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WITH
〜For St. va1entine's Day〜

 自分の部屋で、ある箱を跳めながら少女は溜め息をついた。
 箱の中身は、ほろ苦いビターチョコ。
(どうしよう)
 もう一人の女王候補レイチェルと一緒に作ったのはいいけれど、少女には渡す勇気がなかった。
 相手は、皮肉屋で毒舌家で、言いたいことをポンポン言う人なのだ。
 彼の名前はセイラン。感性の教官だ。
 少女のタイプとは掛け離れた人だったのに、どういうわけか彼に魅かれていった。
 これを渡したら、彼はどういう顔をするだろうか。
 迷惑がられるかもしれない。
 そういう思いが、頭の中を交差する。
「あーあ、わたしにもう少し行動力があったらなあ」
 机に突っ伏して呟き、瞳を閉じた。
 何といっても彼のタイプもまた、自分とは全く正反対の活発な女の子なのだから。
 もう一度溜め息をつき、窓の外を見た。
 晴れ渡った空には、満天の星とハーフムーン。
 見えている月の半分が自分の気持ちとするならば、見えない半分は彼の気持ち。
 セント・バレンタイン・デー。
 特別な日。
 それは明日に迫っていた。

◇          ◇

 憂鬱な気持ちで目が覚め、着替えをすまして朝食の席に着いた。
 今まだ迷っている。
 渡すか、渡さないか。
 緊張して食事も喉を通らない。
 絞りたてのオレンジジュースを一口飲んで、アンジェリークはひとつ息をはいた。
「な〜にい? その陰気な顔! 今日は楽しいバレンタインデーでしょッ!」
「レイチェル……緊張しないの?」
 その言葉に、レイチェルは腰に手を当てて言った。
「今更何言ってるのよ。昨日の努力を無駄にするつもり?」
「そうじゃないけど……」
「大丈夫だって! ワタシたち、同じ片思いの立場なんだからね。不安な気持ちは一緒だよ。
でもここで勇気出さなきゃ、いっまでたっても平行線のままじゃん。頑張ろ! ね!」
 前向きなレイチェルの台詞に、少女の心の負担が少し楽になった気がした。
(やっぱり、レイチェルってすごい)
 ようやく硬かった表情から柔らかい微笑みがもれる。
「ありがと、レイチェル.j
「何言ってんの。ワタシだって、不安なのは自分一人じゃないって思えたよ」
 そう。不安なのは自分だけじゃない。
 少女はチョコレートの箱を感性のテキストと一緒に、バッグに入れた。
 正午を過ぎ、アンジェリークは庭園にいた。
 朝からクラヴィスのところへ育成を頼みに行き、その後はずっとここにいたのだ。
 チョコを跳めながら溜め息をつく。
(いつまでこうしているつもり?)
 自分で自分を戒めるが、足が動こうとしない。
 しかしそれでは本当に平行線のままだ。
 レイチェルの言葉を思い出し、自分を奮い立たせて学芸館に向かった。
 だがどこをどう来たのかさえ緊張で覚えておらず、気が付いたらセイランの執務室前に突っ立っていた。
 見慣れている景色、行き慣れている道だったのに、回りを見る余裕さえない。
 ここまで来て逃げ出したい気持ちが大きくなる。
 そんな時だった。
「何、人の執務室の前で百面相してるのさ?」
 突然声をかけられ、驚いた拍子に少女は頭を扉にぶつけた。
 ゴン、と鈍い音がして、あまりの痛さにしゃがみこむ。
「大丈夫かい? アンジェリーク.j
 声を押し殺して笑いながら、その人は言った。
「だ、大丈夫です……」
 痛さと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、彼女は呟いた。
 いきなり登場したその人こそ、感性の教官セイランだった。
「見る限り、大丈夫じゃなさそうだけどね。ところで何か用? 学習?」
 扉の鍵を開けながらセイランは少女に聞いた。
「はい……お顧いしてもいいですか?」
「何言ってるのさ。それが僕の役目でもあるんだから、そんな遠慮がちに言わなくてもいいよ。おもしろいものも見せてもらったしね」
 まだ笑いがおさまらずに言う彼の瞳は、どこか優しさを含んでいた。
 意外だった。機嫌がいいどころじゃない。
 優しげな言葉。いつもとは違う感じがした。
「それに、今日僕の授業が上手くいけば、新宇宙の安定度がかなり上がるんだろう?」
 セイランが執務室に入り、その後をアンジェリークはついていく。
 そして急に立ち止まった彼の背中に体当たりした。
「セイラン様?」
 鼻の頭をさすりながら、彼の名前を呼んだ。
 さっきの機嫌はどこへやら、見上げたセイランの横顔は不機嫌になっていた。
 何が起きたのだろうと、彼が見つめている方へ視線を向けて、少女は絶句した。
 教官用の机には、チョコレートの箱と思われるものが大量に置いてあったのだ。
「これ全部、チョコレート……?」
「そのようだね。多分ここの掃除担当が置いていったんだろう」
 溜め息交じりにそう言い、彼はうんざりしながらその中の一つを手に取った。
「それにしては多くないですか?」
「頼まれたんだろう。全く、僕の迷惑も顧みずに勝手なことをするなんて、信じられないね」
 どこか遠くでアンジェリークはセイランの言葉を聞いていた。
 目の前にあるチョコレートたちのラッピングはとても凝っていて、それだけで一生懸命作ったということがわかる。
 バッグの中をこっそり見て、彼女は溜め息をついた。
(こんなの、渡せない……)
 どこをどう見ても平凡でありきたりな包装をした自分のチョコレート。
 感性の教官である彼にこんなものを見せたら、今までのことは無駄だったと思われてしまうのは目に見えていた。
「アンジェリーク?」
 返事をしようとして、喉が掠れていることに気づく。
「さっきぶつけたところ、赤く腫れてるよ。冷やした方が……」
 ふわりと少女の前髪を彼の手が掻き上げた。
「やっ……!」
 それがきっかけとなり、アンジェリークは思わずセイランの手を払いのけてしまったのだ。
「あ……っ」
 一瞬にして後悔に変わる。
 手が震えてバッグが落ち、それと同時に少女は駆け出していた。
「アンジェリーク!?」
 背後で自分を呼ぶ彼の声が聞こえたが、振り返ることもなく学芸館を後にした。
(どうしよう)
 涙がこぼれた。
 泣くつもりなんてなかったのに。
(どうしよう)
 変に思われたかもしれない。
 苦しくて、胸が痛くて、自分の感情がこんなに醜いものだとは知らなかった。
 嫉妬していた。
 勇気を出して彼にチョコレートを渡した人たち全てに、少女は嫉妬していた。
 また、自分が情けなくて、涙はますます止まらなくなっていく。
(チョコレートなんて作らなければよかった……!)
 そうしたら、こんなにも惨めな気持ちにならずにすんだのに。
 勢いよく自分の部屋に飛び込み、扉を閉める。
 ドアにそって崩れ落ち、アンジェリークは大声で泣き始めていた。

