寡黙な英雄
ナリヒラの知るトランの英雄…コウ・マクドールは寡黙な少年だった。出会
ったときから殆ど何も言葉を発しない。
どうにも聞いていた話と違うとナリヒラは首をひねったが、それでもコウが
寡黙である事に変わりはなかった。
「マクドールさんは、なんでそんなに無口なんですか?」
聞いてみた事もあったが、コウから返事はなかった。
戦闘に誘うたび、グレミオに押し出される形ではあるがついて来てくれるの
だから別に戦闘が嫌いというわけではないと思う。何より、倒れたモンスター
から金品を奪い取るコウは、表情は動かないがそれなりに楽しそうだ。
「マクドールさんは、僕の事嫌いなのかなぁ…。」
グリンヒルに一緒に潜り込んでもらうため、コウを迎えに行く道中でナリヒ
ラはそんな事を呟いた。
「それは、無いと思うんだが…。」
とは、今回のメンバー中唯一昔のコウを知っているフリックの弁だ。
フリックの知るコウとは、溢れんばかりの自信を持ち、常に人の前を歩いて
いく様な少年だった。人をからかうのが趣味で、よくルックと皮肉合戦をやっ
ていたのを記憶している。
「あいつに嫌われてるんだったら、今頃土になっててもおかしくないぞ。」
それだけコウは強烈な少年だった。嫌いな人間には全くといって良いほど容
赦しない。その冷酷さも相俟って、彼は解放軍を勝利へと導くことが出来たの
だ。
「…だったら、だったら何でマクドールさんは口をきいてくれないんでしょ
う。」
不安そうなナリヒラに何とか言ってやりたいと思っても、フリックはまだ
『寡黙な』コウに会ってすらいない。
「取り敢えず、グレミオさんにでも聞いてみれば?」
コウの事なら、コウ以上に知っているのがグレミオだ。フリックの提案にナ
リヒラはうんうんと頷くと、張り切って目の前のモンスターを倒しにかかった。
そのナリヒラの前には、フリックとお喋りをするコウを庇い続けたため瀕死
状態になったマイクロトフの姿があった…。
そしてグレッグミンスター。
役人に頼んで連れてきてもらった後は、駆け足でコウの家へと向かう。勢い
良く扉を開けると、ナリヒラは挨拶も無しに二階へと駆け上がった。
「おい、ナリヒラ挨拶は…」
きちんとしようなというフリックの声は、ナリヒラに届かなかった様だ。
「余程コウ殿の事が気にかかる様ですね。」
フリックの横でカミューもやれやれと溜息をついた。
「グレミオさんっ!!」
二階へとあがるなり叫び、ナリヒラはコウの部屋へと突入した。蹴破るよう
に扉をあければ、其処にはいつものようにぼんやりと立っているコウと、その
後ろに控えたグレミオの姿があった。
「おや、ナリヒラ君。こんにちは。」
ナリヒラの乱暴な態度など気にも留めず、グレミオが穏やかに挨拶をする。
そんなグレミオにナリヒラも頭を下げてから、乱れた呼吸を整えるため深呼吸
をした。
「グレミオさん、ちょっと話があるんですけどいいですか?」
ちらりとコウに視線をやりながらナリヒラが言うと、グレミオは快諾してく
れた。
「ええ、勿論です。ここじゃ駄目なんですね。」
ナリヒラの態度に察するところがあったのか、グレミオはコウに聞こえない
ようナリヒラに囁くと廊下に出るよう促した。ナリヒラが廊下に出るとグレミ
オもそれに倣い、そしてそっと扉を閉めた。
「…話っていうのは、マクドールさんの事なんですけど…。」
「ええ、ビクトールさんからそれとなく伺ってますよ。」
一体、ビクトールは何時の間にグレミオに連絡をつけたのか。驚きつつナリ
ヒラは話を続けた。
「だったら、話は早いです。マクドールさんはどうして僕と喋ってくれないん
でしょうか?フリック達とは、よく話をしていたみたいなのに…。」
悲しげにナリヒラが告げるのを見て、グレミオは思わず吹きだしてしまった。
「酷いですよ、グレミオさん。僕はこれでも本気で心配してるんですよ。」
「す、すみません…。」
笑いながら謝られても、謝られている気がしない。恨みがましくグレミオの
顔を一睨みし、ナリヒラは溜息をついた。
「…で、実のところどうなんですか?」
今日は、その事を聞く為に一生懸命走ってここまで来たのだ。(普段はホノ
ホノとピクニックがてら歩いてくる)グレミオに話してもらわねば気が済まな
い。
「別に坊ちゃんはナリヒラ君の事を嫌ってなどいませんよ。」
拍子抜けする答えだった。だったら何故コウはナリヒラと話してくれないの
だろう。
そんなナリヒラの疑問を感じ取った様に、グレミオは言葉を続けた。
