イスカリオテの男




 あの男は駄目だ。近ごろのユダを見て、私はそう思うようになった。

 ユダがイエスに心酔しているのは知っていたが、その心酔の仕方が半端じゃ
ない。

 イエスだけが全てとユダは語る。

 イエスの為なら何でもするのだとユダは誓う。

 その目は熱に浮かされており、とても正気とは思えない。

 いつか破滅がくるだろう。イエスはユダが思うほど、全能ではない。









「さぁ、香油を塗りましょう。」

 妖艶な笑みを浮かべ、マリアはイエスに跪いた。その手には香油の入った壺
が握られている。その光景を見てユダは顔をしかめた。

「お手を。」

 マグダラのマリア。元遊女の美しい女。イエスに出会ってからは悔い改め、
真面目な生活を送っている。だがどうだ、彼女のイエスを見る目は未だ遊女の
ものだ。

 愛撫するような柔らかい手つきでイエスの肌に香油を塗り込めていく。イエ
スの顔つきも心なしか和らいでいる。まるで二人して睦み合っている様だ。

「貴方は、何を考えておられるのです!」

 耐えかねたようにユダが叫ぶ。イエスはゆうるりと顔をユダの方に向けた。

「何故その女をその様に傍におかれるのです。」

 糾弾するようなユダの問いに、マリアが答えた。

「私はイエス様の身の回りのお世話をするため、ここにいるのです。」

 ユダは聞こえないふりをした。マリアの方には見向きもせず、イエスの顔を
睨み付ける。

「この香油で、一体どれだけの人の命が救えるか貴方ならご存じでしょう。」 

 香油は高価な代物だ。小さな壺一つあれば数年間は仕事をせずに暮らせる。
そんな香油を無神経にも女に塗らせるイエスの事が、ユダには分からなかった。

 イエスは答えない。ただじっと、泉を思わせる澄んだ目でユダを見つめてい
る。

「…貴方、なら…。」

 ユダの声が震える。それでもイエスは答えない。

 イエスの視線に耐えられなくなったユダは、その場を飛び出して行った。










 今思えば、この時ユダの心に裏切りの心が芽生えていたに違いない。

 ユダの、ただならぬイエスへの執着。それだけにユダにしてみれば、マリア
と香油の存在は許せなかったのだろう。

 私は知っている。ユダが、イエスとマリアを見つめ影ながら泣いていたこと
を。紅い髪を振り乱し、頭を抱えていた事を。

 裏切られた理想。ユダにとってのイエスがそうだ。

 イエスはイエスであって、それ以上でもそれ以下でもなかったのに。けれど
ユダはイエスに理想を押しつけた。イエスはそれを受け入れなかった。その結
果が、ユダの裏切りだ。

 銀貨30枚でイエスを売ったユダ。

 最初で最後のイエスへの接吻。けれどそれは裏切りの証。その瞬間のユダは
幸福そうでもあり、悲しげでもあった。

 ユダの最後の叫びは、今でも覚えている。



「あなたは私を殺したのだ!」


 イエスではなく、神への恨みの言葉だ。そしてユダは首をつった。


 裏切られ、裏切ったユダの半生。彼は幸せだったのだろうか。私には分から
ない。ただ私に言えるのは、ユダがイエスを愛していたという事だけだ。
 




 ジーザスクライスト・スーパースターは良いです。生でミュージカル見るの が一番ですが、映画も好き。人間くさいイエスにユダ。マリアもなんだか可愛 らしい。 


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