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WITH
〜For White Day〜

初めて彼女とキスを交わしたあの夜。
ほろ苦い、ビターチョコの香りがした。
(……なんてべ夕な台詞だ。呆れるね)
自潮気味に笑い、彼は絵筆を置いた。
もうすぐ夜が明ける。結局は夢中になって絵を描いていたということだ。
今日は土の曜日。一応教官の仕事は休みとなっているのだが、彼にはそんなこと関係ない。
休みだろうが仕事だろうが、感牲の赴くままに行動するのだから。
青い絵の具のついた筆を降ろし、彼は呟いた。
「全く、君には参るよ」
微笑んだ視線の先には、陽の光に消える少し欠けた月の姿があった。


◇          ◇


その日は突然やってきた。と言ってもいいのだろうか。
分かっていた筈だった。それでも、という気持ちが、セイランの心を占めていた。
徹夜明けの彼の部屋に飛び込んできた知らせに、耳を疑う。
「セイラン、お前が気づかない筈ないだろう?」
精神の教官ヴィクトールがそう言った。
その横で品性の教官ティムカが心配そうな表情でセイランを見る。
彼と女王候補の仲を知らないわけはないこの二人が渋い表情を浮かべている理由―新宇宙の女王が決定したことにあった。
「アンジェリークは待っていると思いますよ、セイランさん」
ティムカの言葉に、瞬間的に少女の顔が脳裏に映し出される。
アンジェリークという彼女の名前は、自分にこんなにも多大な影響力を持つ。
彼は溜め息をついて、近くの椅子に腰掛けた。
金の曜日の夜更け、大きな力が青年の身体を突き抜けたことを思い出し、それが女王決定を意味していたことに納得した。
正確には、納得しようとしていた。だが、感情がついていかない。
頭では理解していても、心は信じられない気持ちで一杯だった。
「あの……」
短い沈黙を破ったのは、ティムカだった。
何か思い当たる節でもあるような切り出し方だ。
俯いたままだったセイランはゆっくりと顔を上げて少年を見た。
ヴィクトールにはティムカが何を言おうとしているのか分かっているようだった。
ためらいがちにティムカは続けた。
「今日女王が決定した筈なのに、聖殿に召されたのはアンジェリークだけです。おかしいと思いませんか?」
「何がだい?」
ようやく重い口を開き、セイランは呟いた。
その声が掠れていることに、彼自身驚いてしまった。
「本来なら決定した時点で、僕たちにもお呼びがかかる筈です。でも、何故アンジェリークだけなのでしょうか。……理由は分かりませんが、女王陛下には何かお考えがあるのではないかと思うんです」
「じゃあ、直接聞くまでだよ」
椅子から立ち上がり、茫然とする二人の横を通り過ぎる。
扉が開く音で、ヴィクトールが慌ててセイランの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待て、セイラン!お前、本気か?」
「冗談なんか言わないよ、こんな切羽つまってるときに。はっきり言って、今かなり頭にきてるんだ。離してくれないか?」
「だからって無謀すぎます!」
「それ、僕にとっては褒め言葉になるんだけど」
「セイランさんっ」
彼の行動に対して必死に説得を試みたヴィクトールとティムカだったが、口でセイランに勝てるわけはなかった。
腕を掴んでいるヴィクトールの手を振り払って、怒りに満ちた口調でセイランは言った。
「とにかく、僕は行きますよ。約束だけは守ってもらいにね」
「約束?」
訝しげにヴィクトールが呟くが、それに耳を貸さずに部屋を出て行った。
見送る二人は、どちらからともなく顔を見合わせた。


◇          ◇


バレンタインデーのあの日から、一日も欠かさずに女王候補はセイランのところにやって来ては『約東』を交わしていた。
彼の突拍子もない申し出に戸惑ってはいたが、少女は彼の側で微笑みを絶やすことはなかった。
その1ヵ月も後5日となった矢先の出来事がこれだった。
後少しで新宇宙が満たされることも知っていた。だが、こんなにも早くこの日が来るとは思いもしなかったのだ。
(まさかアンジェリークが女王に選ばれるなんてね)
庭園を横切り、聖殿に向かいながら、セイランは溜め息をついた。
確かに自分は彼女のことが好きで、だからチョコレートも食べた。
そして約束。
今、まさにその約束が自分の首を絞めることになろうとは……。
(どうかしてる)
髪を掻き上げ、空を見上げた。疲れている目に、陽の光は強すぎる。
瞳を閉じて立ち止まり、もう一度息をはくことしか出来なかった。