◇          ◇

 どれくらいの時間が経っただろうか。少女は背中に感じる振動で目を覚ました。
 泣き疲れていつの間にか眠ってしまったらしい。
 部屋は電気がないと薄暗くさえ感じる時間帯になっていた。
 トントン。トントントン。
 幾度となく繰り返される音が、自分の部屋の扉がノックされているとようやく気が付いて、彼女は慌てた。
「はっ、はいっ!今開けます!」
 立ち上がってドアを開くと、瑠璃色の髪の青年が冷たい表情で立っていた。
 そのただならぬ雰囲気に、アンジェリークは硬直してしまった。
「入れてくれない? 寒いんだけど」
 それだけを言うと、少女の答えも聞かずにセイランは部屋の中へ入っていく。
 彼の手には、執務室で落としたままになっていた自分のバッグが下げられていた。
 無言のまま中央に配置されているテープルにそれを置き、アンジェリークの方へ向き直った。
「これ、君の忘れ物」
「……すみません。ありがとうございます」
「その顔は、僕の手を払いのけたことで後悔してるのも含まれてる?」
 突然彼の的を得た台詞に、アンジェリークの顔がこわばった。
 何故分かったのか不思議で、セイランから視線を外す。
 薄暗い部屋の中、自分の顔ははっきりと見えるはずはないのに、見られたくないと思った。
 そんな少女に対し、セイランはひとつ息をはいて言った。
「君が泣く必要なんてないんだ。どうせあれは全て捨てる予定のものだったし」
「どうして……」
「僕の気持ちを無視して、尚かつ一方的に押し付けられるのは嫌いだからさ」
 セイランの言葉が、棘のように突き刺さる。
 そういう感情こそが彼には煩わしく感じられるのだろう。
 しかしそれは、面と向かって嫌いだと言われているのと同じだった。
 アンジェリークの心の中には、もはや後悔の念しかなかった。
 そして、しばらくの沈黙。
 静寂を破ったのは彼の方だった。
「ああ、そうだ。君のチョコレート、美味しかったよ。ラッピングはまだまだだけどね」
「……え?」
 彼の言葉が少女の脳にまで達するのに数秒かかった後、碧海色の瞳からこぼれ落ちる涙が全ての答えだった。
 あれだけ泣いたのに、次から次へと溢れ出しては床に落ちていく。
「今日はよく泣くね。初めて逢ったとき、僕がきついこと言っても泣かなかったのに」
「だって……あの時は自分でもそう思ってましたから……。泣く理由なんてどこにも……」
「今は? 何故泣いてるの?」
 確かにどんなにきつい言葉でも、アンジェリークはその言葉一つ一つを納得していたから、泣くことなど殆どなかった。
 涙もろくなったのは、自分の気持ちがはっきりとわかってからだ。
 そして決まってセイランのことを考えると、何故だか泣けてくるのだった。
 今まで知らなかった感情の渦に巻き込まれてしまうのが怖かったのかも知れない。
「全く、君は言葉にしなさすぎなんだよ。目は口ほどにものを言うって? 冗談じゃない。はっきり気持ちを聞かないと、不安になることくらいわかるだろう?」
 彼の口から意外な言葉が発され、少女は驚きの色を隠せなかった。
「意外そうだね。僕にだってそいう感情はあるさ。こと、君に関しては」
「セイラン様……」
「さ、君の気持ちを正直に教えてくれる? まだバレンタインデーは終わってないらしいから」
 カーテンの閉められてない窓からは、月の光が差し込んでくる。
 昨日と変わり映えのしない半月の光は、柔らかく部屋を照らしていた。
 アンジェリークは涙を拭いて、セイランを真っすぐ見た。