「坊ちゃんは、喋らないんじゃなくて喋れないんです。」
「え…?」
そんな話は、聞いたことがない。解放戦争が終わった頃は、普通に話をして
いたと聞いている。それにコウは自分の家に帰るときはちゃんと挨拶をしてか
ら帰っている。声が出ないという事はないだろう。
「声は出ますよ、声は。ただちょっと、病気で…。」
「マクドールさん、病気だったんですかっ!?」
ナリヒラの声は屋敷中に響き渡った。一階でクレオの入れてくれたお茶を飲
んでいたフリックやカミューも慌てて二階に駆けつける。
「おい、今の本当か?」
あのコウが病気だなんて信じられないという顔をして、フリックはナリヒラ
に詰め寄った。だがナリヒラとて今グレミオから話を聞いたばかりなのだ。事
の真偽は分からない。
第一、病気だったなら何故コウは幾らグレミオの勧めとはいえ戦闘に参加す
るのか。否、そもそもグレミオがコウに戦闘に参加するよう勧める事自体がお
かしい。
「事の次第をご説明頂けますか?グレミオ殿。」
丁寧に礼をしながら近寄ってきたカミューに、グレミオはやんわりと微笑ん
だ。
「別に説明するほどの事でもありませんよ。…ただ、坊ちゃんは躁鬱病なんで
す。」
「躁鬱病?」
あまり聞き慣れない病名にナリヒラは顔をしかめたが、フリックはあいつな
らあり得ると一人頷いている。
「元々躁っぽいヤツだったが、それに鬱が加わったのか。あの戦争のせいか?」
あの戦争とは、フリックも加わった解放戦争の事だ。そこでコウは親友を亡
くし、親をも亡くした。
「ええ、多分そうですね。坊ちゃん自身は気づかない様でしたが、戦争が終わ
ってからふさぎ込んでいる事が多くなり、かと思えば前の坊ちゃんと変わらな
いご様子だったり…。」
色々と思うところがあるのだろう。グレミオは溜息をついた。
「あまり部屋に籠もりっぱなしでは余計鬱が酷くなると思って、鬱の時はお誘
いがあれば戦闘に行ってもらう様にしているんです。坊ちゃん自身も、戦うの
が好きな方ですし。」
確かに、戦うコウは楽しそうだ。一応グレミオの思惑通り、気晴らしになっ
ているに違いない。
「でも、グレミオさん。それじゃあ躁の時はコウさんどうしてるんです?」
鬱の時は戦闘で気晴らしするという。では、躁の時はどうかのか。気になっ
てナリヒラが訊ねると、グレミオは言いにくそうに口ごもった。
「そ、それは…。」
「いいだろ、グレミオ。ここまで話したついでだ。全部吐いちまいな。」
どうせコウの事だ。何があっても驚かない自信がフリックにはある。
「そうですよ、グレミオ殿。どうせなら全て話してしまった方が、貴方も楽に
なるのではありませんか?」
カミューにまで言われて、グレミオは渋々ながらも口を開いた。
「…坊ちゃんは、お一人でよく旅をされるのです。」
「旅ぐらい別にいいじゃないか。」
「いえ、ですがその旅先というのが主にハイランドの領地で…。」
「まぁ、コウだしな。」
敵国の領地に行くのはどうかと思うが、今のコウは一応一般人だ。危険では
あるが、ハイランドに行ってはならないという事はない。
「おまけに、よく人を連れて帰ってくるんです。」
「人?」
「それがどうも、ハイランドの将軍らしくて…。」
その言葉には、流石にフリックも驚いた。フリックで驚いたくらいだから、
ナリヒラやカミュー達はその比ではない。
「…最近いなくなったハイランドの将軍といえば、ソロン・ジーですかね…。」
呆然としながら呟いたカミューに、後ろで控えていたマイクロトフが相づち
を打つ。
「他の将軍達は死亡しているし、まず間違いない。」
情報ではソロンは処刑された事になっていたが、まさかコウが助けていたと
は。その事が信じられず、ナリヒラは大急ぎでコウの部屋に駆け込んだ。
「マクドールさん!」
大声でナリヒラが叫ぶと、コウはゆったりとした動作で振り向いた。その顔
はぼんやりとしており、何を考えているのか伺い知ることは出来ない。
「マクドールさんが、ソロンを助け出したって本当ですか?」
ガクガクとコウの肩を掴んで揺さぶりながらナリヒラが問うと、コウはゆっ
くりと頷いた。
「何でマクドールさんがそんな事するんですかぁ〜〜〜!?」
ソロンを助け出したという事は、ハイランドの本拠地、ルカの城に乗り込ん
だという事を示している。そんな危険な事をコウがしたのかと思うと、ナリヒ
ラは血の気が引いた。
だが取り乱したナリヒラとは対照的に、コウは実におっとりとしていた。色
