現の柵



 眠る。眠る。何時までも、眠る。

 眠っている間は平和だから。幸せだから。だから、眠る。

 眠りは無だ。別の世界だ。

 この世の柵すべて棄て、自分は無の世界に生きていたいのだ。





 眠りを妨げられると大概の人間は不機嫌になる。キバもその例に漏れず、蹴
り起こされて不機嫌になった。

「…で、何の用なワケ?」

 腹部にはまだ痛みが残っている。何だって自分は日曜の朝早くから起こされ
なければならないのだ。

 自然、顔つきは険悪になる。それを意に介した様子もなくシノはキバを布団
の中から引きずり出した。

「おい、何なんだよ一体。まだ十時だぜ。」

 明らかに、シノの行動は怪しい。そもそもシノは自ら進んでキバの家に来る
こともなければ、積極的にキバに近寄ってきたこともない。それが、何故わざ
わざ休日に訪ねてきたのだ。遊びに来たのではないだろう。それは明白だ。

 シノはキバの部屋のタンスを勝手に開けると、中から服を取り出してそれを
着るよう促した。服は、キバの持っている服の中で一番上等なものだ。

「おいっ!」

 尚も説明を求めようとするキバを制して、シノはキバの寝間着を剥ぎ取った。

「時間が、惜しい。」

 だから、急いで着替えろとシノは云っているのだ。けれどキバとしては釈然
としない。シノが何をしたいのか、さっぱり解らないのだ。

「……起きない。」

「は?」

「ナルトが、起きない。」

 それだけ云うと、シノは黙り込んでしまった。

 それ以上は何も話そうとしないシノを見て、キバはシノに説明を求めること
を諦めた。

「これ、着ればいいんだな。」
 
 シノに確認を取り、キバはシャツを羽織った。 





 シノがキバを連れていったのは火影の家だった。てっきりナルトの家に行く
ものだと思っていたから、キバは少々面食らった。
 
 しかし、だ。一張羅を着るようにシノが促したのだ。よく考えれば行き先が
ナルトの家である筈はなかった。

 応接室で火影を待つ間だ、キバはシノに先ほどからずっと気になっていたこ
とを訪ねた。

「なぁ、なんでナルトが起きないことが問題なんだ。」

 ただ、眠っているだけかもしれないではないか。第一まだ午前中だ。熟睡し
ているだけ、その可能性は十分考えられた。

「見れば、解る。」

 シノはそれだけ云うと、再び黙り込んでしまった。

 本当にシノは無口なヤツだ、とキバは思う。必要最低限の話すらもしない。
それでも本当に、本当に重要な事なら話すヤツだとは思っているがそれも疑わ
しいかも知れなかった。シノはそれほど話さないのだ。

 キバを相手にしたときはまだ雄弁だと云えるほどで、これが他の人間になる
と全くと云って良いほど話さない。

 ナルトを相手にしたときも、そう言えば無口だったなとキバは思い返した。
友人だと云うから、二人は結構話すのだろうと思っていたがそうではなかった。
多少はシノもしゃべりはする。けれど主に話すのはナルトで、シノは嬉しそう
にその話を聞いていることが大半だ。

 そんな二人の関係は、大層穏やかに見えた。お互いが、お互いを好き合って
るのが解る。そんな二人が羨ましかった。けれど同時に、そんな二人を見るこ
とが幸せでもあったのだ。

 キバがそんな事を考えていた時だ、不意に扉が開いた。

 突然の事だったのでキバは身体を硬直させた。シノは、扉が開く前から気配
を感じていたのだろう。少しも驚いた様子を見せなかった。

「よく、来てくれた。」

 火影は嗄れた声で云った。その顔は苦悩に歪んでおり、苦しそうにキバには
見えた。そんな火影の顔を見るのは、初めてのことだ。

「ナルトは。」

 挨拶も返さず、シノは火影に詰め寄った。それを見てキバは慌てたが、火影
はその事を気に留めた風ではなかった。ただ、笑った。

「寝ておるよ。」

「知ってる。」

「何も変わらん。寝ておるだけじゃ。」 

 二人は何を話しているのだろう。キバにはそれが解らなかった。ナルトが寝
ている。それにどんな意味があるというのだ。

 不思議そうな顔をしているキバを見て、火影は云った。

「シノ、まだ説明しとらんかったのか?」

「………。」

「……お前は……。」

 呆れたように呟くと、火影はキバに向き直った。

「ナルトが、起きないというのは聞いたか?」

「はい。」

「ナルトは一週間、眠ったままなのじゃよ。」

 火影の言葉を、キバは咄嗟に理解できなかった。人間が、一週間も眠り続け
ることが可能なのだろうか。健康体である限り、それは否だ。ならば、ナルト
に何かあったというのか?

「別に、怪我をしたわけでも病気なわけでもない。」

 取り敢えず、キバはホッと胸をなで下ろした。ナルトは無事なわけだ。しか
し、続く火影の言葉でキバは固まった。

「けれど起きん。つまり、もう一週間も何も食してないのじゃ。このままじゃ、
衰弱死もあり得るだろう。」



 ダンッ!

