| 琥珀の太陽 |
陽が落ちて、群青の空には淡く光る星の群れ。
女王候補の学習がすんだ僕は、庭園へと足をのばした。
この時間は夕食時で、人もいないはずだった。
それは僕も例外ではないし、もちろん彼女もそうだけど……。
驚いたことに、噴水の縁に座って溜め息をついていたのは、ついさっきまで一緒だった女王候補だった。
僕が近づくことさえ分かってないらい。
彼女の3歩手前で立ち止まり、声をかける。
「こんな時間まで、自主学習かい? アンジェリーク」
僕の声にハッとなって、彼女は勢いよく顔を上げた。
数秒の沈黙の後、大声で僕の名前を叫ぶ。
「セッ、セイラン様ッ!?」
「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ」
そう言って笑ったけれど、驚いたのは僕の方だった。
いつもはどんなに驚いても、柔和な微笑みを絶やさないのが彼女の特徴だから。
「僕の存在がそんなに驚くものだとは知らなかった。何か不都合があるとするなら、ここから立ち去るけど?」
「あのっ、そうじゃないんです。えっと……」
それだけを慌てて言い、アンジェリークは口をつぐんだ。
顔を覗き込むと、のほほんとした雰囲気と一緒に、焦りが見える。
「ティムカ様からお聞きして、ついさっき知ったんです」
言葉を選びながら、彼女が慎重に呟いた。
「何を?.」
「セイラン様の誕生日」
「……僕の?」
僕の誕生日が、アンジェリークを慌てさせているなんて思いもしなかった。
正直言うと、僕自身忘れていた日だ。
それに今日が何日さえ知らない。
女王試験が始まる以前から、日にちの感覚など皆無だったからだ。
「今日って2月13日ですよね。そして、セイラン様の誕生日でもあるんですよね?」
「へえ、今日は2月13日なんだ」
問いかけるように言った彼女に、僕が返した素っ頓狂な言葉が、ますますアンジェリークを混乱させたみたいだった。
「だって明日、バレンタインデーですよ?」
「……やっぱり女の子だね。その日はチェックしてるってことか。この女王試験の真っ最中にもかかわらず」
「女王試験の最中だからこそ、わたしはその目を大切に思ってたんです」
ムキになる言い方ではなく、自分自身に言い聞かせるような口調だった。
「何故?」
答えは聞かずとも分かっていた。
アンジェリークには好きな人がいる。
それが今の言葉の意味だった。
「わたしを、女王候補じゃなくて一人の女の子として見て欲しかったから……。だからアルフォンシアには昨日謝って来ました。ごめんねって」
「アンジェリーク?」
「この恋が実らなくても、新宇宙を支える女王にはなれませんから。……この感情を捨てない限りは」
僕は彼女がここまで覚悟を決めていたとは想像出来なかった。
芯の強い、淡い雪の少女。
生まれたての宇宙には、彼女のような暖かく包み込む光が必要だろう。
それを放棄してまで、この恋に全部をかけていた。
「君にそこまで想われる人っていうのは幸せだろうね。でも、教官の立場から言わせてもらえば、女王試験は全うしてもらいたいんだけど。君の恋が実ろうが実らなかろうが」
全身金霊をかけてまで、その人一色というアンジェリークの態度が気に入らない。
しかしそれ以上に、僕の気持ちがここまで彼女に傾いていたという事実に驚いてしまった。
嫉妬しているんだ。彼女が想う『誰か』に。
「……もう遅い。送っていくよ」
立ち上がった僕を見ようともせず、アンジェリークは首を横に振った。
その拍子に、彼女の頬から一粒の雫がこぼれて落ちた。
鳴咽をこらえて、静かに涙を流していた。
「何泣いて……」
「……ですか?」
「え?」
言いかけた僕の言葉を遮るように、彼女は呟いた。
肩を小刻みに震わせ、止まらない涙を拭う。
「わたしがセイラン様を好きだって言ったら、迷惑ですか?」
………な、んだって?
