形見



 来須が死んだ。

 スカウトなんて危険な事をしていたからそれは無理からぬ事だろう。けれど
速水の敵は自分の敵ですらあると云ってくれた来須を思うと、失われたことが
悲しかった。

 来須は逝ってしまったのだ。

 速水に、形見の靴下だけを残して…。






「話がある。」

 サンドバックを殴っていると、来須が話しかけてきた。それは非常に珍しい
ことで、周囲も驚いた様だったが速水自身も驚いた。

 速水と来須の関係というのは、無口な来須に速水がつきまとう…という形で
成り立ってきたのだ。それが、来須から話しかけてくるとは。

 大した用件ではないかもしれないが、それでも嬉しい。速水はサンドバック
を殴る手を休めると、来須に向き直った。

 来須は速水の視線が自分に向いていることを確認すると、靴を脱ぎ、靴下を
も脱ぎだした。

 まさか水虫の薬でも持ってこいというのだろうか。速水はそんな事を考えつ
つ、来須の奇行をじっと見守った。

 靴下を脱ぎ終わった来須はそれを速水の眼前にかざすと、こう切り出した。

「靴下をやる。だから代わりにツナ缶をよこせ。」

「は?」

「だから、交換だ。」 

 何の冗談かとも思ったが、来須の目は真剣だ。速水は自分のツナ缶に目を落
とすと、おずおずとそれを差し出した。

 受け取る瞬間、来須の表情が緩んだ。普段はムッツリと黙り込んでいる来須
だから、それは非常に珍しいことだ。何で靴下と缶詰を交換したがったのか速
水にはさっぱり分からなかったが、それでも来須の笑顔を見られただけでも良
しとしよう。

 しかし、靴下を手に入れたのはいいが、一体これを何に使えばいいのだろう。
じっと見ていると、だんだん匂いを嗅ぎたくなってくるから不思議だ。そんな
事をしたら変態じゃないか、と良心が囁く一方で、折角だから嗅いでみろよと
悪魔が囁く。

 幸いにして、皆来須の奇行にしてやられたのかこの場からは去っていったし、
来須自身もツナ缶を手に入れた事に満足したのか姿を消している。人影は、な
い。

 結果、速水は悪魔に負けた。





 目が覚めると、そこは衛生官の仕事場だった。

 側には薬と水差しがあり、「馬鹿」という舞からの有り難くも憎々しい書き
置きがある。

 恐らくは靴下の匂いを嗅いで倒れてしまった速水を、ここまで引っ張ってき
て休ませておいてくれたのだろう。その事に感謝しつつも、どうやって舞の細
腕で速水を運んできたのか疑問に思う。

(ま、舞は芝村だし…。)

 一人で勝手に答えを出すと、速水は家に帰ることにした。靴下の匂いで丸一
日をつぶしてしまったから、明日はきっちり活動しなければ。

 しかし、その速水の決意は覆された。

 突如発生した戦闘で、仕事どころではなくなったのだ。

 そして、その日の戦闘で来須は死んだ。






 来須の死にショックを受けつつも、日々は巡る。

 速水は仕事に訓練にと忙しく、来須を思い出す日も減っていった。

 しかし、手の中にある靴下を見るたびに来須の奇行を思い出さざる得ない。
それだけ印象に残る行動だったのだ。

「元気だせってば。」

 心友である瀬戸口は、何かにつけて励ましてくれた。見当違いな言葉も多々
あったが、全体的にその心遣いは有り難かった。

「大丈夫だよ。」

 そんな事を云ったところで瀬戸口が納得するとは思えないけれど、速水はそ
の言葉を度々口にした。まるでその言葉で、自分自身を奮い立たせるかのよう
に。



 そして、来須が死んでから一週間ばかり経ったある日。速水は衛生官の仕事
の助けになれば、と洗剤を買いに地下マーケットに向かった。

 速水が一歩地下に踏み入れた瞬間、店主から声がかけられた。

「いいものを持ってるな…。売るのか?」

 速水は、店主が何を云っているのか分からなかった。今の速水は、金目のモ
ノなど一切持っていなかったからだ。

 店主は何を買い取ってくれる気なのだろうか。不思議に思いつつ店主の次の
言葉を待つ。

「来須の靴下…百円だ。売るのか?」

 店主の言葉に、速水の目の前が真っ暗になった。

 そりゃあ、闇マーケットなどという位だ。非合法なものも売っているし、買
い取りもするだろう。だが、靴下まで買い取るのか?これではまるでブルセラ
ショプではないか!

「売らないのか?」

 催促するように店主が速水に声を掛ける。

 売れるわけないだろう。売ること自体に大した抵抗がなくとも、それを誰か
が買って速水の様に匂いを嗅いでいたら…と考えると嫌すぎる。

 速水は洗剤を買うことも忘れて、マーケットから飛び出した。

 後ろから店主の声が聞こえたような気がしたが、それは無視した。



 走って、走って、気がつくと校門前にまでついていた。

 先ほど買い取りを迫られた、来須の靴下を取り出す。

「売れるはず、ないよなぁ…。」

 来須の唯一の形見なのだ。それを、ブルセラまがいのことに使用できる筈な
どない。

 速水はそれを履いていた人間に思いを馳せるかのように、頬ずりした。

 しまった、と思ったときには時既に遅し。速水は思いきり鼻から空気を吸い
込んでしまっていた。

 意識を保とうと頑張るが、そんな速水の意志とは別に意識はだんだんと遠の
いていく。

 もう、舞はいないのに。誰が倒れた速水を保護してくれるというのだ。




 気がついたときは、再び衛生官の仕事場だった。

 やはり前と同じように薬と水差しがあり、「馬鹿」と書かれた紙が置かれて
いる。

 誰が運んでくれたのだろう。手紙をよく見てみると、それは瀬戸口の字だっ
た。

 舞の後釜が瀬戸口である事に些か疲れを感じつつも、速水は家に帰るため立
ち上がる。

 来須の遺品は、彼の意図せぬところで騒動を速水の心に嵐を引き起こしたの
であった。



 概ねこんな感じのプレイ状態でした。しかし、来須の靴下って臭そうだよ…。

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