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SILENT CHRISTMAS

 「クリスマスパーティー?」
 息を弾ませて嬉しそうにそう言った女王候補アンジェリークの顔を、まじまじと見つめたのは感牲の教官セイラン。
「そうなんです。マルセル様たちからお聞きしたんですけど、毎年クリスマスイヴにはパーティーを行うんですって」
「……今年は女王試験があるから中止、なんてことにはならないの?」
「あっ……」
 彼の冷たい言い方に、女王候補の表情が曇った。
 呆れてものが言えないといった様子で、セイランは溜め息をつく。
「それはないぜ、セイラン」
 いつの間にか扉を開いてそう言ったのは、炎の守護聖オスカーだ。
「前回の女王試験でも行ったんだ。クリスマスじゃなかったがな。中止なんてそんな野暮なこと、女王陛下はされないさ。なあ、お嬢ちゃん」
 すかさず少女の手を取り、手の甲に口づけをした。
 真っ赤になるアンジェリークに、もう一度溜め息をつく感牲の教宮。
「当日はこの俺にエスコート役をさせてくれよな」
 待ってるぜ、と投げキッスを送り、セイランの執務室から出て行った。
「全く、あの人は何しにここへやって来たんだか」
「で、でも、中止にならなくてよかったですね」
 まだ頬を赤く染めたまま、彼女が言った。
「嬉しそうだね。そんなに楽しみかい?」
「……少しだけ、です。でも、本当は……」
 と小さく言い淀むと、セイランはすかさず問いかけた。
「本当は、何?」
「あっ……いえっ、何でもありません」
 うろたえて否定する少女から視線を外し、青年はきっぱりとこう言った。
「そう。だけど僕はそのパーティーには欠席させてもらうことにするよ.」
「えっ?」
「パーティーとかそういった類いのものは、はっきり言って嫌いでね。そんな無駄な時間を過ごすより、一人でキャンバスに向かっていた方がよっぽど有意義だ」
 ぶっきらぼうにそう言ったきり、彼は黙り込んでしまった。
 その姿を、アンジェリークは絶望にも似た気持ちで見つめていた。
 確かに人付き合いは苦手そうな人てはある。
 でも少なくとも全く知らない人達の集まりじゃないのに……。
「ねえ、話はそれだけ?」
 迷惑そうにセイランが呟く。
 瞳は早く帰ってくれと訴えていた。
 それに何も言えなくなって、少女はただ頷くしか出来なかった。
「……失礼します」
「気をつけて帰るんだよ、アンジェリーク」
その言葉を最後に、執務室の扉は閉められてしまった。
(本当は……)
 さっき言いかけた言葉がよみがえる。
 言えばよかった。
(本当は、セイラン様と二人で過ごせればそれでいいって)
 知らず知らずのうちに目頭に涙が溜まり、それは頬を滑り落ちていった。

◇          ◇

 それから1週間後、守護聖とセイランを除く教官、そして占い師のメル、王立研究院主任のエルンスト、庭園で商売している商人が集まり、予定通りクリスマスパーティーは開催された。
「やっぱりセイラン様、来ないのかしら……」
 淡いオレンジのドレスに身を包んだアンジェリークが呟いた。
 その横で聞いていたレイチェルが、回りを見渡して言った。
「ホントだ。気まぐれなようで結構ガンコだよね、セイラン様って」
「嫌いなことはやらない主義だっておっしゃってたから……」
「でもさ、今日は楽しまなきゃソンだよ! そんな浮かないカオしないでさ」
「そうだぜ、お嬢ちゃん。このオスカーが楽しませてやろう」
 いきなり違う声が背後で聞こえ、思わず少女たちは飛びのいた。
「オスカー様、何やってるんですか! 驚かせないでください!!」
 レイチェルがそう叫ぶと、オスカーは苦笑した。
「それは悪かった。情熱の赤いドレスを纏ったお嬢ちゃん、お詫びに俺と一曲踊ってくれないか?」
「それって、要求するのは逆じゃないんですか?」
 肩をすくませて笑い、レイチェルは差し出されたオスカーの左手に自分の右手を乗せた。
「じゃ、ちょっと行ってくるね、アンジェリーク!」
 そう言ってオスカーと踊り始めたレイチェルを見ながら、羨ましいと少女は思った。
 音楽に含わせながらセイランと踊れたら、それほど嬉しいことはない。
 しかしそれは無理な話だった。
 この場所にセイランは来ていないのだから……。
「どうかしましたか? アンジェリーク」
 心配そうな口調で少女に声をかけたのは、水の守護聖リュミエール。
 その声に、今までぼうっとしていたことに気づく。
「リュミエール様。いえ、何でも……」
「ないわけじゃありませんよね。そんな浮かない表情するのは、セイランがここにいないからですか?」
 アンジェり一クの言葉を遮り、リュミエールは言った。
 図星を指され、とっさの言葉も出てこない。
 そんな少女を見て彼は微笑んだ。
「正直ですね。そういうあなたも可愛いですよ。……ついていらっしゃい、少し外に出ましょう」
「えっ? リュミエール様!?」
「パーティーのことなら心配しなくてもいいんですよ。一応自由参加なわけですから、いつ帰ってもかまいません」
 終始穏やかな口調でリュミエールは呟き、意味ありげな微笑みを見せた。
 それはどこかいたずらっぽい笑みだった。