聖殿に入り、セイランの目指すところはただ一カ所。
女王陛下が唯一姿を現す、謁見の間だ。
急ぎ足で向かっていると、同じく駆け足でこっちに向かってくる人影があった。
彼は思わず立ち止まり、その姿を凝視した。
そして向かってくる人物も、彼の姿を見て驚いた表情で止まった。
「……セイラン……様……?」
目の前5mで呟いたその少女の頬には、涙の跡。
慌てて頬をこすり、それから俯いた。
「そんなに急いで、どこに行くつもり?……アンジェリーク」
少しためらいがちに少女の名前を呼び、問いかけた。
まだ目の前にいるのが信じられないくらいだった。
数歩進めば手に届く距離にいて、何故だか動けない。
だが、アンシーエリークは微笑んでセイランに近寄ってきた。
「よかった……セイラン様に逢いたかったんです」
そう咳いた少女に戸惑いを隠せず、見下ろすことしか出未なかった。
「わたし、セイラン様に言いたいことが……」
「そう。でも少し時間があるなら、僕に付き合ってくれない?」
突然言葉を遮られて、今度はアンジェリークが戸惑う番だった。
きびすを返したセイランの後を慌てて追いかける少女の足音を聞きながら、彼は複雑な気持ちになった。
何をしたいんだろう。
約束を解消して、彼女を女王にするつもり?
自虐的な考えに口を歪ませた。
そんなことさせるものか。
……いや、それもいいかもしれない。
(壊されるくらいなら、自ら滅びの道を選ぶのも悪くない)
傷つけて、自分を忘れないように。
セイランは森の湖の入り口に差しかかると足を止め、振り向くこともしないまま中へと入っていった。
息を切らしながら、それでも離れずについてきたアンジェリークはようやく休むことを許されたという感じだった。
セイランに続いて中に入ると、森の湖近くにある一際大きい木にもたれている彼に近づいた。
彼は少女を力いっばい引き寄せると、有無を言う時間もなく、唇を重ねた。
「んっ……!」
いつもと違う乱暴なキスに、彼女は必死に彼の腕の中から抜け出そうとした。
しかしアンジェリークの背中に回されたセイランの腕に力が込められ、身動きが出来ない。
(逃がさない)
天使は今ここにいるのに、彼の心には虚しさだけが広がっていた。
自らの存在を証明しているように、そして彼女が側にいることを確かめるように、セイランはキスをし続けた。
その時、何かの水滴が二人の唇を濡らした。
彼はゆっくりと彼女から離れ、頬を撫でる。
「何故泣くの?」
少女は彼の瞳を見ることなく俯き、小さく首を横に振った。
涙がこぼれ、セイランの手を濡らす。
「僕が怖い?そう思うのなら、君は女王になるべきだよ」
セイランの言葉にアンジェリークは彼の服の袖を掴んだ。
重力で頬を包む手が下がっていく。
そして額を彼の胸へ押し付けた。
「……そんなこと、言わないでください。じゃないと、何のために今日一日時間を貰ったのか分からなくなる……」
「アンジェリーク?」
驚いて凝視するセイランは、彼女の名前を呟くことしか出来なかった。
ためらいがちに少女の腕がそっと背中に回され、涙を流しながら言った。
「好きです、セイラン様……。あなたのことがとても好きです。わたし……」
アンジェリークの台詞が、あんなにドロドロしていた自分の感情を溶かしていくように感じられた。
彼女が自分の気持ちを告白することなど滅多になかったからだ。
もどかしさと嬉しさで、セイランは何も言えなかった。
少女が顔を上げ、真っすぐに彼を見て続けた。
「わたしは、あなたと一緒にこれからずっと歩いていきたいんです」
泣くまいと必死に涙をこらえ、微笑む彼女に愛しさが胸をしめる。
その答えのかわりに、彼はもう一度少女に顔を近づけてキスをした。
さっきとは違って、ただ唇が触れるだけだったが、初めて交わしたあの時と同じようなほろ苦い、それでいてとても甘く感じるキスだった。
「ある惑星では、バレンタインデーにチョコレートを貰った男性はその1ヵ月後の3月14日にお返しをするんだとか」
「え?」
「そういう風習があるってことだよ。だからそれを活用させてもらうとしようか。……まだ早いけどさ」
アンジェリークに微笑み、彼女の髪を梳きながら言った。
「君を愛してる、アンジェリーク。君は僕の側にいるのが、一番いい。それに僕は君しか要らない。君以外必要ないんだ」
「セイラン様……」
「そうだ。君に見せたいものがあるんだ。一緒に来てくれない?」
本当はその日に間に合うよう描き始めたあの絵を、今見せたいと思った。
アンジェリークが頷くのを見て、二人で森の湖を後にした。