「わたし……」
 心臓が壊れそうなほど高鳴っている。
 きっと顔は真っ赤だろう。
 それでもちゃんと、自分の想いは伝えたいと思った。
「わたし、セイラン様のことが好きです」
 言葉にした途端に気持ちが少し楽になった気がした。
 それは、彼が黙って聞いていてくれていたからだった。
「初めて逢った時からずっと……」
 そう。初めて見たときから、自分の瞳は彼に釘付けだった。
 毒つく彼の口調から優しさを感じた時、自分の中で何かが変わった。
 いつものシニカルな微笑み、それから意外と子供っぼいところもある彼全てを好きになった。
「アンジェリーク」
「はい?」
「ここへおいで。僕の隣に」
 言われるがままにアンジェリークは一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
 自分に気持ちもまた、落ち着きを取り戻したようで、穏やかに彼への想いを再確認した。
 この想いに素直になってよかった。
 後一歩踏み出す勇気―セイランは自分にないものを引き出してくれる。
 彼女はセイランの前で立ち止まり、ためらった後に彼の肩にもたれかかった。
 それに答えるように、青年は少女を柔らかく抱きしめた。
「僕も君が好きだよ。君みたいなおとなしい女の子は苦手だったのにね。君だけは平気らしい。
こんなに自分の気持ちをストレートに表現してしまうのは、君のせいだよ」
 そう呟いたセイランの口調は優しく、アンジェリークは瞳を閉じる。
 静かに流れる時間が、彼女たちを包んだ。
「そういえば、君は知ってた?」
「え?」
 その時間に終止符を打ったのはセイランだった。
 思い出したように言う彼の顔を見つめ、次の言葉を待つ。
「昨日、僕の誕生日だったんだけど」
「ええっ!!」
「やっばり知らなかったんだね。別にいいけど。僕も今思い出したんだし」
「でもそれじゃ……」
 あまりにも寂しすぎる。
 生まれてきた記念すべき日に、自分はチョコレートを渡すかどうか迷っていたなんて、滑稽すぎる。
 祝ってあげたかった。
 彼は自分にとって大切な人なのだから。
「そんな顔しないでよ。本当に忘れていたんだからさ」
「でも……!」
 落ち込んだ少女を見て、セイランは息をはいた。
 少しの間考え込んだ彼は、仕方がないというふうに切り出した。
「じゃ、ひとつ僕の我儘を聞いてもらえる?.」
 アンジェリークが頷くと、彼は続けて言った。
「今日から1ヵ月間、キスをしよう」
 セイランの言葉に、アンジェリークの思考回路が止まる。
 今まで経験のないことに戸惑っていた。
「あ、あの、毎日?」
「毎日」
 即答され、ますます困惑する。
 しかし、彼が望むことはしてあげたいとも思った。
「決心がついたみたいだね。本当なら君からして欲しいところだけど、いつになるか分からないから」
 そう言ってセイランは少女の顔を覗き込み、そして軽く口づけた。
 ほのかにビターチョコの香りがする。
 アンジェリークの心の中に、彼に対する愛しさが広がっていった。
「今日の月は忘れないよ。僕たちにぴったりだと思わないかい?」
 セイランの言葉に微笑み、少女は窓の外で輝く月を見上げた。
 今まで積み重ねてきた想いが見えている半分なら、今から築く二人の時間は後の半分だ。
 月は満月になり、そして欠けていくけれど、二人の想いは欠けることなどないと、少女は思う。
消えないで、いつまでも。
願いを届けて。
あの人の元へと……。

