英雄の思惑




 もはや、これまでか。

 行軍の失敗により処刑とは、あまりにも惨めすぎる最期だ。せめて戦いの中
での死であれば、幾らか報われたものの。

 項垂れ、ソロンは唇を噛んだ。ハイランドの貴族として生まれ、貴族として
育ったソロンにとってハイランドは命に代えても守らねばならないものだった。
それが、そのハイランドから切り捨てられるとは。情けなさすぎて涙も出ない。

 かつでの部下だった男が、剣を構えた。ルカの支持通り、ソロンの首を落と
すつもりなのだ。

 ソロンはじっと男を睨み付けた。何があっても取り乱すまいと、男の意地が
、貴族としてのプライドがそうさせたのだ。男はソロンの眼にたじろいだが、
それでも気を取りなして再び剣を構えた。

 高々と、剣が持ち上げられる。だがその剣は振り下ろされる事はなかった。



「ソウルイーター。」

 何やら囁きが聞こえたのと同時に、ソロンを捕らえていた兵士達の足下に暗
闇が現れ、兵士達を呑み込んでしまったのだ。

 一体、何が起こったのか。

 今起こった事を把握しようと辺りを見回していると、一人の少年と目が合っ
た。

 まだ、14、5歳だろうか。緑のバンダナを頭に巻き、赤い服を着ている。
その恰好もさることながら、容色の面でも際立った少年だった。

 ソロンと眼が合うと、少年はニッコリと微笑んだ。

「大丈夫かい?」

 その笑顔に威圧感を覚えながらも、ソロンはゆっくりと頷いた。一体、少年
は何者なのか。たった一言で一ダース以上の兵士を消し去ってしまう少年であ
るからして、ただ者である筈がなかった。

 訝しく思う心が、顔にも出ていたのだろう。少年はクスクスと笑いながら、
ソロンに手を差し出した。

「まぁ、訝しく思う気持ちも分かるけど?取り敢えず、助けたんだからお礼の
一つでも言って欲しいかな。」

 確かに、ソロンは少年に助けられた。だが正体の分からない相手に礼を言う
気など、起こるはずがなかった。命を助けられたという感謝の気持ちよりも、
疑念の方が上回る。

「…お前は、何者だ…?」

 刺々しい云い方になってしまうのは、この際仕方ないだろう。ソロンは少年
の差し出した手を見つめながら問いかけた。

「何者って、言われてもねぇ…。」

 ポリポリと頬を掻きながら、困った様に少年が笑う。その顔があまりにも普
通の少年の様に見えたので、却ってソロンの方が戸惑ってしまった。

「この紋章で、解らない?」

 差し出した手を翻し、少年は手の甲をソロンの方に掲げて見せた。その手に
宿る紋章に、見覚えはなかった。だがもしかしてこれが、噂に聞いたあの紋章
なのだろうか。

 少年の手を取り、まじまじと紋章を見つめる。心なしか光って見えるそれは、
ただの紋章ではなかった。

「まさか、貴方が…」

 トランの英雄、という言葉をソロンは途中で呑み込んだ。城の方から、処刑
の様子を見に来た兵士がやって来たからである。

 少年はソロンの手首を掴むと、思い切りグイと引っ張った。華奢な外見の割
に、少年の力は強い。その事に驚いているソロンを顎をしゃくって促すと、少
年は駆けだした。慌ててソロンも少年に倣う。

「さぁ、早く!」

 ソロンの手を掴んだまま離さない少年に促されるまま走り続け、二人は城を
離れた。そして、一時間ばかり走っただろうか。隠れ家らしい場所に来て少年
は漸く走ることを止めた。

「息があがってるけど、大丈夫?」

 ソロンの呼吸が荒いことに気づいて、少年はソロンに水を渡した。素直に水
を受け取りながらも、そりゃお前は甲冑を着ていないからとソロンは心の中で
毒づいた。

 甲冑は重い。甲冑だけで人間一人分の重さはあるだろうと言われるほど重い。
その甲冑をだ、来たまま一時間も走り続ければルカでも無い限り息が切れて当
然だ。

 荒い呼吸を整えながら、ソロンは少年を観察した。

 きちんと名乗ってもらった訳ではないが、目の前にいるこの少年がトランの
英雄であるという事は間違いない。彼が宿している紋章がその証だ。恐らく、
兵士達をあっという間に呑み込んでしまった闇も紋章のなせる技なのだろう。