勢いに乗じて言ったとしか思えないその言葉に驚いている僕に、少女は言った。
「ずっと好きだったんです。だから明日チョコレートを渡そうと思って用意して……でも」
「今日、僕の誕生日だと知って困惑した、とでも言うのかい?」
アンジェリークは少し考え込んで、そして俯いたまま首を横に振った。
理由があるにせよ、横に反動がついたらしく、しばらくの間振り続けていた。
それはどこか苦しそうな様子だった。
「じゃあ、何?」
問いかける僕に答えるように、彼女はやっと涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
僕はアンジェリークの頬に張り付いた髪の毛を取り払う。
そして頬を包み込んだ。
「いいよ、もう。言わなくていい」
理由など、何も聞きたくはなかった。
「どうせ自分勝手に落ち込んだってとこだろう? 見ているだけで満足とか、壊れてしまうなら今までの関係でいいとか」
涙に濡れた瞳が見開かれ、それが図屋だということに気づく。
くだらない理由。
「馬鹿だね、君は。今日言おうが明日言おうが、特別な日と意識することないのに」
「何故ですか? セイラン様には特別じゃないんですか?」
「僕にそれを言うのかい? 毎日驚きの連続で、それが特別だと思わない?」
記念日にこだわる気持ちも分からないでもない。
だけど、気にし過ぎるのはどうかと思う。
「でも、わたしには特別なんです。セイラン様が生まれてこられた、大切な日だから……」
ようやく涙が止まり、僕を真っすぐ見てそう言った。
「そうだろうね。僕だって、君が生まれてきた日は特別だと思うよ」
「え……?」
「まだ分からない? 君の気持ちが迷惑だったら、こんなこと言わないさ」
アンジェリークは何を言われたか理解出来ないといった顔をした。
さっきの僕と同じ反応で思わず微笑んでしまった僕に、どう対応していいのか分からないらしい。
「誕生日を祝おうとするその姿勢、とても嬉しいよ。それに、もうプレゼントは貰ったしね」
僕はアンジェリークを立ち上がらせて、引き寄せた。
戸惑って離れようとする彼女の耳元で呟く。
「アンジェリークという名前の天使をね」
その言葉に、彼女が息をのむのがわかった。
そしてまた泣き出したアンジェリークは、僕の背中に腕を回した。
「セイラン様……」
僕の名前を呼ぶ声が心地よく聞こえ、癖のない髪の毛を梳きながら、いっまでも僕たちは抱きしめ合っていた。
いつからか忘れていた日を、君は思い出させるんだね。
それでもいいさ。君がいるなら。
気が付けば君のことを考えてしまうのは、それだけ魅力があるからだろう。
夜明けの太陽のように、僕を包む君の微笑み。
僕のそばにずっといて。
我儘な僕を黙らせるのは、きっと君だけ。
END
あとがき
季節もの企画その2、セイランくんの誕生日編です。
クリスマス編とは大違い(笑)。
『PASTEL』より短くなって、いいのか悪いのか……(苦笑)。
これ、アンジェリークで書けばよかったと思ってます。
ああ、でもそれじゃ時間がなさすぎる(汗)。
最後の6行が頭になかったら、アンジェリークで書いたのにィ。
泣きっぱなしのアンジェリークに優しいセイランくん。
温和ちゃんというより、元気ちゃんのような気がしないでもないんですが……。
セイランくんもこれ程動かしにくかったことはないですね。
二人ともらしくない〜〜〜(泣)。
誕生日おめでとう、セイランくん。
これがわたしの精一杯です(苦笑)。
『琥珀の太陽』(セイランバースディストーリー)でした。
そんなに苦労されたんですか? りおさんてば。
とても良くできているお話ですよー。(^-^)
やきもち焼くセイラン様が、なんとも憎らしくて可愛いですよねー。
ああ、私のバースディストーリーが、くずに見える。(T^T)
次は、『WITH〜For St..Valentine's Day〜』(バレンタインストーリー)です。