闇の眷属



 
 油女家の人間というのは元々目が弱く、油女家の嫡男シノも例外ではなかっ
た。

 何処へ行くにしても、サングラスを外すことは出来ない。外せば忽ち、太陽
の光に目が潰れてしまうからだ。

 その事は、嫌という程祖母から聞かされた。

 油女という一族は、昔契約をしたのだと。虫を操る能力を手に入れる代わり
に太陽の下で生きることを放棄するという契約を。

 子孫にとっては、全く迷惑な契約である。

 けれどその能力故に油女家が栄えたのも事実で、何が悪いとは一概には云え
ない。

 

 それでもシノにとって、太陽を見ることができないのは苦痛だった。

 サングラスを通してみる世界は暗く、至極つまらないものだったから。光さ
えあれば、色さえあれば、世界がもっと違って見える。シノはそう信じていた
のだ。

 だからシノは、言いつけを破りサングラスを外した。

 眩しい世界を見られたと思ったのは一瞬で、世界は全て闇に包まれた。




「全く、なんて事をしてくれたのですか。」

 目の見えなくなったシノに、祖母はお小言を云う。大事な跡取りが盲になっ
てしまったのだから、無理もない。

 けれどシノは少しも悪びれず、見えない目で祖母を見据えた。

 自分は、光を見たかった。そしてその願いはたった一瞬であったけれど叶え
られたのだ。だから、シノには悔いはない。

 それを祖母はグダグダといつまでも説教を垂れるものだから、いい加減頭に
き始めていたのだ。

「…退室、させて頂きます。」

「お待ちなさい、シノさん!」

 止める祖母の声を振り切り、シノは祖母の部屋を出た。

 馴れた家だ、目が見えなかろうが歩く事が出来る。そもそもシノの家自体は
闇にくるまれ、目が見えたところであまり変わりはない。皆、光を見ることが
出来なかったからだ。

 何故、油女の祖先は力と引き替えに光を失ったのだろう。

 シノはそのことが不思議に思えてならない。きっとその人物は、子孫にかか
る迷惑など考えなかったに違いない。きっと、ただ力が欲しかったのだ。

 けれどそれは何の為?




 シノは結局外に出ることにした。

 このまま家にいても、きっとまた誰かに小言を云われるに違いない。それな
らば多少危なかろうと、外にいる方がましだ。

 何も考えず、シノは足が向くままに歩き出した。

 普段と何も変わらない道も、目が全く見えないと云うだけでまるで違ったも
のに思える。頼りになるのは足の裏から伝わってくる感触と、風の音や匂いだ
けで、自分がどこを歩いているのかそんな簡単な事すら分からない。

 それでもシノの足取りはしっかりしていた。彼の歩き方を見たら、皆が皆健
常者だと云うだろう。

 しかし、どう見えようともシノの眼は見えないのである。

 彼は道からはみ出、川へと落ちてしまった。



 幸い、川は浅かった。シノの膝くらいまでの深さしかないからおぼれ死ぬ様
な事はないだろう。

 だがシノは立ち上がることが出来なかった。

(…捻挫、か……)

 どうも川に落ちた拍子に足を挫いてしまったらしい。

(…どうする……)

 川がある、という事で大体自分の現在地は把握できたが、川が流れている周
辺の土地は寂れている所が多く人が通りかかる可能性は少ない。

 このまま助けを待っていたら日が暮れる、どころか一週間くらい経ってしまい
そうだ。

 けれど自力で立ち上がる事もできない。

 なんとか這って、川から出ることは出来たが家に帰る事はできなそうだ。

(…取り敢えず、待とう…)