END

あとがき

季節もの企画その3、バレンタインデー編です。
また長くなってしまいましたが、これが一番(私の中で)セイランくんと温和ちゃんらしいなあと思いながら書きました。
シリアス路線を目指し、見事に玉砕(苦笑)。
甘すぎて歯が痛くなりました、←マジ話。
冷やしながらこれを書くという、異様な光景でした(笑)。
これもまたアンジェリークは泣いてますねえ。
いつか泣かない温和ちゃんというものを書いてみたいと思います。
今の私の実力じゃ、たかが知れてますけどね(汗)。
この話は一応、ホワイトデーの話へと続きますが、今回はまだ書き上げてないので見送ってください。
そうそう、その1とか分けてますけど、単に日にちが早い方からつけただけです。
そして書き上げた順番でもあります(笑)。
なので、もし気にされてたら、金く心配無用ですよ。
それでは、長々と3作品書き上げて参りました。
駄文ですが、これでいいでしょうか?
日々精進、ですね(溜息)。


『WITH〜For St.Valentine's Day〜』(バレンタインストーリー)でした。
大丈夫ですか? 歯……。
歯の痛いのは我慢しようにも、限度がありますからね〜。(-_-;)
そんな中、素敵な作品を三本も書き上げてくださって、ありがとうございます!!
何とか間に合わせるように、私も頑張りました!!!
と言っても、大した苦労では有りませんが。一番最初にこの素敵なお話を読めると思えばへの河童。(言葉悪い?)
本当に、りおさん、ありがとうございました!
次回ホワイトデーストーリーも、よろしく。待ってまーす!(^-^)/

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