々と叫びながら苦悩するナリヒラの脇をすいと通り抜けると廊下に出て、グレ
ミオのマントを掴んだ。
「何ですか、坊ちゃん?」
グレミオが訊ねるが、コウは何も答えない。ただじっとグレミオの瞳を覗き
込む。
「ああ、ご飯ですね。今仕度をしますから、少し遊んでいて下さい。」
目でコウの感情を読みとったグレミオは、食事の支度をするため一階へと下
りていってしまった。いつもコウにまとわりついているナリヒラはまだ苦悩し
ている最中だし、久しぶりにコウと対面を果たしたフリックは正直困ってしま
った。
「よぉ…。」
取り敢えず挨拶をしてみるが、コウからの返答はない。ふいとそっぽを向く
と、そのままフラフラと一階へと下りてしまった。その後を慌ててフリックが
追う。
「ちょっと待て、コウ!!」
叫ぶがコウは止まらない。案外しっかりした足取りで階段を下りると、グレ
ミオがいるであろう台所へ入ってしまった。フリックも後に続いて台所へと入
った。
そして、フリックは固まった。
コウが、あのコウが事もあろうに忙しく野菜を切ったり煮たりしているグレ
ミオの腰にしっかりと手を回して張り付いていたのである。
「坊ちゃん、今は料理中ですから。」
とグレミオがたしなめるが、コウはその言葉を聞くと悲しそうに目を伏せた
がグレミオから手を離さなかった。
「…おい、コウ…?」
これは本当にコウなのかという疑問が、フリックの頭の中を過ぎる。確かに
顔はコウの顔だ。だが、中身があまりにも違いすぎる。グレミオがコウは病気
だと言っていたが、それよりもコウの双子と言った方が信憑性がある。
あんぐりと口を開けたまま固まってしまったフリックに、グレミオが困った
ような顔で笑いかけた。
「…坊ちゃん、鬱の時はひっつき癖がありまして、誰彼構わずひっつきたがる
んですよ。」
「それは、違うと思いますよ。」
何時の間に下りてきたのか、フリックの後ろにはカミューが立っていた。
「私は戦闘の際はコウ殿と行動を共にしていますが、一度も抱きつかれたこと
などありません。」
その後ろでは、マイクロトフもウンウンと頷いている。カミューとマイクロ
トフは主戦力であるため、コウと行動を共にする機会が多いのだ。けれどコウ
はカミューはおろか、マイクロトフやナリヒラにも抱きついた事は一度もない。
「そうなんですか?坊ちゃん。」
グレミオが話しかけると、コウはコクリと頷いた。その動作は容貌も相俟っ
て幼い子供のように見えた。
「コウ殿は、グレミオ殿に本当になついていらっしゃる。」
何処か羨ましそうな顔でカミューが告げると、グレミオは頬を微かに赤らめ
た。そんなグレミオの後ろでは、やはりコウがコクコクと頷いていた。
「ま、コウに嫌われてなくて良かったな。」
バナーへと続く道で、フリックはまだ多少混乱しているナリヒラの頭を軽く
叩いた。
「そりゃぁー、そうなんですが…。」
だがどうにもナリヒラは歯切れが悪い。まだ何か、気に掛かっていることで
もあるのだろうか。
「コウさん、結局ソロンさんどうしたんでしょう。」
「そういや、そうだな…。」
コウがソロンを連れて帰ってきたという話は聞いたが、その後どうしたのか
事の顛末はグレミオから聞かされていない。ぼんやりしているコウに聞いても、
答えてはくれないだろう。そうなれば、ソロンのその後については再びグレッ
グミンスターに行ったときにでもグレミオに訊く他あるまい。
そもそも、コウは何のためにソロンを助けたのか。その事についてはコウが
話をする気になった時にでも訊くしかない。
本当に色々面倒を起こしてくれるとフリックが溜息をつく横で、カミューが
ボソリと呟いた。
「そういえばグレミオ殿は、コウ殿が連れてきたのが一人じゃない様な口振り
でしたよね…。」
グレミオは「よく人を連れて帰ってくる」と言っていた。ソロン一人であれ
ば、この表現はおかしい。
「…どういう、事でしょうね。」
その呟きに、コウを除くメンバーは青くなって顔を見合わせた。
これだけ長さ書いたのに、書きたいシーンが書けなかった…。それはまた先
送りという事で。TとUの坊ちゃんのギャップに呻いた海田、苦肉の策。それ
が坊ちゃん躁鬱病…。でも、同じ発想をした人を見たこと無いだけにちと不安
に思う。私はすごく楽しいですけどね!(オイ)
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