 夏だから、凍えるという心配も先ずない。

 シノは川辺に寝転がると、昼寝を始めた。



 どれくらい、眠っていたのだろうか。眠る前は暖かかった日差しもすっかり
形を潜め、肌寒い位の冷気が辺りを漂っている。

 そして人の気配。

 一体誰がいるのだろうと見えない目を凝らし、人影を探す。

「こんな所で寝てると、風邪ひくってばよ」

 高い、少年の声。何処かで聞いたことがある気がするのは気のせいだろうか。

「…誰、だ……。」

「ん〜、別にどうでもいいだろ。それより起きたら?」

 確かに、このまま転がっているのは寒い。

 シノはのっそりと上体を起こすと、声のする方へと顔を向けた。

 けれどやはり、顔は見えない。

 一体誰なのか。

 もう一度問いかけようかと思ったが、はぐらかされそうなので止めた。はぐ
らかされたら最後、口べたなシノでは追求することができないのだ。

「で、何やってんの?」

「…昼寝……。」

「じゃ、ひょっとして俺邪魔しちゃった?」

「………。」

「いやさ、何か人が転がってるから死んでるのかなぁ〜って気になっちゃった
んだってば。ここら辺って人、あんま通らないし。」

「…別に、邪魔じゃない……。」

 寧ろ助かった位だと云っていい。今話している相手が一体誰なのかは解らな
いが、これでとにかく助けが呼べる。

「そっか。よかったってばよ!」

 何が、そんなに嬉しいのだろうか。少年の声は喜色に満ちている。顔を見る
ことは出来ないが、それでも少年が大層喜んでいる事は分かった。

 自分はただ、助けを読んで貰う為に邪魔じゃないと云ったまでだ。

 喜びに水を差す様で悪いな、と思いながらもシノは口を開いた。

「…頼みが、ある。」

「なんだってばよ?」

「誰でもいい。誰か、大人を連れてきてくれ。」

「…っ!……」

 途端、空気が変わった。

 少年からは先ほどの喜びとは違い、深い悲しみが伺える。

「どうした?」

「…あ、なんでもないってば。大人の人だな?呼んでくるってばよ…。」

 慌てて立ち上がり、立ち去ろうとする少年を何故だかそのまま行かせてはい
けない気がした。

 理由なんてなかった。けれど無意識に手が出、気がつけば少年の服の裾を引
っ張っていた。

「…え……?」

「………行かなくて、いい……。」

 本当は、行ってもらわなければ困るのだ。そうでなくてはシノはこのまま一
夜を明かす羽目になる。それでも、少年を行かせてはならない気がした。

「…変なヤツだってばよ……。」

 何処か気恥ずかしそうな声。それだけで、感情を手に取る様に解るから不思
議だ。

 この少年自身が素直というのもあるのだろうが、他人に無頓着なシノだ。今
まで他人の感情なんて分からなかったし、分かろうともしなかった。それなの
にこの少年に関してだけは違う。

 少年の、顔を見たいと思った。

 目が見えなくなった事を後悔はしていなかったが、せめてこの少年の顔だけ
は見たいと願った。

 黙りこくったまま、服の裾を離さずに少年を見る。

 少年もシノを見た。

 気配で自分が少年と見つめ合っている事は分かるのに、それでも少年の顔を
見ることは出来なかった。

 シノは、初めて自分のした事を後悔した。

 何故光に自分は焦がれたのか。そのおかげで今、自分に何かをもたらすであ
ろう人物の顔を見ることすら適わない。

「…何、泣いてるんだってばよ…」

 どうもシノは、泣いていたらしい。云われて初めてその事に気づいた。

 涙を確かめるため、頬に手をやろうとした時声が聞こえた。

「シノさん、何処にいるのです。いらしたら返事をして下さい。」

 紛れもなく祖母の声だった。

「ここです!」

 大声を張り上げ、祖母を呼んだ。祖母は直ぐ、ここに来るだろう。

 涙を拭い、少年の服を離す。

「迷惑、かけた。」

「別にいいってば…。」

「最後にもう一つ、迷惑かけてもいいか。」

「?」

「名前、教えてくれ。」

 祖母の声が近づいてくる。もう時間はあまりない筈だ。

 少年は、名前を教えてくれるだろうか。大して広くもない里だ。名前さえ分
かれば、いずれ探し出して再び会うことも出来る。

 自分は、懇願する様な眼をしていたのかもしれない。

 少年は溜め息をつくと、そっとシノの耳に囁いた。


‘うずまきナルト’


 シノは驚き、少年を見る。見えない事が分かっていても、見ずにはいられな
かった。ナルトの名前はシノも知っていた。アカデミーでも有名人で、クラス
は違ったが顔だって知っていた。それなのに自分は、どうしてナルトだと気づ
かなかったのか。ナルトの里中の嫌われ者であるという噂と少年とが結びつか
なかったせいかもしれない。

 シノが何も云えないでいると、少年はそのまま何も云わずに去ってしまった。

 その後ろを追いかけたかったが、足が痛みそれも出来ない。

 後に残されたシノは、呆然とする事しか出来なかった。






 それからシノは、視力回復のためにありとあらゆる努力を行った。努力で視
力が戻るものではないが、それでも何もしないよりはましだった。

 視力が回復したら、ナルトに会いに行く。

 それがシノの目標だった。



 一ヶ月ばかりも経つと、シノの視力も戻ってきた。まだ少しでも光が当たる
と眼が痛んだが、それでも一応は回復した。

 光に当たったのが本当に僅かな時間だったし、シノの油女としての能力が十
分に開化していなかったのが幸いだった。


 シノはアカデミーの教員から聞き出した、ナルトの家の前に立っていた。

 ここにナルトが住んでいる。これでこの間だの事を謝ることが出来る。

 シノは静かに、扉をノックした。

 
 
《余談》

 シノの視力が回復してから、二人は暫し人の眼を盗んで会うようになった。

 アカデミーでは流石に無理だけど、遊び相手がいなかった為里中を探索した
ナルトは人目に付かない場所を多く知っていたので、密会する場所には事欠か
なかった。

「でもお前、虫使えるんだろ?それで助け呼べば良かったのに。」

「…忘れてた…。」

 本当に、シノは忘れていた。自分では冷静なつもりでいたが、どうにも慌て
ていたらしい。目が見えないという状況が、シノの心を乱したのかもしれなか
った。

 


 漸く、シノナル。  シノって、動かしにくいです。世のシノナルの方々は、凄いと改めた思いま した。…自分、文章自体が苦手です。(涙)

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