愛しの貴女



「中村をかけて勝負だ!」

 教室でぼんやりと突っ立っていた速水に、舞は突然決闘を申し込んできた。

 その事に、速水は驚いた。決闘を申し込まれた事自体初めてだったし、その
相手が恋人と言っていい程親しい舞だったからだ。

 それに、舞の言う中村とは一体誰の事なのか。部隊編成の都合上、突然増え
た仲間の名前と顔を全て把握していない速水にとって、中村というのは性別す
ら不明の謎の人物でしかなかった。

 名も知らぬ人物相手を賭けて勝負なんて、そんな馬鹿げた事をする気はしな
かった。それに、もうすぐ授業だ。速水はキッパリと断った。

「その申し出を受け入れることは出来ない。」

 すると前は目尻をつり上げ、怒りだしてしまった。

 舞に怒られると、速水も辛い。しかし、この場合は仕方ないではないか。

 速水が舞を宥めようと側に寄った所で、皆の動きが止まった。何事かと思
って振り向けば、教室の入口に本田が立っている。

 速水は舞に話しかけることを諦め、席に着いた。





 授業が始まっても、速水の頭は「中村」の事で一杯だった。

 この教室を見回してみても、「中村」なんて名前の人間はいない。物覚えが
悪い速水でも、流石にクラスメイトの顔と名前くらいは把握しているのだ。
 となれば、残るは二組か。まさか女子校の生徒だなんて事はあるまい。

 昼休みになったら二組へ行こう。

 決心を固めると、今が授業中であることが非常にもどかしく感じる。速水は
この授業は眠ることに決めると、机の上に顔を伏せた。





 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、皆教室を飛び出していく。外食に行く者
もあれば、弁当を持参している者もいる。何はともあれ楽しい昼休みだ。

 速水は自分の弁当を急いで平らげると、二組へと向かった。昼休みは教室の
外で昼食を取る生徒が多いため、その「中村」とやらが教室に残っている可能
性は高くはない。それでも行かないよりは増だと思い、速水は二組の教室を覗
いてみた。

 中には二、三人の生徒がバラバラと残っているだけで、教師もいなかった。
取り敢えず手近な所から始めようと、速水はオレンジ色の髪の毛をした少女に
話しかけてみた。一見ヤンキーかスケバンの様だが、纏う雰囲気は素直そうだ。
彼女が中村…という可能性は低そうだが、もしかしたらという事もある。

「ねぇ。」

 背後から声を掛けると少女は短い悲鳴を上げ、大変な勢いで振り向いた。

「背後から話しかけるな!!」

 怒鳴る少女の目は血走っており、息は乱れている。余程、背後から声をかけ
られた事に驚いたらしい。その事に内心詫びを入れつつ、速水は訊ねた。

「ねぇ、中村って知らない?」

「あぁ、中村ぁ〜?」

 どことなく巻き舌の言葉遣いは、やくざを彷彿させる。しかし、速水は恐怖
感など微塵も感じてはいない。彼女は江戸っ子なのだろうか…などと考えてい
るからやはり呑気者。キング・オブ・呑気者だ。

 少しも畏れた様子のない速水を、少女の方が畏れた様だ。気まずそうに速水
から目を逸らすと、一つ小さなため息をついた。

 少女は教室から身を乗り出し、プレハブ校舎の下に佇んでる人物を指さす。

「あれが…中村だよ…。」

 それだけを言うと、少女はさっさと自分の席に戻ってしまった。

 速水は柵から身を乗り出し、下に立っている人物を眺めた。背の小さい、太
めの坊主男が一人。それとは反対に背が高くすらっとした、長髪の男が一人。

 さて、どっちが中村だろう。

 速水の予想では背の高い方の男だが(何せ彼は顔が良い)、考えてもどちら
が中村であるかなんて事は分からなかったので、近くまで行って確認をとる事
にした。

 いきなり「どっちが中村?」では些か失礼な気がしたので、速水は暫くは側
に立ち、二人の会話を聞くことで名前を知ろうと考えた。

 けれど、二人の話には一向に名前が出てこない。菓子がどうだ、物価がどう
だ。そんな話ばかりだ。

 いつまでも話を聞いていてもいいが、もうすぐ授業が始まってしまう。仕方
なしに速水は二人の会話に割り込み、自ら名乗った。

「僕は一組の速水。君たちは?」

 突然の事だったので二人は驚いた様だったが、同じ小隊の仲間という事で好
意的に対応してくれた。

「ああ、貴方が速水さんですね。私は遠坂と申します。」

 言いながら背の高い男の方は握手を求めてきた。速水は戸惑いながらもそれ
に応じると、愛想笑いを浮かべた。

 うん、なかなか良さそうな人だ。ちょっと生真面目そうな所が難だが、こう
いう人は仕事にも真面目なのだろう。それならばそれで大歓迎だ。

 速水は遠坂の手を離すと、後ろにいる背が小さい男の方に目を向けた。

 背の高い方が遠坂だという。それならばこっちが中村なのか。

 ずんぐりむっくりとした太めの体型、ちょっと悪党じみた小さな目。短く刈
り上げた髪は淡いクリーム色で、肌は少し焼けている。

 速水にしてみれば、これが中村なのかという思いが強い。何せ舞が、勝負を
挑んでまで手に入れたいと思ったほどの人間だ。外見で人を判断するなと怒鳴
られそうだが、何せあの舞が気に入ったらしい人物だ。外見にもそれなりのモ
ノを求めても仕方なかろう。

 だがしかし、甘くないのが現実である。

「俺は中村だけん。」

 ずんぐりむっくり(失礼)はそう言って笑うと、速水の肩をバンバンと叩い
た。

「お前、しっかり食っとるかぁ?だからそんなに細っこいんだに。」

 そういうあんたは太りすぎ、と内心突っ込みつつ、速水は微笑んで見せた。
先ほど遠坂に見せた笑いよりも、かなり引きつった笑みになってしまった。こ
れはこの際はどうしようもない。速水は外見とは裏腹に、パニックを起こして
いたのだから。

 こいつが、中村。

 舞が好き(らしい)相手…。

 一体何が舞のお眼鏡に適ったのか、速水には分からない。確かに見かけより
は性格は悪くなさそうだし、見慣れれば愛嬌のある顔立ちかも知れない。

 けれど、何故!

 速水自身、すっかり舞と恋人気分だっただけにこの事実はかなりショックだ
った。相手が自分よりもいい男だったら諦めもつくものの、何せずんぐりむっ
くり…。

 予鈴がなる。

 速水は別れの挨拶もせずにその場を離れると、授業を受けるためヨロヨロと
階段を上った。しかし、その顔はいつもの笑顔だったというから、流石は速水
である。
 


 半プレイ日記なので、深くは突っ込まないで下さい…。実際私は中村が誰か、 分からなかったのです。しかし、突然の決闘申込には結構驚きますね。  中村の言葉遣いは分からなかったので、適当です。

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