◇         ◇


学芸館の中に入り、自分の私室の扉を開く。
「さあ、どうぞ」
少女の顔から緊張が伺え、セイランはついクスッと笑ってしまった。
彼女にしてみれば、男性のプライベートルームに入ることすら未知の体験らしい。
「執務室とそんなに違わないよ。そんなに緊張することかい?」
「初めての場所は緊張しちゃうんです。聖地に来たときもそうだったし……」
「僕の場合、緊張より先に興味が大きかったね。実際、想像以上だったよ。ここの美しさは」
そう言いながらアトリエの扉へと足を向けた。
「大きなピアノですね」
部屋に置いてあるピアノに興味を示し、アンジェリークは感嘆の声を上げた。
「君、ピアノは弾ける?」
「いいえ。猫踏んじゃったくらい.」
ふふっと微笑み、扉の向こうを覗き込んだ少女は息を飲んだ。
扉の前から動くことの出来ない彼女を、彼は促して部屋に人れる。
1OO号のキャンバス。未完成の絵。
あらゆる『青』の中に浮かぶ半月と天使がそこにいた。
「こ……れ……」
それ以上言葉が出ないらしく、食い入るように絵を見つめていた。
半月に手を伸ばし、羽を綴じた天使の柔らかい微笑みは、あの時月を見上げたアンジェリークの微笑みと同じだった。
セイランはアトリエのドアを閉めながら言った。
「出来上がったら君にあげる。初めからそのつもりで描き始めたやつだから」
「えっ……でも」
「バレンタインのお返しだって言ってるだろう?何そんなに気を使ってるのさ?」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
少女はまた絵に視線を移し、その横顔を見つめて彼は呟いた。
「君は、僕と一緒に歩いていきたいと言ったね。じゃあ、アルフォンシアはどうするの?新宇宙は、そのまま崩壊の一途を辿るのかい?」
「セイラン様……!?」
アンジェリークは戸惑い、困惑の表情を浮かべた。
彼には分かっていた。
彼女が新宇宙を放っておくことが出来ないと。新宇宙の分身である聖獣アルフォンシアを裏切れないことを……。
その時だった。
セイランの背後にある扉が、ミシッと音を立てて倒れたのだ。
そして顔を覗かせたのは……。
「いたたたた……」
腰をさすりながらバツの悪そうな顔をしたのは、もう一人の女王候補。
「レ、レイチェル!?」
突然のことに声を上げたのはアンジェリークの方だった。
彼は後ろの二人の方へ視線を投げる。
「……何やってるの、二人とも」
突っ伏したまま喰ったのは、赤茶色の髪の男性。
そっとセイランを見上げたのは、褐色肌の少年だった。
「立ち聞きとは感心しないね。一体何の用?」
「セイラン様ッ!あんまりアンジェリークのことをいじめないでくださいッ!!」
立ち上がった早々怒鳴ったのは、レイチェルだ。
「落ち着け、レイチェル。立ち聞きしたのは悪かった。だが……」
「あの、心配だったんです。お二人には幸せになって欲しいから……」
かわるがわる、というより、三人いっぺんに話し出し、セイランは冷ややかな声で一言言った。
「うるさい」
「は?」
「うるさいと言ったんだよ」
一気に冷たい空気が漂い、短い沈黙が流れる。
大切なことを聞きそびれ、二人の時間の邪魔をされたことに怒りを感じていた。
「……あッ、そ、そうだ!!朗報だよ、二人ともッ!」
手をひとつ叩き、レイチェルは声を上げた。
その表情は、聞いて驚けと言わんばかりの満面な笑みだった。
「どうしたの?」
不思議そうに問いかけるアンジェリークとレイチェルに男三人の視線が集まる。
「アンジェリーク、アナタは女王になるんだよ。そしてセイラン様は新宇宙の歴史を絵で記して欲しいとの女王陛下のお言葉があったの。早く二人に伝えたくって、つい立ち聞きしちゃった」
「う……そ……」
「女王陛下がウソ言うわけないじゃん!アナタたちは一緒にいられるんだよ!!」
レイチェルのその後の話では、新宇宙初代女王陛下の彫刻も作って、新宇宙の庭園に飾るという。
初代女王陛下、すなわちアンジェリークのサクリアが衰えるまでの歴史を綴って欲しいということらしい。
セイランとアンジェリークは思わず顔を見合わせ、微笑みあった。
「さっきの僕の質問の答えを、女王陛下はご用意されていたというわけか。侮れないね」
「分かってらしたんですよ。アンジェリークが新宇宙を放っておくことが出来ないってコト」
「君も分かってたんだろう?レイチェル.」
「もちろん!親友ですからね!」
「レイチェル……」
涙ぐみ、アンジェリークはレイチェルに抱きついた。
その光景を見て、セイランは肩を辣めた。
「これで自暴自棄にならずに済むな、セイラン」
「覚悟はしてたんだけどね、一応。でも……」
「セイランさん?」
「感謝するよ、二人とも」
ヴィクトールがセイランの背中を軽く叩き、ティムカは右手を差し出した。
祝福されることを幸せに感じるのは、初めてに近い。
(自分の居場所が、こんなにも近いところにあるなんてね)
少女の隣で微笑むなんて、以前の自分から見れば想像もしなかった。
それもこれも、この女王試験があったからこそだと思うと、女王陛下に感謝の気持ちが芽生えた。
彼は壊れた扉を越え、少女に手を差し出した。
「行こうか。女.王陛下のところに」
「……はいっ!」
大きく頷き、セイランの手を取って歩きだした。
聖殿に向かう道は、未来を示していると彼は思った。
このままずっと一緒に歩いていきたい。
彼女が言ったこの言葉を、自分は忘れないだろう。
まさしくその儚い夢は、力強い現.実へと変わるのだから……。