 聖殿から出るとリュミエールは立ち止まり、少女の方に向き直った。
「昔語をしましょうか。今の女王陛下がまだ女王候補だったころの話を」
 少女はまだ彼の行動の意図が分からなかった。
 疑間符ばかり頭を駆け巡る。
 そんな彼女を知ってか知らずか、リュミエ一ルが話し始めた。
「前回の女王試験のときは、クリスマスパーティーではなくて春の終わりに秋の豊饒を祈願するパーティーだったのですが、一通り儀式が終わると後は今日のような感じで食べたり飲んだりしていたのです。少し時問が経ったころ、彼女は私のところへやってきて、二人でパーティーを抜け出したのですよ」
 それが何を意味しているか、少女にははっきりと理解出来た。
 驚く少女に微笑みを絶やさず、彼は話を続けた。
「二人で過ごす時の方が、皆と騒いでいる時より遥かに嬉しいことでした。たとえその後自分たちを引き離す出来事があったとしても、気持ちは彼女と共にあると思えば、今の生活もそれほど苦しいことではないのです」
扉の方を見て、リュミエールが驚きの表情を見せた。
 そこには、女王陛下の姿。柔らかく徴笑み、自分たちを見つめていた。
「だからあなたも、これからセイランのところにお行きなさい。その時問はここにいるよりも有意義な時間になるでしょうから」
 そう呟いたリユミエールの心遺いが心に染みて、少女は涙をこぽした。
 セイランも同じことを言っていたことに気づいて、泣きながら微笑む。
 どうして気づかなかったんだろう。
 あの言葉の裏に隠された本当の意味を……。
「ありがとうございます、リュミエール様。……女王陛下」
「私は何もしてないわ。頑張って、アンジェリーク」
「……はい!」
 二人に丁寧にお辞儀をすると、きびすを返して少女は駆け出した。
 逢いたいと思ったら、いても立ってもいられなかったからだ。
 学芸館までの距離の長さがもどかしい。
 いつの間にか髪飾りを落としていたのも気づかず、全力で走り続けた。

◇          ◇

 学芸館に近づくにつれ、一つの光が漏れているのが見えてきた。
 聖地にいる殆どの人達がクリスマスを楽しんでいるというのに、彼だけが一人でこの夜を過ごしている。
(雪、降らないかな)
 ホワイトクリスマスを夢見ている少女にとって、この場所は温暖すぎた。
 肩を出し、半袖のドレス姿でも寒くはない。たとえそれが走っていなくても。
(もう少し)
 時折歩きながら、それでも少女は走っていた。
 自分にこれ程までの行動力があるとは思いもしなかった。
 逢いたくてたまらない。
 こんな感情は女王試験に邪魔なのかもしれないけれど、それでもやっぱり、一緒に過ごしたいのはただ一人だけだった。
(セイラン様)
 心の中で呼んでみる。
 アンジェリークは呪文のように、彼の名を繰り返した。
 その度に胸が締めつけられ、何とも言いがたい切ない想いが広がっていった。