 

 背後から凄い音がした。振り向けば、シノが机を叩き割っている。

「死なない…。」

 それだけ云うと、シノは部屋を出ていった。追いかけようとするキバを、火
影は引き留めた。

「お前さんにはまだ話がある。」 

 けれど、自分はシノを追わなくてもいいのだろうか。シノは殺伐としていた。
あのままでは、何をしでかすのかわかったものではない。ならば、自分が歯止
めにならなければ。

「シノはナルトの所へ行ったんじゃろう。」

 ナルトが起きなくなってから、シノはナルトに必死にせめて水分だけでもと
水を与え続けている。人間水さえあれば、多少の間は生きながらえるから、と
火影は付け加えた。

「お前もナルトに会いたいか?」

 会いたい、とキバは思った。だから素直に頷いた。

 火影はそんなキバを見て目を細めると、何度も頷いてから云った。

「シノは、一週間もの間お前さんに何も云わんかったじゃろ。」

 確かに、そうだ。何故シノは今更キバに、ナルトの異常を知らせてきたのだ
ろう。

「わしが箝口令を敷いていたわけではないぞ。シノが、自発的に云わんかった
んじゃ。」

 その意味は、解るな。火影の問いかけに、キバは頷いた。恐らくは独占欲。
そして思いやり。キバに何も云わなかったのは、シノなりに考えた末の結果だ
ろう。

「お前さんを呼ぶようには、ワシが命じた。」

「…何で…。」

 声が上擦っているのが自分でも分かった。身体も、震えていた。

「犬塚家の人間が、必要なんじゃ。」

 油女ではなく、犬塚の。云って火影はキバを部屋の外へと促した。







 ナルトが眠っていたのは、日当たりの良い南に面した小さな部屋だった。部
屋にはベットと、机がある他に何もなかった。

 部屋に入ったとき先ず目に入ったのは、しきりにナルトの口に水を注ぐシノ
の姿だった。意識のないナルトは水を飲み込もうとする事は少なく、そのまま
枕に垂れ流され小さなシミを作っている。

「シノ。」

 声を掛けると、シノはナルトの口に水を注ぐことを止めキバに向き直った。

 シノの目は暗かった。元々明るい人間ではないが、それでもいつもに比べる
と数段暗かった。

「犬塚が、必要だ。」

 油女では役に立たない。自分では役に立たないのだと暗に云っているようで
もあった。

 キバは頷き、眠っているナルトの側に身を寄せた。

 顔を覗き込む。確かに、ナルトは眠っていた。静かな、まるで死んでいるか
の様な眠りだった。

「頼む。」

 火影が云った。云われなくとも、キバはやるつもりになっていた。

 犬塚家は忍犬を育てる。そして忍犬を育てるためのありとあらゆる知識を独
自に開発した。中には人間に応用できるものも数多くあった。

 そのうちの一つが医術だ。犬塚家は別に医者を生業としているわけではない
のだが、そういった事情で犬塚の人間に見て貰いたがる病人やけが人は多い。
基本は犬を治療する為のものなのだが、肉体の強化、という事に関して云えば
確かに普通の医術を上回る。

 キバも、未熟ではあったがその技術を受け継いでいた。だからここに呼ばれ
たのだ。ナルトを治療する者として。

 普通の医者ならばナルトを診ることを嫌がる、そういった事情があったのか
もしれないが。そしてあわよくば殺してしまおう、そういった事を目論む人間
もいる。

 キバは頭の中を切り替えた。今は、ナルトの事だ。眠り続けるナルトを救わ
なければならない。

 拳を握り、ナルトの身体に当てていった。そうする事で体の中の気の流れを
知ることが出来るのだ。そして、気が滞っている処を探す。それが病の原因だ
からだ。

 しかし、ナルトは病ではないと火影は云った。ただ眠っているだけなのだと。
キバが診たところでも、確かにそうだった。身体は多少衰弱しているとはいえ
正常に動いているし、本当に眠っているだけのようだ。

 それならば、何故。キバはナルトの頭に手を当てた。

 ナルトの頭からは、何も感じ取れなかった。何も、だ。それが意味すること
を悟り、キバは驚愕した。

「ナルトは、起きない。」

「お前さんには、起こせないのか?」

「多分、無理だ。」

「何故じゃ。」

「ナルト、生きてるのが嫌になってる。」

 云って、キバはナルトの顔に手を当てた。ピクリとも、ナルトは動かない。

 ナルトの辛い生い立ちは、全てとは云わないがキバは知っていた。里有数の
名家だ、情報は幾らでも入ってくる。

 キバはそれでも生きるナルトに感動していたし、守ってやりたいと思ってい
た。けれど何だ、自分は守れなかったではないか。ナルトは、自らの殻に閉じ
こもり出てこようとはしない。

 眠っているのだ。何も考えずに。人間、眠っていても何らかの夢を見て思考
しているものである。けれどナルトには、それが一切なかった。

 棄てたからだ。もう、いらないものとして。

 だから抜け殻となって、今はキバの前に横たわっている。



 皆、黙りこくってしまった。会話する気力もない。

 愛しい者が、生きることを放棄して眠りについてしまったのだ。恐らくナル
トは、生きることを放棄したいなどと思っていなかったであろう。それでも、
意識下では辛かったのだ。当然の、事である。

 それ故の逃避、眠りという世界への。

「連れて、帰る。」

 シノが云った。そして火影の返答も待たず、ナルトを毛布にくるむと担ぎ上
げた。

 そのまま部屋を出て行くが、火影は止めなかった。ただ、去っていくシノの
後ろ姿を目を細めて見ていた。

 キバもシノの後を追った。

 今は少しでも長く、ナルトの側に居たかった。


 
 自分が何を書きたかったのか、今となっては解りません。理由付けが、大変 でした…。600hitのリクエストの副産物です。なんだかリクエストから異様に 外れてしまったので、こっちにアップ。今までで一番暗いかもしれません。

〔 戻る 〕