END

あとがき

季節ものその4、ホワイトデー編です。
ごめんなさい!!遅くなりましたっ!!(汗)
書けないし、時間はないしで、慌てふためきました(爆)。
蓋を開けて見れば、ホワイトデーの話じゃないような……。
とりあえず『WITH〜For St.Valentine's Day〜』の続きなのですが、続いてない気もするし…。
今までで一番まとまりのない話ですね。
最後も初めに考えていたことと違うんで、意外と長くなってしまいました。
これ、セイランくん突っ走ってますねえ(苦笑)。
乗り込んでいってもよかったかなあ、謁見の間に。
即位直前エンディング、どうだったかも思い出せず、最後は……(アワアワ)。
今回はそんなに泣かなかった温和ちゃん。
前回あんなに泣いてたのを考えると、成長したのかな?
個人的に気に入ってるのが、教官三人のやり取り。
わたしの中では、この三人は仲良しさんなのです。
ということで、季節もの冬編(プラス春編)はこれで終わりです。
今度はまた他の書きかけのやつをゆっくり書いていこうと思います。


りおさん、いつもありがとうございます。
(⌒^⌒)bうふっ。やっぱりこの二人はくっついててくれた方が嬉しいです!
女王になってもセイランと…というのは私の理想でもあります。
これからも、どんどん送ってくださいね!
皆さんも、待ってるんですから☆

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