 通い慣れた学芸館の階段を、セイランの執務室まで呼吸を整えながらゆっくりと上がっていく。
 薄暗くてひっそりとした雰囲気は、いつもの明るさはない。
 しかしアンジェリークの心は落ち着いていた。
 彼がいる。
 それだけが少女を落ち着かせていた。
 階段を上り終え、彼の執務室の扉を見たときだった。
 突然扉が開いて、誰かが顔を覗かせたのだ。
「アンジェリーク……?」
 驚いた口調でその人は言って、部屋を出てきた。
「……セイラン様」
「何してるの、君は。まだパーティーとやらは終わってないんだろう? こんなところに来るなんて、女王候補失格だよ」
 容赦ない言葉に、アンジェリークは俯いた。
 確かにそうだ。女王候補として、この行動はいけないことだろう。
 それに、都合のいい解釈をし過ぎたのかもしれない……。
 でもここまで来てしまった。
 逃げ場はもうなかった。
「あの……わたし……」
 意を決して口を開いた途端、セイランが少女を見下ろして言った。
「パーティーに連れ出そう、なんて言わないだろうね」
「ち、違います!」
 慌てて否定するアンジェリークにようやく表情を和らげ、クスッと笑った。
「そう。じゃあ中に入ろうか。話はそれからにしよう」
「……はい」
 少女が頷くのを見届け、セイランは自分の執務室へと入っていった。
 その後を追いかけていこうとして、ドレスの裾を踏みつけたアンジェリークは、派手な音をたてて倒れてしまった。
 何事かと慌てて廊下を見る彼は、呆れ果てた状態だった。
「……全く」
 そう眩いたが最後、青年はお腹を抱えて笑い始めた。
 大爆笑するセイランをこの時初めて目にし、少女は困惑した。
 どうしたのだろう。いつもならこんなに笑う人じゃないのに。
 座り込んだアンジェリークを見下ろして、彼は言った。
「ここまで走って来たんだろう? よく今までこけなかったね。その反動かい?」
「さあ。自分でも不思議です.」
「それほどまで、僕に逢いたかったってわけだ。……嬉しいよ」
 そうして右手を差し出したセイランに答え、アンジェリークはようやく立ち上がった。
「そういえば、髪の毛はそのままなのかい?」
「えっ?」
 慌てて髪飾りに手を当てようとして、それが無いことに気づいた。
 お気に入りの髪飾りだったので、絶望感もひとしおだ。
 茫然とする少女に向かって、セイランは肩を竦めた。
「どうやらどこかで落としたみたいだね。ま、それはそれで好都合だけどさ」
 そう言うと、戸棚の引き出しから小さな箱を取り出して、少女に渡した。
 アンジェリークは驚いてそれを見つめ、頬を染めた。
「君にあげる。きっと似含うから」
「あ……開けてもいいですか?」
「勿論。それはもう君のものなんだし、僕に遠慮することないよ」
 微笑む彼の視線を受けながら、丁寧に包装紙を剥がしていく。
 中から出て来たのは、サテン地のリボンだった。
「セイラン様……これ……」
「縞麗だろう? 僕が思う君の色。まっさらな、それでいて何色にも負けていない……暖かな輝きを放つ真珠」
 そう言ったセイランの瞳は優しく、視線を外すことが出来ない。
 プレゼントのリボンをアンジェリークの手から取ると、彼は慣れた手つきで少女の髪を一部だけ三つ編みにした。
 仕上げとして、そのりボンを緒ぶ。
「ほら、やっぱり似合うよ」
「ありがとうございます、セイラン様。……あっ!」
 少し照れて俯いたアンジェリークが、突然叫んだ。
 その表情は、しまったという顔だ。
「何だい? 突然……」
「わたし、セイラン様にブレゼントを何も用意してないんです! ごめんなさい!!」
 慌てて頭を下げる少女に唖然とし、次の瞬間、彼は吹き出した。
「何言ってるのさ。もうもらったよ。……君がここにいることが、最大のプレゼントだってこと、いい加減気づいてほしいね」
 クスクス笑いながらそう呟いた彼の言葉が、ゆっくりと胸に染み込んでくる。
 それは涙の形になって、頬を滑り落ちていった。
「転んだり、落ち込んだり、焦ったり、泣いたり……忙しいね、君は」
 セイランの指が目尻に溜まった涙を拭い、そのまま彼女を抱きしめた。
 アンジェリークは彼にしがみついて、肩を震わせながら言った。
「嬉しいんです……わたし、セイラン様のことが好きだから……」
「知ってるよ」
 その言葉に驚きながらも、少女はふふっと徽笑んだ。
 彼も気づいていたんだ。自分の気持ちを。
「君がここに来てくれたことが、何よりの証拠さ。僕の自惚れかもしれないけどね」
「自惚れなんかじゃないです」
「そう。それは良かった。もしかして君も自惚れてた?」
 図星を指され、アンジェリークはただ首を縦に振ることしか出来なかった。
 黙り込んだ少女の額に、セイランは口づける。
「君が言った言葉、そのままそっくり君に返すよ。それはそうと、珍しいものが降ってる」
「え?」
「ほら」
 彼が指さした窓の外は、静かに舞い散る雪が見える。
 確かに温暖な聖地には珍しいものだった。
 だが、少女は誰の仕業か知っていた。
 それはさっき背中を押してくれた水の守護聖と、女王陛下。
 二人の力強い工一ルに間違いなかった。
「ホワイトクリスマス、か。キャンドルもケーキも何ひとつないこの部屋なのに、それだけでクリスマスらしくなるなんて驚きだね。控えめなのに存在感抜群とは、まるで君みたいだ」
 そしてまた、後ろから抱きしめられ、アンジェリークは瞳を開じた。
 幸せな時間は、今始まったばかり……。

END

あとがき

季節もの企画その1、クリスマス編です。
甘いです。危険なほどに甘いです。
書きながら「ちょっと待て(汗)」と突っ込むこともしばしぱ。
最後なんかもう……(自分で書いときながらなんですが・苦笑)。
こうなったらもう、甘甘路線、突っ走りますよ〜!!
っーか、いっものことですけどね。ハハハ(乾笑)。
しかも上達しないし。
情熱家温和ちゃんとしか言いようがない、この話。
本当はセイランくんのモノローグもあったんですけど、長くなるのでカットしました。
それでこの長さ。一体いつになったら、短く話を纏められることが出来るのでしょうか。
最大の謎です(笑)。


『SILENT CHRISTMAS』(クリスマスストーリー)でした。
甘いの好きですぅ。ふふふ('-'*)。
でも、なんだか久しぶりにキツくても優しい、王道なせイラン様(何だ、そりゃ。爆)を見れた気がして、それもまた嬉しかったです。
りおさん、ありがとうございました!

次は、『琥珀の太陽』(セイラン様バースディストーリー)です。

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