!!
もう一作品、『MOMENT』も、読んでね☆