 意志の強そうな眼に、少年らしい外見に似合わない落ち着き。それらを除け
ばこの少年は、至って普通の少年であるように思えた。そんな、彼が英雄。噂
に名高いトランの英雄なのだというのだから世の中というのは不思議なものだ。

 そしてまた、少年に促されるがままにハイランドを逃げ出してきた自分自身
をも不思議だと思う。あのままハイランドに残っていたら、処刑の続きが行わ
れたのは間違いない。だが、だからと言って少年についてくる必要まではなか
ったのだ。

 トランの英雄。この少年には、底知れない何かがある。恐らく自分は、少年
に惹き付けられてここまで来てしまったのだ。

 探るようなソロンの視線に気づいたのか、少年はソロンに向かって微笑んだ。
花が咲いたような、とは言わないまでも気持ちのいい笑顔だった。

「改めて、自己紹介が必要かな。僕はコウ。コウ・マクドールだよ。」

 やはり、この少年がトランの英雄。ソロンは跪き、コウに向かって頭を下げ
た。

「マクドール殿、お目にかかれて光栄です。」

「うん、僕も名将ソロン・ジーに会えて嬉しいよ。」

 それは嫌味かと、言いたいのをソロンは唇を噛むことで抑えた。本当に名将
であるならば、同盟側に負けることもなく、今この場にいる事さえもなかった
だろう。

 俯いたまま言葉を発しないソロンに、コウは気軽に声をかけた。

「ま、会うために城まで乗り込んだんだけどね。」

 その言葉に、ソロンは思わず顔を上げた。トランの英雄が、わざわざソロン
に会いに城まで来たという。そんな事が、あるというのか。

 驚きに目を見開きながら、コウを見つめる。コウは悪戯っぽく笑うと、ソロ
ンのタマネギ頭に手を伸ばした。

「やぁー、どうやって頭立ててるのかが気になって気になってしょうがなかっ
たんだよ。グレミオは天然だって言い張るんだけど、そんな事ってあるかな?
僕は油でも使ってるんだと思うんだけど。」

「…まさか、貴方はそんな事の為に危険をおかしてハイランドまで来たのです
か…?」

 だとしたらかなりのバカだと思いながら、ソロンは恐る恐る訊ねた。

「まさか!危険なんて、これっぽっちも無いじゃないか。」

 ああ、つまりはそれだけの理由のためにソロンは助け出されたのか。たかだ
か髪型、それだけの為に。

「ふふ、ふふふふふ…。」

 力無く笑うと、ソロンはその場に倒れ伏した。もう三十路であるのに、無理
な運動が祟って疲れ果ててしまったのだ。

「あーあ、倒れちゃったねぇ。」

 ツンツンと棒でソロンをつつきながら、コウは溜息をついた。

「これじゃ、ソロンを同盟側に連れていくのが遅くなっちゃうじゃないか。」

 さすがにコウでも、ソロンを担いで自分の家まで帰る事は出来ない。甲冑と
合わせて、重さは軽く百キロを超えるのだ。そんなものを担いで何十キロも歩
きたくない。

「ま、いっか…。」

 呟いて、ソロンを隠すためコウは立ち上がった。ここは隠れ家で一応安全だ
とは思うが、偽装はしておくに越したことはない。ソロンの甲冑を剥がして一
つに纏め、それを木の上の方に隠して見えないようにしておく。

 それからソロンを家の中に入れ、彼に大きなネグリジェを着せた。当然頭に
はナイトキャップだ。

「よしっ!これで病気の奥さんに見えるよね。」


 

 この後、目が覚めたソロンとコウの間にひと騒動あった事は言うまでもない。




 …バカだ。海田はバカだ…。  ソロンが処刑されるとき、勿体ないと叫んだ馬鹿者は海田です。勿体ないか ら同盟にくれと、心底思いました。で、こんなものを書いてみた、と。ちなみ にこれのルカバージョンもあったりします…。


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